第22話‐精霊達の悲嘆
「……ほほぅ……これが善悪の天秤か。何気に初めて見るな……」
テメラリアのお手柄から数十分後、シーは食事台の上に置かれた善悪の天秤をまじまじと見ていた。その天秤の前でドヤ顔をするテメラリアが、鳩胸を更に大きく逸らしている。まるで、俺様を崇めろ! と言わんばかりだ。
「感謝しろよ、テメェら? 俺様のおかげで祝勝会を楽しめてるんだからな?」
「……確かにその通りだけど、オマエに面と向かって言われるとムカつくな」
「……まさか、まだ置いて行った事を根に持っているのか?」
「長生きのくせに小さい奴だな……オマエ」
「ケケケケケェ~~……ッ! 素直に礼を言えねェのか、テメェらは!?」
……ったく! と。シーとジャンの反応が気に入らない様子のテメラリア。
ぷんすかと怒りを露わにした彼だったが、諦めたように溜息を一つ吐き「……それで?」と、すぐ後ろにいるディルムッドの方へと向き直った。
「議長さんよ。何で俺様たちはこんな社交パーティーに招待されてんだ?」
「いやいや、ははは……決まっているではありませんか? 勇猛果敢に敵地へ乗り込み、見事、神器を取り返して下さった英雄の皆様方に、純粋にお礼をしたかったのです」
「……本当かよ……すげェ嘘くせェぞ」
「いえいえ、本当ですよ。本当に感謝しているのです」
テメラリアが半眼を作って見つめるも、ディルムッドはどこ吹く風でニコニコ笑顔を浮かべている。分かりやすい腹芸だが、これを通してしまう凄味がある辺り、彼の『議長』という肩書は決して伊達ではないのだろう。
「——では、私はパーティーの仕切りがありますので外します。あとは食事や歓談を楽しんで下さいませ。……それと。人目がありますのでシー様とテメラリア様は、出来れば姿を隠していただければ助かります」と、彼は最後まで笑みを絶やす事なく場を後にして行った。
テメラリアとシーは、彼の最後に忠告に「おう」「分かった」と短く返すと、身体を霊体化させる。これで姿が周囲から見えなくなった筈だが、“コル・スピリトゥスの首飾り”を首に下げていたジャンだけは、自分達の姿が見えているようだった。
『しっかし……随分と豪奢なパーティーだな?』
シーが何気なく呟きながら視線を向けると、そこには高い天井のシャンデリアに照らされた大広間に、目を見張るような光景が広がっていた。
高そうな食事台の上には、きめの細かい高級な布地で作られたテーブルクロスが敷かれており、そこに並べられた華やかな料理の数々を囲みながら談笑する人々の話し声は、上品なモノと上品ぶったモノが入り交じっている。
辺りを見回すと、とにかく人、人、人……所狭しとパーティーを楽しむ人々は、貴族然とした恰好をする者ばかりだが、どこか着こなしにぎこちなさがある者が目立つのは、この催し物が貴族の為だけに開かれたものでは無いからなのだろう。
遠慮がちに用意された食事に手を出す彼らの一挙手一投足は、正に、オロオロという言葉がピッタリで、見ているこっちが心配になって来る程だった。
『社交パーティーって言ってたが……これ、何の集まりなんだ? 社交パーティーの割にはお貴族様には見えねェ輩が結構いやがるぞ……』
「見知った顔があるな。おおかた職人派閥の議員やら各ギルドのギルドマスターを招いて、派閥の結束でも図っているのであろう。一応エドモンドと敵対しているとはいえ、職人派閥も一枚岩では無いからな。……斯く言う俺とカルナが出席しているのも、ディルムッド殿に助力を請われたからでな……なんでも、『正教会が自分達の見方についているところをアピールしたい』……だそうだぞ?」
『もしかして、
「む? ……あぁ、これか?」
パーティーにはパーティーに相応しい服装というのがあるものだ。当然、修道騎士のような聖職者にもこういう場において着るべきフォーマルな格好というものがある。
ジャンもご多分に漏れず、彼らの主神である正義と民主の神ユースティア様を表す天秤の刺繍が入った白い祭服に身を包んでおり、普段の粗っぽい空気感から、一端の聖職者のようになっていた。
『ケケッ、随分と様になってるじゃねェか』
「まぁ、一応は結構な数の国に影響力のある正教会の修道騎士ゆえな……こういう場には出席し慣れている。……実はそれなりに偉い人間なのだぞ、俺たちはな?」
『……え? く、国に影響力があるのか……正教会って……?』
フフン、と。鼻を鳴らしながらしたり顔をするジャンを見て、シーは驚いた。もしそれが本当なのだとしたら、シーがともかく、結構失礼な態度を取っていたウィータは大丈夫なのだろうか……。
「——ん? そう言えば……小娘はどうした? 見ないようだが……」
と、内心に浮かんだ心配事にシーが一人オロオロしていると、ジャンが当の本人であるウィータがこの場にいない事に気付いた。
『嬢ちゃんなら、テメェの相棒と一緒にアソコで飯漁ってるぞ』
ジャンの疑念に答えたテメラリアが羽先を会場の中央付近に向ける。
それに釣られて二人が視線を向けると、そこには何やら招待客たちを押し退け、大皿に大量の料理を盛り付けるフードを被った獣人らしい子供が一人と、それを諫める修道服の女性が一人……そして、その二つにピキピキするディルムッドの姿が……。
「ウィータちゃん、これは偉い人たちも集まるパーティーなんですから、マナーはしっかりしないとダメですよ! そんなに海鮮料理とお野菜ばかり食べて……獣人なんですから、もう少しお肉を食べて下さい!」
「お肉ヤダ! キライ! エビか貝がいい! シーフードばんざい!」
「獣人のくせにお肉が嫌いとは何ですか! だいたい盛り過ぎです! 何ですかその量は!? 食べきれる訳ないでしょ……! ウィータちゃんは少し遠慮というものをですね……!」
「んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~! ヤダぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!」
「あぁ、こら! お皿を持って走ったら危ないでしょう……!! 待ちなさい! 止まらないと撃ちますよ……!」
「……お二人共、もう少し声のトーンを抑えて下さいますか?」
「『『……』』」
周囲がドン引きするほど大量の料理が、山のように盛られた大皿を手に走り出したウィータを、カルナは魔導銃を片手に追いかける。マナーもへったくれも無い彼女たちの振る舞いを見て、シー達は思わず半眼を向けた。
周囲の正体客達も距離を置いており、主催者であるディルムッドと珍しく隠し切れない怒りで頬をヒクヒクさせている程だ。今にも両隣の衛兵たちをけし掛けそうである。
『ケケッ、嬢ちゃんは指名手配中ってこと忘れてんじゃねェのか……?』
『……本当だよ。あんなに目立って大丈夫か? カルナに至っては魔導銃まで取り出してるぞ……』
「何をやっているのだ、アイツらは……」
「はぁ~……とりあえずあのバカ二人を止めて来る」と、溜息交じりに言葉を続けたジャンは、ズンズン二人の元へ歩いて行く。
「このバカタレ共がぁ!! 何をやっているのだ、貴様らぁぁ!!」
「あいたぁ!?」「んなぁぁぁ!!?」
そして二人の元へ着くや否や、その頭に拳骨を落とした。涙目になって抗議の眼を向ける彼女たちへ、ジャンはそのまま説教を開始……。烈火の如く怒り始めた彼を見ると、抗議の意思はどこへやら……しゅんと、小さくなって二人は縮こまった。
『……ったく、まだ邪神ウル討伐の旅にすら出てねェってェのに、先が思いやられるぜェ……。昼間の癇癪もそうだ……あんな調子で死に掛けられたら、何時かテメェも死んじまうぞ、シー? やっぱ別の契約者が良かったんじゃねェのか?』
『まだ言ってるのかよ、オマエ……契約終わっちまった後に言ってもしょうがないだろ。いい加減、諦めろよな?』
『いや、でもなァ~……俺様の勘だが、今回の騒動も嬢ちゃんが裁判の証人として立つだけじゃ、収拾がつかねェと思うぜ?』
『……? どういうことだよ』
呆れ混じりな言葉に続いた不穏なテメラリアの話に、シーは胡乱気な目を向けた。
テメラリアとは長年の付き合いである。シーと二人きりになったこのタイミングで、いきなり言い出したところを見るに、おそらくはあまり人間には聞かれたくない話なのだろう。そして、こういう時は大抵、ロクでもない話をするのが詩人精霊テメラリアという奴である……シーは、これから彼の口から飛び出すであろうロクでもない話に身構える。
『……俺様が一人でエドモンド商会のロッジに侵入した時に、気になるモンを一つ見つけた……ロッジに隣接したあの白亜の塔なんだけどよ?』
『……? そんなのあったっけ?』
『嬢ちゃんの尻尾につけた飾りと一緒で、認識阻害の魔法が掛けられてやがった。テメェらが気付かねェのもムリはねェさ』
『……、……エドモンドは何か隠してるって事か』
『まァ、そういう事になるだろうな』
認識阻害の魔法。わざわざそんなものを掛けるという事は、何か見られたくないものがあると自白しているようなものだ。
一気にキナ臭くなり始めたテメラリアの話を聞いて、シーは静かに言葉に紡ぐ。同時に魂の奥底でざわめくような、何か嫌な予感に襲われた彼は、口を突いて出てきそうになる疑問を呑み込み、冷静にテメラリアの話を聞く。
『別に、何を隠していようが神器を利用した裁判である限り、こっちに敗訴はねェ……
『っ……神の祭壇? その白亜の塔が? もしかして、エドモンドが契約したっていう神の祭壇か?』
『……』
『おいっ、また隠し事かっ? オマエいっつもそうだな! ハッキリ言え——』
『——中にいたのは黄金の神ミーダスだ』
『……っ!!』
言い辛そうに視線を伏せた親友に苛立ちを覚え、シーが怒鳴ろうとすると、その怒声を遮るかのようにテメラリアが言った。ここで聞くとは思わなかった名前に、シーの中で衝撃が駆け抜け、今度は彼が驚きで視線を伏せる事となる。
『……ミーダス様、が……いた、のか……』
『あァ、間違いねェ。随分と変わり果ててたが、ありゃァ黄金の神ミーダスだ』
『……、
『まァな』
愕然とした表情で途切れ途切れの言葉を口にするシーを見て、淡白な反応を返すテメラリアだったが、シーを見るその視線には僅かな同情と憐憫の色が見える。
『たしか……黄金の神ミーダスも、テメェを産み出す為に自らの
『……あぁ』
『……。……正直、この件からは早めに手を引いた方が俺様は得策だと思う。嬢ちゃんの為っていうのも勿論あるが……他でもねェ、テメェの為でもある、シー。自分の親みてェなモンの死に目なんざ、見たくはねェだろ?』
『……オマエの言葉が本当なら……そうも、いかないだろ……』
テメラリアの質問に、シーは何とかそう返して来た。歯切れの悪い彼の言葉の奥に渦巻く感情を、テメラリアに推し測る事は出来ない……何せ、自らの親とも……或いは、半身とも言える存在が消えようとしているのだ。
人も、精霊も、悪魔も……そして神でさえ、肉親の死を悼む感情は同様である。
ならば、彼が——幾柱もの神々が、自らの
『……本当に、ミーダス様は……消えかけているのか?』
『嘘だと思うなら、試しにここにいる人間たちに聞いてみるといい……“黄金の神ミーダスという名前を聞いた事はあるか?” ってな。きっと、誰も知らねェと言うだろうぜ……だから、まず間違いなく——黄金の神ミーダスは“
『……っ、……、……分かった』
テメラリアの言葉が本当なのか、何かの間違いなんじゃないのか——、シーの言葉の端々からそんな感情が浮かんで来る。しかし、テメラリアがそんな淡い期待を斬り捨てるようにハッキリと告げると、シーは諦めたように一言そう言った。
『……まァ、俺様の用件はそれだけだ。何はともあれ、今回の件に首を突っ込むってんなら、それだけ頭の片隅に置いとけ』
『……おう』
短く返事を返したシーは、その後に一拍の間を置き小さく溜息を吐いた。そのまま顔を上げた彼は、どこか哀し気で、しかし責めるような目で、会場内にいる人間たちを見つめる。
『——たった千年……たった千年だと思ってたけど、やっぱり十分なんだな……。彼等が神を忘れるのには』
そう。十分なのだ。短い時を生きる彼ら人間にとって、生き急がなければならない彼らにとって、何か一つの存在を忘れるのに千年という時間は十分過ぎる。
神でさえ、その例外では無い。
故に——忘れられた神……彼ら消え逝く存在が、それに抗うのもまた必定なのだ。
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※後書き
次の更新は、4月6日20時30分頃です。
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