第9話−太陽神ソヴォロム−

「それで?」


今ティアナは数日ぶりに宮殿に遊びにやってきて、ステラから先日あった晩餐についての話を聞いたところだった。


ステラの主寝室の横に位置する、ステラへの来賓のためだけに設けられた応接広間だ。

ティアナが遊びにくると、二人で庭に出たり、敷地内の森に行ったり、図書室で本を読んだりさまざま遊びまわりもするが、おしゃべりがメインのときはよくここでお茶をするのだ。


今日も香りのいいお茶と、宮廷に勤めるシェフが焼いてくれたパイを食べながら話をしていた。


「えーっと、だから、毎日日替わりで違うジャムを出してる」


「違う、ステラそこじゃない」


ステラは首を傾げた。

他にティアナが気にするようなこと…。


「あ、ごめん!光るうさぎのことは聞けてないや」


「そ――…!……れも大事だけど、違う」


そうじゃない、と言いかけて、ティアナはやめた。

確かに光るうさぎのことも気になっていたからだ。


「ええ?」


「花婿殿の才能の話!」


「ああ、それか。それでもなにも、今話したとおり」


「翡翠の一族の力とか、太陽神の加護についてはそれから聞いてないの?」


「聞いてない。必要ないと思って」


落ち着いた様子でお茶を飲むステラに、ティアナは焦り詰め寄った。


「でもステラ!あの第一皇子も一緒にその話を聞いてたんでしょ?もし先手を打たれたら…!」


「ティアナ」


ぴた、とティアナは喋るのをやめた。


「私は皇帝になる」


「もちろん、信じてる…」


「私を皇帝にするのはだれ?ジェラルジズじゃない。

彼の力がないと皇帝になれないのなら、私はきっと皇帝になったって、やっていけない」


「………」


「私は私の力で、皇帝になるの」


ぐ…とティアナは、カップを持っていた手に力を込めた。

ステラの言っていることは一部正しい。

自分以外のものに依存してしまっては、軸がぶれるからだ。

その支えを失った時、自力で立っていられるだけの芯が必要だ。


(言っていることはわかる、でも、)

「私の気持ちは違います、殿下」


殿下、と呼ばれて、ステラは皇女として臣下の話に耳を貸す。


「ティアナ。貴女の意見はいつも聞くに値する。

――言ってみて」


(それではあまりにも、)

「殿下お一人で、戦わないでください」


(孤独だ)


ティアナは、じっと目を見据え、主に訴える。


「私を武器として使って下さい。彼を、あの精霊族を武器として使って下さい。

他のどんな者でも」


「ティアナ、貴女は友人よ。武器じゃない」


「友人は支えです。友人も家族も、心の在り方が関係に現れているだけ…。

お互いの支えになれるよう関係を深めるんです。

心の支えにその人がなったとき、友人と呼ぶんです。恋人と呼ぶんです。家族と呼ぶんです」


カップを机に置いて、ステラを見たまま訴え続ける。


「でも、武器というのはその人の才能を意味します。活かして下さい。私の才能を。貴女のお力で。

精霊族の力がなければ皇帝になれない、そんな皇帝は皇帝としてやっていけない、今そう仰られましたが、皇帝は人を使うのが仕事です。

国をまとめるということは、どこからも不満が出ないよう人々をまとめるということです。

人が持つ才能を見抜き、人材を的確に配置する。

そのためには多くの者を使えるようにならなければいけません。

貴女が皇帝となれるよう、他人の才能を武器として使って下さい。

それが、私の考える皇帝の仕事です」


ステラは、思わず笑みをこぼした。

この年上の友人は、臣下として、いつも的確に道を照らしてくれるのだ。


「確かにそのとおりね、ティアナ。

適材を見抜いて適所に置く。

それが皇帝の仕事だわ」


良い皇帝になろうと努力するとき、ステラは、この友人の顔を思い浮かべるときがある。

彼女が笑ってくれるような世界へ向かう道に立てているだろうか、と。

ジェラルジズの力を頼らないということは、ティアナや他の臣下の力にも頼らないということと同じ。

それは、帝国全土、帝国民全員の上に立つ皇帝としては、確かに寂しい姿だ。

たった一人で帝国をまわせるはずもない。

人に助けられてこそ、人を信じ任せることができるのだ。


精霊族の力を利用しようとしていたことを恥じ、彼に頼らず皇帝になってやろう!と思い直したのだが、両極端になりすぎていたようだ。


「わかった。もう一度ジェラルジズに話をしてみる。

でも…」


と言って立ち上がり、窓から庭を見た。

ティアナもステラに続いて窓辺に立つ。


ステラの視線の先にはジェラルジズがいた。

地面に腹ばいになって、庭にある花に向かって何かしている。

ティアナはぎょっとしたが、ステラは微笑ましくそれを眺めている。


「あんなに純真な人を、政治的に利用したくないんだ…」


「ステラ…」


「せっかくいろんな話をしてくれるようになったの。どんなものが好きで、何が楽しいのかとか…。

今また、彼の精霊族としての力について聞いて、心を閉ざされるのが怖い…」


突然肩を掴まれ、ティアナの方を向かされた。


「うわ!?」


ティアナは必死の形相で、ステラを見ている。


「す、す、」


「す?す?」


「好きになったの…!!?」


「へっ!?」


ティアナは涙目で訴える。


「だ、だってあんなの、変だもん」


「変って…」


「地面に突っ伏してるんだよ!?それで、花に…あれ何してるの?なに?

なんで…何やってるのか一目みてわからないことしてるの?変だよ!それなのにステラ…そんな…愛おしそうに見て…嫌われるのが怖いとか言って…!」


「ちょ、ちょっと待って、愛おしそうには見てないって!」


ステラも焦りながら答える。


「あれね、私も最初見たときびっくりしたの。でも、何してるのーって聞いたら、ここに妖精がいるんだよーって」


「妖精!!!!」


「ちゃんと答えてくれたし…。

だから、何やってるのかって言ったら、たぶん妖精と遊んでるんだと思うよ?」


「妖精と遊…!!!!」


ティアナは俯いて、震え始めた。


(何がそんなに嫌だったんだろ…)


ステラにはわからなかったが、自然派のジェラルジズと理性派のティアナはもしかして相性が悪いのかもしれない、と心配し始めたとき、ティアナは口を開いた。


「ステラは見たの?…妖精」


「え、ううん。見えなかった」


「じゃあほんとに妖精と遊んでるかわからないじゃない」


「でも…本当には何もないのに遊んでるふりしてる方がやばいと思うけど…」


ティアナはぱっと顔を上げた。


「だから変だって言ってるの!!」


「あ、妖精のこと信じてないんだね!?」


ティアナはウアーンと泣きながらステラに抱きついた。


「だってどうやって信じろっていうの!精霊族は元々人間なんだもん!じゃあ見えるものも人間と同じはずでしょ!」


「ティアナ~…いつもみたいに頭で考えるからだよ~」


よしよしと頭を撫でながら、でも、と付け加える。


「ティアナだって、千年間神様と暮らしてきた人間がそのまま人間かどうかわからないって言ってたじゃない。

あの雷だって見てたでしょ?」


「あんなのまぐれだもん」


「そんな…」


元も子もない、とステラは思った。


「ダメ!無理だよ……理解しようと思っても私の脳が拒否するの!私の中の常識基準じゃ理解不能なんだよ~~!」


「目の前で直接見たっていうのに…なんて難儀な人なの…頭いいのも大変なんだね」


とうとうフエーンと泣き始めてしまったので、泣き真似だとわかっていても泣きやませるしかなかった。

この賢い友人は、国のこととなるとまるで宰相のように聡明な発言をするが、ステラとの友人関係のこととなると時折子どものように振る舞うことがあった。

ステラにだけ見せる彼女の素の姿だ。


今も、きっとまだジェラルジズのことを親友の花婿として認めることができないでいるのだろう。


目で見て、手で触れられる存在だけを信じて生きてきた彼女は神などまったく信じていなかった。

そこに、その神と会話できるという人物が現れたのだ。

あまりにも空想的で、ティアナから見たジェラルジズは虚言癖と紙一重だ。


目で見えない存在を、どう頭で理解したらいいのかティアナにはわからなかった。

だって見えないのだ。見えないということはいないのと一緒だ。

“いない”と頭が認識しているものを、どうやって“いる”と思えばいいのだろう。

だが自分には見えないものを「見える」と言って会話する者が、親友の花婿になるという。

信じよう信じようとしているからこそ生まれる“あり得ないはずなのに”という葛藤に、ティアナは苦しんでいた。


「じゃあ今から一緒に庭に行って、今度はティアナがいろいろ聞いたらいいよ。

納得できるまで。

劇でフェイフ様がやってたみたいなことも、いくらでも見せてあげるって言ってたから、見せてもらったらいいよ。

信じられるかわからないけど…。

私ちゃんと隣にいてあげるから、ね?」


それを聞いたティアナはスン、と泣きやみ抱きつくのをやめた。


「ほんと?さっきはもう精霊族の力について聞くの怖いみたいなこと言ってたけど」


「私が聞くんじゃないなら大丈夫…。

でも、彼が寂しそうにしたらすぐやめてね」


「わかった」



—————白鳥の庭園—————



大きな噴水のそばに、白鳥の形に刈り込まれたトピアリーがある。

それがこの庭園の名前の由来となっている。

そのトピアリーの上に、ジェラルジズはいた。

ちょうど白鳥の背に座る格好で、蝶と遊んでいた。


ティアナはげんなりした顔をしたが、ステラはティアナのことは気にしないことにしてジェラルジズに声を掛ける。


「トピアリーには登っちゃだめだよ」


「ステラ」


ステラを見つけ、にこっと笑顔になる。

日傘をさしているはずなのに、ステラには眩しく、ついよろめく。


「うっ!」


「ちょっとステラしっかりして!」


「ティアナはあの顔面が平気なんだもんね…すごいよ」


白鳥からふわりと風に乗るように軽く降りて、こちらにてくてく歩いてくるジェラルジズを見ながら、二人はひそひそと話をする。


「はい?ステラで慣れただけだと思いますけど」


「え?」


「ステラも、同じように顔面光ってます」


「うそ…」


「ていうかステラは顔面だけじゃなくて全身光ってます!」


「せ、精霊族みたいに?」


以前書物庫で話していた、いまだ見たことのない精霊族ってどんな種族なんだろう、と予想を出し合ったときのことを思い出して、二人は顔を見合わせアハハ!と笑い合った。


「そうそう、顔も見えないぐらい…ふふふ…眩しく光って…あはは!」


「楽しそう。どうしたの?」


いつの間にか側まで来ていたジェラルジズが、声を掛ける。

ティアナはすぐさまスン、と態度を戻した。


「精霊族って眩しすぎて顔がよく見えないよねって話してました」


えっ!と驚くジェラルジズに、ステラは慌てて友人を窘める。


「ティアナ!」


「俺の顔、よく見えてないの?」


ジェラルジズは腰をまげ、ぐいっと日傘の中に入るようにして覗き込み、じっとステラを見た。


しようと思えばキスができそうな距離に、ステラは思わずカァッと顔を赤らめる。


「み、見えてます、大丈夫」


「冗談ですからー!離れてください!」


迂闊だった…!と震えるティアナは、抱きしめるようにステラを庇う。


「よかった…俺、あんまり冗談わからないから、控えてくれると嬉しいな」


「わかりました、気をつけます!」


ティアナはジェラルジズをキッ!と鋭い目で見て、ステラごと距離をとる。

ついステラは謝った。


「ごめん、ジェラルジズ」


「俺気に入られてないんだね」


笑って言うジェラルジズに、ステラは申し訳なさそうに言った。


「すごく頭のいい子なんだけど、頭がいいからこそ…その…精霊族のこと信じがたいみたいで、ちょっと拒絶反応がすごいの」


「すごく人間らしいね」


「馬鹿にしてます?」


ティアナは眉間に皺を寄せて言った。

ジェラルジズは変わらず笑顔のまま、首を横に振る。


「ただ…人間の悪いところが出てる。

見たものしか信じない。見たところで、理解を超えるものは信じない。

ステラ、こういう人には俺が何を言っても何を見せても無駄なんだよ」


「でも、じゃあ…どうすればいい?

二人とも私の大事な人だから…できれば仲良くなってほしい…」


にこっと笑って、ジェラルジズは「大丈夫だよ」と言った。


「俺じゃない人に頼めばいいんだ。

兄さんに助けてもらおう」


「兄さん…?お兄さんが、いるの?」


「血は繋がってないんだけど…。

俺のこと、弟みたいに可愛がってくれるから、俺も兄さんって呼んでるんだ」


「へえ、そんな人が…」


ステラは驚いたが、ちょっと待てよ?とふと疑問がわく。


「精霊族の人なの?え、ここに来られるの?」


「兄さんは精霊族じゃない。

だから彼女を信じさせることができる。

彼女の常識を、壊してくれるはずだ。

俺の兄さんは、太陽神ソヴォロムだよ」


えっ、とステラとティアナが声を揃えて上げた瞬間、東の空にあった太陽が閃光のように一瞬強く輝きを増して、いつの間にかジェラルジズの側に見知らぬ男が立っていた。


赤色に光り輝く、腰まで届く長髪は、毛先にいくにつれてオレンジ色に色を変え、毛の先はもはや白い光となって燃えている。

掻き上げ後ろに流した前髪は後ろ髪と共にハーフアップにしてあるが、何房かはこぼれて顔にかかっていた。

鋭く上がった太い眉に、オレンジ色の瞳。

肌の色は淡く黄色に透け、まさしく全身発光していた。

白い布を片方の肩からだけ掛け、腰のあたりでゆるく縛ってある。

金(で出来ているように見えるだけで、材質が金かはわからない)の腕輪に、金のピアス、金の指輪。首には金の首輪を幾重にもかけ、足首にも金の装飾が見える。


そして、ちょっと浮いていた。


絵画や彫刻で何度も見ている。

太陽神ソヴォロム。

まさしくその人であった。


「兄さん」


『よう、ジェル』


短く挨拶を交わすが、神の口から出た言葉は、以前雷を落とした時のような荘厳な口調ではなかった。


『やっぱり桃水晶はすげーな』


「見えてるかな」


『見えてるだろ』


ステラとティアナを見て、くい、と眉を上げた。


『見えてるだろ?ティアナ?』


「――――――――…!」


ティアナは声もなく、ばたりと気を失って地面に倒れた。


「あっティアナ!ティアナーッ!!」


ステラは慌てて抱き起こそうとするが、15歳の少女に人一人を担ぐことはできなかった。


「ど、どうしようジェラルジズ…」


『倒れちまったの?』


「あわわわ…」


ジェラルジズに声を掛けたのに、太陽神から返事をもらいステラは慌てる。

王女として生まれ、皇女として育ち、自分より身分の高い人間など、皇帝皇后両陛下にくわえ、少しばかりグアンが上にいるだけで、あとは自分より下の者にばかり会ってきたステラだったが、これだけははっきりわかった。

目の前にいる人は明らかに自分より位が高いということが。

しかも身分がどうとかではなく、存在が、上なのだ。

何せ神なのだから。


「…運ぼうか」


ジェラルジズがそう言うと、太陽神は頷いた。


『だな。ラダヴェル、頼む』


突然、倒れたティアナの体の下から小さな竜巻が現れて、人の形をとったかと思うと、そのままティアナを抱きかかえた。


人の形をした竜巻はぐんぐん上に伸びていき、ステラの主寝室の横、先ほどまで二人がいた応接広間の窓を開け、ティアナを室内に運び入れたようだった。


「あ、あれは…」


「風の神、ラダヴェルだよ」


「私…神様のこと見えるようになっちゃったの…?」


『桃水晶のおかげだな』


「…ハッ、そうだティアナのところに行かなくちゃ!」


ティアナが落としていった日傘を拾い上げ、ステラは宮殿の中へと走っていく。

ジェラルジズも後を追いかけた。

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