第20話

 一年後、直広が家に戻らなくなった。勤務先に尋ねても、直広の出勤が確認されなかった。半年前に菊代が老衰で亡くなったので、桃代には頼れる大人がいなかった。

「お母さん、警察に言わんといわないの?」

 宇留美が勧めても、桃代はその通りにしなかった。自分が警察の尋問に耐えられる精神力でないことを熟知していたからだ。ただでさえ、菊代の死をいまだに受け止められていなかった。

 それでも宇留美は桃代に警察へ捜索願を提出するよう勧めた。宇留美は頬が削げ落ち、目の下にクマができ始めていた。

「宇留美、お母さんは疲れとるとばい。休ませてやらんねあげよう

 宇門に誘導されて部屋に戻り、宇門に添い寝してもらう。宇留美は恥ずかしがるが、宇門はその訴えを無視して宇留美を寝かしつける。この習慣からいまだに卒業できていなかった。

 幼児のころより、宇留美の眠りが浅い夜は決まって恐ろしい印象の大人が夢に出てきていた。

 頭を強打する男性、横たわるだけで何もできなくなる女性、児童を歪な目で見る別の男性。宇留美の姿のみが見えない中年男性も、稀に夢に出てきた。それが予知夢というもので、菊代から受け継いだ霊感であった。それを宇留美は知らず、目が覚めては宇門にしがみついていた。菊代亡き後悲しむ両親の姿も、宇留美は舌が回り始めた同時期に夢で知ってしまった。物事が分からず言語化もできない年頃の宇留美は、両親にはただの、夜泣きが多い子どもとして映っていた。

 宇門が宇留美をお姫さま扱いする理由の一つでもあるので、宇留美はせめて家の外では強くあろうと振舞うようになった。その想いを、桃代は知る精神的余裕がなかった。

 双子が十歳になるころ、桃代は仕事に手がつかなくなった。孫の生活を見かねた直広の両親が一時的に双子を預かることが何度もあった。それでも宇留美は桃代を案じて実家に戻ることを選んだ。

 小学五年生の一学期、最後に父方祖父母のもとを離れたころ、桃代は起き上がれるようになっていた。それでも髪と肌の艶は戻らず焦点が定まっていなかった。

「今までどこに行っとったと。お父さんが出張から戻ってきとるとに」

 宇留美は声が喉奥に引っ込み、宇門は宇留美を自身の背に隠した。双子の視線の先には青柳姓を名乗る健一が立っていた。

 宇留美が見た予知夢は少しずつ正夢と化していた。

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