第20話‐魔術

 「ウィータちゃん! 返事をして下さいっ、ウィータちゃん!」

 「……」


 エドモンド商会から少し離れた路地裏。


 周囲に人がいるかを確認する暇すら惜しみ、カルナが半ば叫ぶようにウィータに呼び掛ける。しかし、反応はない。危険な状態である事を悟り、彼女の表情がさらに曇った。


 「カルナ……まずは止血だ。ひとまず置けっ」

 「わ、分かりました……っ」


 ジャンが置いた布の上に、そっとカルナがウィータを置く。シーは変身を解き、血を失い過ぎて青白くなった彼女の肌色と、少しづつ弱くなって行く呼吸を見て息を表情を険しくした。


 傷口を必至に抑えるカルナだったが、一向気配のない大量の出血……ごほっ、ごほっ、と咳き込むウィータの口から、ごぼっ、と血が吐き出される。それを見て、助からないという言葉が脳裏を過ったのか、二人が陰鬱な表情で目を伏せた。


 「……落ち着け、二人とも——まだ助かる・・・・

 「「……っ」」


 冷静な声音でシーが告げると、二人が顔を上げた。


 「オマエら、やっぱりオレが変身の大精霊シーだって話信じてないだろ? ……言っとくけどな? この位の傷なんて千年前は日常茶飯事だったんだ。こんなもんも治せないなら、三大英雄オレ達は歴史に名を残しちゃいないんだよ」


 強がった言葉だ。正直、シーの内心は穏やかではない。確かにシーの言葉に嘘偽りはないが、それはシーがベオウルフと契約していた時の話である。


 精霊の力は契約者の霊体アニマの力に依存するだ。


 ベオウルフ程の強靭な霊体アニマならばいざ知らず、ウィータはまだ子供……いくら非凡な才があろうとも、この状況を切り抜けられるかは分からない。


 どうあれ多少の無理を・・・・・・しなければ・・・・・、ウィータの命は助からないだろう。


 「……、……分かりました。信じます」

 「……もしも出来る事があるなら、遠慮なく言え」


 シーの内心が表に出ていたのだろう。


 冷静に努めようとする感情と、隠し切れない焦燥感が入り交じった今のシーを見て、ジャンとカルナも落ち着きを取り戻す。そんな二人を見てシーも少しだけ落ち着きを取り戻し「あぁ、ありがとう」と、笑顔を返した。


 「今のウィータの霊子マナじゃ、ちょっと足りないけど……足りない分はオレが賄えば何とかなる筈だ。すぐに終わるから、二人は追手が来ないかだけ見ていてくれ」

 「分かった」「分かりました」


 すぐに人除けの魔法と周囲の警戒を始めた二人を見て、シーも準備を始めた。


 「良し……やるか」と、気合を入れるかのようにシーは独り言ちると、自らの分身体をチョークへと変身させ、それを口に咥える。


 ウィータを中心に地面へ魔法陣を描いて行くシー。思う以上に焦っていたのか、魔法陣は形が歪で、陣の中に書かれたルーン文字は非常に乱雑である。書き殴るように完成させるや否や、シーは急いで陣に肉球を置き、静かに目を瞑った。


 「——【ᚱᛖᚾᚫᛏᚢᛋレナトゥス】」

 「「……!!」」


 そして、一息の呼吸の後に——魔法陣が青い輝きを放った。


 魔法陣から弾け飛んだ淡い霊子マナの燐光が、ウィータの全身を優しく包んで行く。その光が触れた傷跡が徐々に塞がっていき、次第に浅かったウィータの顔色が良くなって行った。


 「「……」」


 眼前で繰り広げられる奇跡的な光景を前に、驚きを露わにしたジャンとカルナ。


 目に見える傷が完全に消え失せ、呼吸音が静かな寝息に変わったのを確認した彼らは、まだ少し苦しそうにするウィータに布を掛けてあげると、シーへと視線を向けて来た。


 「……それは魔法……なんですか? 自分の知識には無い魔法陣です」

 「少し違う。これは魔じゃなくて、魔だ」

 「魔術……って、郷愁の門に使われているモノです、よね……?」

 「あぁ、失った血や中の内臓までを治すなら悪魔たちの力を借りる必要がある」

 「悪魔……名前だけは知っているが……」


 カルナとジャンが眉根を寄せて訝し気な口調で口を開く。口には出さなかったが、その表情は嫌悪感を露わにしており、魔術、悪魔、という二つの単語に対して快く思っていない事が伺えた。


 しかし、二人が修道騎士である以上は無理からぬ事ではあるだろう。


 なにせシーが今使っている魔術は、悪魔の邪法……魔法とは違い、悪魔と呼ばれる存在との簡易契約によって成り立つ奇跡の御業だからだ。


 「……そんなものを使って大丈夫なのか?」

 「大丈夫だ。そもそも魔法っていうのは、詠唱や魔法陣を使って精霊と簡易的な契約を結び引き起こして貰う現象だ。魔術は、その契約先が悪魔ってだけで、本質的には悪魔は精霊の親戚みたいなもんなんだよ」

 「そう——」「——なんですか……?」

 「そうだ。……第一、ジャン? オマエが使ってるその手袋の魔具だって、使われてるのは郷愁の門と同じ空間魔術だぜ?」

 「なにっ? そ、そうなのか……?」


 衝撃の事実を知ったジャンは、無言で自分の手袋を見つめ始める。……彼の反応を見てシーは確信したが、どうやら魔術は未だ世間——少なくとも修道騎士たちのような宗教関係者の間ではあまりいい印象が無いらしい。


 シーが今さっき言った通り、実際には、悪魔なんて精霊の親戚みたいなものなのだが……人間社会の中では、悪魔は古来より神の敵対者として神話に描かれて来た存在だ。


 強大な力を持つと同時に、その数の少なさと実体の不透明さから、畏怖されて来た存在である。そんな悪魔たちが使う魔術という奇跡が、彼らのような神の信徒の眼に異端として映ってしまうのは仕方がない。


 寧ろ、過度に拒絶反応を起こして異端審問だの魔女裁判だの言い出さないだけマシである。多少の偏見は残っているようだが、千年という時間の中で、悪魔へのイメージも大きく様変わりしたのだろう。


 「……ま、まぁ、助かるのならばいい。俺も一安心できる」


 自身の手袋から視線を外したジャンは咳払いを一つすると、内心の葛藤は横に置き、そう言った。今はウィータの命の方が先決、と判断したのだろう。


 「任せろ。それよりも——ありがとな、二人共? ウィータの心配してくれて」

 「気にしないで下さい。元々は自分達が巻きこんだ事ですから。……それに、天狼族の歴史はジャンさんから聞いているので、それなりに知っているつもりです」

 「……俺も小娘と同じ獣人だ。強さを重んじるデネの……いや、獣人の文化の中で、天狼族がどのような思いで日々の生活を送っているのかは、考えるまでもあるまい。それを思うのであれば、理性を持つ一人の獣人としては、思うところがあるのは当然であろうよ」

 「……、そうか」


 含みのある言い方が引っ掛かりを覚える。やはり、天狼族の扱いはあまりいものでは無いのだろう。……だが、今はそれよりもウィータの傷が優先だ。


 現代での天狼族の扱いについて詳しく聞きたい衝動を抑え、シーはより一層ウィータの治癒に専念する。いつの間にか吐血も無くなり、次第に呼吸が深くなって行くのを見て、ジャンとカルナも安心したように胸を撫で下ろした。


 「——はぁ……ひとまず、ここまで治せば大丈夫だろ」


 そして、大方の傷を治し終わったシーは静かに息を吐いた。


 「あとはウィータが目覚めるのを、待つ、だ……け……——」

 「っ!?」

 「シー!! どうした、シー!?」


 ——そこでついに限界を迎えたらしい。


 シーは緊張感の糸が切れた瞬間、全身の力が抜けて行くのを自覚する。すぐにパタリと、冷たい地面の感触が全身に広がったのを感じて、自分が倒れたのだと理解した。


 突然の事態に混乱したジャンとカルナの声が遠くなって行く。


 「わー、わー」「シーが、まずい~……」

 「……ケケッ、あ~あァ~? やっぱ使いやがったな? このド阿呆め——」


 次第に暗くなって行く意識の中、聞き慣れた幼い声達とふてぶてしい声を最後にシーの視界は暗転した。

_____________________________________

※後書き

次の更新は、4月4日20時30分頃です。

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