第42話‐神の別離
「ベオ……? ベオって……ベオウルフの呼び名だったよね、シーちゃん?」
「……っ!! ベオウルフ……だとっ?」
「……あれが、四大英雄の一人なんですか?」
「ハハハ……それは、流石に冗談が過ぎる展開ですね……」
シーの呟きを聞いたウィータ達が問い掛けて来る。他の者達も同じく疑問に思っているのか、視線だけはベオに向けたまま、意識だけを向けて来た。態度でこそ平然を装っているが、彼らの表情を見れば分かる。
——
一目で理解してしまったのだ。目の前に現れた存在が、超常の存在である事を。
「「……」」
シー達もシー達で、目の前の現実が信じられず何も言う事が出来なかった。
恐怖か、悲壮か——良く分からない薄ら寒い感覚に支配されたシーは、全身から力が抜けたまま動けない。テメラリアも現在の非常に不味い状況に思考がフリーズしているようで、呆然とした表情で黙りこくっている。
「さて——悪いが、見ての通り君の元相棒は、今や話す口を持たない。再会を喜び合う時間くらいは与えてやりたかったのだがね……済まないが——
「「「「「……っ!!」」」」」
邪神ウルの不穏な言葉。その瞬間、ベオがゆっくりと
「シーちゃんっ、来るよ!!」
「……」
「……っ? ……シーちゃんっ、シーちゃんっ!!」
ゆっくりと腰溜めに剣を構えるベオウルフ。単純な構えだ。ただ突っ込んで、横薙ぎに斬るだけの動作である。……しかし、その明確な殺意が込められた動作に、シーは反応できなかった。
ウィータから
「——ベオ……うそ、だろ……なぁ、ベオ……?」
千年振り。二度とは会えぬと思っていた唯一無二の相棒との、再会である。
すっかり腑抜けた状態になってしまったシーは、無防備を晒したまま前へと進んだ……「シー!! 何してる!! 早く変身しろ!!?」「ジャンおじさんっ、剣かして!!」と、ボンヤリとした意識の中でテメラリアとウィータの慌てた声が聞こえるが、シーは気にせず相棒の元へと進んだ。
「——やれ、ベオウルフ」
そして次の瞬間、邪神ウルの声と共にベオウルフの影が一瞬でシーに迫った。
やけにスローモーションに見える景色。何故か、ベオが自分に剣を向けている。信じられない光景だ——。洗練された動き。何度も何度も、この目に焼き付けた単純な横薙ぎの一閃。極限にまで研ぎ澄まされた、大英雄の一撃。
……それが今、
「——っ!!」
シーを守るように彼とベオウルフの間に割り込んだその小さな影は、手に持った少し大きい剣を、盾のように構えてベオウルフの横薙ぎの一閃を受ける。ゆっくりと火花が散る景色の中で、シーは大きく目を見開きその小さな影の名前を呟いた。
「ウィー、タ……?」
次の瞬間、スローモーションだった景色が本来の速度に戻る。
凄まじい剣戟の音。一閃を受けた刃が粉々に砕けるあり得ないくらい甲高い音と、受け切れなかった衝撃が全身を駆け抜けたウィータの、声にならない苦悶の声が耳朶を打つ。
そのまま吹き飛ばされた小さな影に押される形で、シーはウィータと一緒に、白亜の塔の壁に激突。そのまま軽々と壁を突き破り、凄まじい破砕音と共に都市部の方へと放り出された——。
「シー! ウィータ!? ……おのれっ!!」
都市部の方へと吹き飛ばされて行ったウィータ達の方を見ながら、憎々し気にベオウルフを睨みつけたジャン。しかし、ほんの少しだけこちらにベオウルフが視線を向けてきただけで、「……ぅ、っ……」と、彼我の大きすぎる実力差を自覚し硬直してしまう。
カルナとディルムッドもそれは同様で、まるで蛇に睨まれた蛙のように、僅かに震えながらも雀の涙のような勇気を振り絞り、剣の切っ先を向ける。
「そいつらはいい。シーを殺せ、ベオウルフ」
「……」
邪神ウルの命令が飛ぶと、ジャン達を一瞥したベオウルフは、四、五歩ほど歩いた後に大きく膝を曲げ、白亜の塔に空いた大穴向けて跳躍した。すぐに凄まじい脚力を以て彼方へと姿を消したベオウルフが見えなくなる。
場の中心であったベオウルフとシーがいなくなり、ジャン達と邪神ウルの間に重苦しい空気感が横たわった。相手の出方の伺うようなジャン達の様子に、「……おや、追わなくていいのかい?」と、然して興味も無さそうに邪神ウルは告げる。
「すぐに死んでしまうよ、シーとあの契約者は。……まぁ、君達のような非力な助力があったとことで、結果は変わらないだろうけどね?」
「「……」」
「……追いましょう、ジャン殿、カルロ殿」
邪神ウルを睨み続けるジャン達へディルムッドが言うと、警戒心だけは解かずにジャンとカルナは踵を返した。足早にこの場を去って行く彼らの後ろ姿を詰まらなそうに見送った邪神ウルは、「……、……はぁ~」と大きく溜息を吐く。
その視線の先には、ただ一人残ったテメラリアの姿があった。
「何故、お前は追わないんだ……テメラリア」
「……ケケッ。そう邪険にするなよ、ウル? 長い付き合いじゃねェか?」
「冗談でも止めてくれるか、詩人精霊。私は君の事が嫌いなんだ」
不快感を露わにする邪神ウルの言葉に、テメラリアは何時もの人を食ったような態度で崩さない。わざとらしく二つの羽を大きく広げ肩を竦める。しかし、一拍の間を置き、少し真剣な表情で彼は問い掛けた。
「——まだ『恐怖の神』なんて
「……分かり切った事を聞かないでくれるか。わざわざ死体を保管してまでベオウルフを眷族にしたんだ……本気に決まっているだろう?」
「……ケケッ、そうだな。その通りだ」
——邪魔したな、と。言葉を続けたテメラリアは、邪神ウルに背中を向けた。
そして、両翼を羽搏かせ飛び出……そうと、その瞬間——「あ、そうだそうだ……一つ言い忘れたぜ」、と。思い出したように告げた彼は、空中へと飛び出しながら、最後にこう告げた。
「——今回
「……」
テメラリアの言葉に分かりやすく顔を顰めた邪神ウルは、遠ざかって行く鳩の背中に、片手を掲げる。そのまま少しづつ力を込めて行き……そして、止めた。テメラリアの後ろ姿が完全に見えなくなるのも待たずに、彼は興味を隣で消えかけているミーダスへと移す。
ゆっくりと近寄ると、既にその身体は半ばまで消えており、今にも虚空へと完全消滅してしまいそうな状態だった。
「……さて——邪魔な奴が少し小言を残して行ったが、気にすることは無い。ミーダス……答えをまだ聞いていなかったね? 聞かせてくれるかい」
「……」
「さぁ、この手を取ってくれ」
先程までとは打って変わり、優し気な声音でそう告げた邪神ウルは、ミーダスへと手を差し伸べた。緩慢な動きで顔を上げたミーダスは、彼の手を見ると、ゆっくりと手を伸ばす。
その伸ばして来た手を見て、邪神ウルは一瞬だけ安心したように微笑んだ。
「……、……何故だ、ミーダス」
そして、弱々しく払われた自身の手を見て、すぐに微笑みを崩した。
「……はは、は。おま、えが……言ったんだろ、う?」
「……」
「全ての、寄る辺を、失った者が……最後に縋るのは、『死』か、『暴力』だ——
「……」
目を瞑ったミーダスは最期に僅かに微笑む。
「背負い、過ぎるなよ……友よ」
そう言い遺し、次の瞬間……黄金の神ミーダスは完全に消滅した。
白亜の塔にただ一人残された邪神ウルは、少しの間、呆然と固まると、不意に伸ばした手を強く握りしめ天井を仰いだ。
「……君は馬鹿だな、ミーダス」
_____________________________________
※後書き
次の更新は、4月22日6時30分です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます