第11話−宙色のヴェール−

そこは、皇女のために用意された衣装専用の部屋だった。

広めのフィッティングスペースと、大きな姿見。

色とりどりのドレスがたくさん飾られていたが、部屋の中央にはトルソーがぽつんとひとつ置かれおり、そこに美しい宙色のヴェールが掛けられていた。


「うわあー!」


ジェラルジズとティアナが同時に感嘆の声を上げた。


「初めて見た!綺麗!」


ティアナは、興奮の混じった様子でヴェールの周りをぐるぐると眺めまわしている。

ジェラルジズはそのヴェールを手に取り、



「これを光らせるのかぁ」


と、どう光らせようかと思考を巡らせた。


「こんなのはどう?」


ヴェールをバサッと広げると、大小いくつもの光が、まるで星空を写し取ったかのように布一面に広がっていた。

ひとつひとつがチカチカと瞬いている。


「わあ…!」


ステラは思わず声を上げた。


ジェラルジズは、そのままヴェールをステラの頭に被せた。

星が煌めくシースルーから、ステラの光色の髪が透けて見える。


「すっごくいい!」


ティアナも拍手しながら、今度はステラの周りをぐるぐると動き、いろんな角度から見て回っている。


「ドレスの色は決まってるの?」


ティアナの問いに、ステラは頷いた。


「もう季節は夏に入るから、オーシャンブルーとホワイトのドレスにした」


「絶っ対きれい!」


「ふふふ、ありがと」


「うわあうわあ素敵すぎ!絶対このヴェールにも合うよね!」


「そうでしょ!あ、ねえ見て!合わせる装飾品も、ゴールドで統一してみたの」


キャッキャッとはしゃぐ二人を、ジェラルジズはにこにこと眺めていた。


(お洒落が好きなんだなあ…)


天空の島でも、女の子たちはよく花冠を作ってお互いに被せ合っていたっけ。

そんなことを思い出しながら、そういえばこの宙色のヴェールは何のためのものなんだろう?と疑問が湧いてきた。


来月行われるのは、ステラの「デビュタント」という社交界へのデビューを祝う、いわばお披露目のような式と、自分たちの結婚式だ。

ジェラルジズは聞いてみることにした。


「ところで、この宙色のヴェールっていつ被るものなの?」


ステラとティアナはぴた、とはしゃぐのを止めて、ジェラルジズを見た。


「そういえばご存知ないんですもんね」


ティアナは言った。

ステラが続けて教えてあげる。


「デビュタント用のヴェールよ。

昔から、宙色の髪は皇帝、皇族の証だったんだけど、女性に宙色の髪が現れたことはないの。

だから、デビュタントする皇女は、皇族の証としてこの宙色のヴェールを被って参加するのが慣習になったの」


「女の子だけ?」


ジェラルジズは訊ねた。


「男子にはデビュタントがないから…。

ああ、でも宙色の髪を持たない皇子たちは、皇帝即位の儀式の時に宙色のウィッグをつけるの」


へえ、とジェラルジズは感心した。


「そんなに宙色が大事だっていうなら、グアンは有力な候補者なんだろうね」


ヴェールを被らずとも、ウィッグをつけずとも、皇族だと知らしめることができるわけだ。

むしろ帝国民は、彼の髪を見る度思い出すのは、オシラン然り、ウージオ然り、どれも皇帝の姿だろう。


ティアナはフン、と小さく鼻を鳴らしてジェラルジズに言った。


「なんで男子にはデビュタントがないか知ってますか?

小さい頃から父親に連れられてパーティーに行くから、他の貴族たちに顔を覚えてもらえるからです。

わざわざデビューしなくても、もう社交界に出てるのと同じってことです。

でもステラは桃水晶の瞳を有難がられて、デビュタント前にいろんなパーティーに連れ出されてたんですよ。

グアン皇子と一緒にね」


「わあ、ステラも有力候補だ」


本気なのか茶化してるのか、ジェラルジズと話していると間が抜ける場面が時々あり、ティアナはその度に少し力が抜けてしまうのだった。

ステラはふふ、と笑って、ジェラルジズに地上のことを教えるつもりも込めて説明を付け足した。


「確かに、私はもう社交界の仲間入りをしたようなものだけど…女子のデビュタントには、結婚できる年齢になりましたよっていう意味も込められてるから、私の場合は改めてちゃんとデビュタントの機会が設けられたんだよね」


「結婚できる…って、宣言してどうなるの?」


「「結婚の申し込みがくるの」」


ステラとティアナは同時に言った。


「えっ!!!」


珍しくジェラルジズが叫ぶ。

駆け寄って、ステラの手をぎゅうっと握った。


「ダ、ダメだよ、ステラは俺の奥さんになるのに!

申し込みなんてきてほしくないよ…!

それなのにどうしてわざわざ宣言するんだ?」


「一緒に結婚式もするからよ」


笑いながらステラは答えた。


「デビュタントは伝統なの。しないといけないもので、でも婚約者がいる人は同時に結婚式をすることもできる。

そうじゃない女の子は結婚の申し込みがくるようになる、そういうことよ」


「なんだ…よかった~…」


はああ、と安堵の息をつき、握った手を引いてステラを抱き寄せた。


(いつ抱きしめられてもあったかいな…)


日だまりの温かさと森の香りにほっとしていると、ティアナがトントン、とステラの肩を叩いた。


「ちょっと、離れた方がいいと思いますけど」


「そ、そうね、ごめん」


スッと離れる。

ジェラルジズはいつも、ステラが離れようとするとちゃんとすぐ離れてくれる。


「ジェラルジズ様も。

まだご成婚前の男女が抱擁をするのは常識を疑われますので、気をつけてくださいね」


「そうなんだ、気をつける。

ここにはティアナしかいなくてよかった」


「まったく同感です。敵に弱味を握らせるようなこと、しないでくださいね」


”敵に弱みを握らせるようなことはしない“。

ティアナが外泊せずに毎度きちんと自宅の屋敷に帰っているのはそういう理由があった。

宮殿に泊まる際には事前の申請が必要だ。

そういったルールは、執事などの使用人たちを取り締まるためのもので、ティアナのような皇族の友人である貴族に対してなど有って無いようなものだったが、何かあったとき、攻撃の糸口とされないようティアナは決まり事は遵守していた。


「そっか、わかった。気をつける」


ジェラルジズは神妙な顔で頷いた。


それにしても、と一言おいて、ジェラルジズは顎に手をやりながら疑問を口にする。


「なんで、宙色のヴェールやウィッグを被るの?」


「え?だから、さっき言ったみたいに、宙色の髪を持たない皇子、皇女の晴れの日に…」


「あ、俺が聞きたいのは、なんで晴れの日に自分の髪で参加できないの?ってことなんだけど…」


ステラとティアナは固まってしまった。

なぜ?など、疑問にすら思わなかったからだ。

質問の意味すらすぐには飲み込めないぐらいだ。


「なんでって…皇族だから?」


ステラは答えながらも、ティアナに問う。


「オシラン様の…御髪の色だから…」


ティアナも答えてみる。

ジェラルジズは、二人の回答に首をひねった。


「ステラのデビュタントに、なんでオシランが出てくるの?」


「えっ」


「こ、皇族の伝統色だから?」


ティアナは続けて答えてみる。

何が正解なのか、わかってはいなかった。


「皇族の伝統色なら、ドレスや宝石に取り入れればいいじゃないか?

ステラの髪の色は美しい。ステラのものだよ。

それを隠すなんてもったいないって、俺は思うんだけど…」


「た、確かに…!」


ティアナは、目から鱗といった風に衝撃を受けた。

今まで疑問にも思ってこなかったことだ。

だが言われてみれば、ステラの髪の色を隠す行為だ。


「デビュタントして、何に成るの?

皇帝に即位して、何に成るの?

みんな、オシランに成るの?」


そうだ。と、ステラは思った。

皇族はみな、オシランになりたいのだ。

だが、本当にそれでいいのだろうか。


「俺は、オシランになるステラは見たくない。

ステラの治める帝国を、一緒に守りたいんだ」


気付かなかった。

オシランに憧れ、宙色の髪を有難がり、宙色のヴェールを被ることが許された皇女を祝福し、――帝国の誰もが、それが当たり前だった。


ステラも、帝国を変えたいと願いながらも、オシランと同じであろうとし続けていた。

本当に変えたいのならば、オシランとは違うことをしていかなければいけないのだ。

もし、今ステラにオシランと同じものが必要だとするのなら、それはヴェールで塗り繕われた髪の色ではない。

五百年先を視る力だ。

それが、時代を作るということなのかもしれない、と思った。


「――ティアナ、私…」


ぽつりと呟く。

ティアナはまだ固まっていたが、名前を呼ばれてゆっくりステラを振り返った。


「私…デビュタントで、このヴェールを被らない…」


ジェラルジズはにこっと笑った。


「それがいいよ。俺、ステラの髪好きだよ」


「ありがとう」


ステラもつられてにこっと笑う。


ティアナは、震える手を必死に抑え、決意をしていた。

きっとこれから先、何度も、伝統を打ち破っていくことになるのだ、と。

この主は皇帝になる御方だ。

あの満月の誓いの日から、ティアナはずっと確信していることだった。

ステラは皇帝になる。絶対。

そして、きっと今まで帝国にあった常識や慣習を壊していくのだ。

令嬢としての振る舞いを身につけ、貴族としての常識を学び、世界法律の全てを遵守してきたティアナには、それはとても恐ろしいことのように思えた。


だが、ふとソヴォロムを思い出した。


(常識が壊れたって、私、死んでない)


手の震えは止まった。


(死んでなければ、大丈夫。なんでもできる)


「どこまでもついていきます、殿下」


そう言って、ティアナもにこっと笑った。

三人でにこっにこっと笑い合う。


さて、と次に話を切り出したのはティアナだった。


「じゃあ、ドレスのどこを光らせるか相談しないと」


そっか、とジェラルジズは言った。


「ヴェールが無しになったから」


「でもまだ到着してないんだよね?

じゃあステラ、ドレスが到着したらまた教えてね」


「絶対どこかは光らせるのね…。

うんわかった」


ぎゅっと手を握りあうステラとティアナ。

すると、先ほどまで三人がいた応接用の広間から、マリーの呼ぶ声がした。


「皇女様、…皇女様?どちらにおいでですか?」


「あ、マリー!ここよ!」


慌てて衣装部屋にマリーが入ってくる。


「よかった、こちらにおいででしたか」


「どうかしたの?」


「皇帝陛下がお呼びです」


シーマスから呼びだされていい話を聞けた試しがない。

ステラはつい「ええ~…」と言ってしまった。


「皇子殿下と共に、だそうですので…かなり重要なお話かと…」


三人は顔を見合わせた。

もしかして、いよいよ立太子の話なのだろうか。


「わかった、すぐ行くわ」

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