1003

 「さてと… 。ウーヅ,怪我は有るか?」

 彼だけが呼ぶニックネームを聞いて,彼女

だけがニックネームで答えた。



 「雉ん……あ,あたし……,ごめんなさい……ありが,と……。」

 「いいよ。俺は叱ったりしないから,落ち着いて。まずはここから逃げ出そう」 

 真っ白な左手が,右膝をついた勇者へ伸ばされた。その冷たい両手に包みこまれて, ようやく安堵できたようで,ウーヅはとりあえず起き上がろうとした。これに対し,  雉んは止めようとせず,左手を握ったまま,女の子のペースに合わせて腰を浮かせる。  

 2人とも身長164.4センチで目線の高さは同じはずなのだが,ウーヅが見上げる形/ 雉くんが見下ろす形になる事が多かった。



 「そうだ,これ着てよ。念の為に新品を取り出してきたが,正解だったな」

 雉軸んは,詰襟つめえりの制服の両肩に,騎士のマントルではなく,ケープ付きの耐火フードをかけていた。これは,露出している手や顔を,魔素石による結界で保護するタイプだ。

 イウルフ大陸の住人の,平均身長を想定したたけで作られているので,ウーヅが着ると,ケープながらも膝の下まで覆われる形になるはず。耐火フードを手渡した雉くんは, もと来た方向を振り向きつつ,右手のみをウーヅの左手から離した。



 「待ってよ……あたしを捨てないで……,そこにいて……?」 

 ただそれだけで,ウーヅの顔色は普段より悪くなっていき,雉くんをじっと見つめる。


 「?,ひどい事,俺はしないよ。置いていく訳がない。森の出口までは10メートルもないんだ。魔王の術者が,座標の設定を誤ったというのは本当だと,見ていただけ」

 ウーヅの左手を,雉くん自身の左手でにぎりしめる。壊れてしまわぬように,優しく。

 蒼白な顔へ,わずかに赤みが差した。右手で頭と,真っ直ぐに腰まで届く長い髪とを,フード・ケープで包んでいく。そして留め具を留め終えた時,ウーヅは寝巻きで裸足だった事を思い出した。 (「いるのが,雉くんだけでよかった……」)と思っていると,

「その足で歩けそうか?」

と聞かれたので,「―は,はいっ……!」と答えたつもりが,雉くんはウーヅを,ひょいっと横抱きにした。2人の前髪が,黒髪くろかみ金髪きんぱつとが触れ合う。

 「えっ?,いや,歩けます―」

 「に受けるなよ。足を痛めるし,道が分かるか?。このほうが早く脱出できると思う」 



 ―実際,ウーヅがいた地点と,雉軸んが森へ足を踏み入れた地点の距離は,10メートルも無かった。周りに木々が生い茂っていて分からなかったのである。帰りは早い。すぐに2人は,雉軸んの目的地へたどり着いた。スロープを上がり,両開き扉から室内に入る。

 中の席は全て空いているが,雉軸んは迷わずに三人掛けの座席へウーヅを下ろすと,

真っ白な両手が,モケットへしなだれた。ウーヅの下にずれた眼鏡を両手で直しながら,雉くんは「少し待ってね」と言うと,右手で自分の眼鏡を直しつつ,隣の部屋に入った。

 「リスバーン子爵,連味つらみ家のご令嬢を発見した為,確保の上で保護しました」

という趣旨しゅしの報告を行う雉軸んの声と,それに対し聞いている相手が5分も沈黙してから返答をし始めるのが,座っているウーヅの耳へ,壁とフード越しに聞こえてくる。 

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