第11話
――大体、中学に上がった途端『悪』になる奴は、大体が兄弟姉妹に同じような「ワル」が居るものだ。
奴が教室に戻らず、そのまま家に帰った翌日。何時ものように通学してきた校門前には、教師と揉めている上級生が何人か居た。横目でそんな様子を眺めつつ門扉を潜った辺りで、周りでコソコソ話している連中の話を聞いてみると、誰かを探しているらしいとの事。
「なんか、弟がやられたとかどうとかって――」
途端、脳裏に過ったのは昨日の出来事だ。ぎゃぁぎゃあと騒ぐ上級生の怒鳴り声を背に、私は教えてくれた彼に「へぇ」とだけ応え、足早にならぬよう振り返ることなく職員室の方へと向かった。
……が、当然、奴が私の名を言っていないはずもなく……。
昼休憩の時間、その集団はやって来た。廊下を練り歩く集団が「おい! 〇〇って奴はどのクラスや?!」との声が聞こえたと思いきや、教室の引き戸が乱暴に引かれ、その場にいた誰かを掴んで私の居場所を聞く。振り返るとそこには十人程の見るからに『ソレ』らしい者たちが犇めいていて、そのまま私は引き摺られていく。
――誰も私の方を見る人間は居ない。
……その場で皆一斉に時が止まったかのように。
身じろぎもせず、目も合わさぬよう、俯く者も……。
――作り話だと思うだろうか。
まだ昭和のこの時代、教師からの暴力は『愛の鞭』であり、「教育的指導」と言う名の下に拳骨程度は当たり前、中には竹刀を短くした物を持ち歩いている体育教師や、出席簿の角で小突く教師だって普通に居たのだ。……男女問わずに教師も生徒も。
年功序列が当然であり、まだまだ男尊女卑がまかり通っていた時代。教師や政治家『先生』達は崇められる存在で、今の学生たちからは想像もつかない『世界』が当然だったのだ。故にイジメ問題が深刻化するよりも、もっと身近に「暴力」や「特権」「差別」がありふれていた時代なのである。
そんな時代背景もあり、また風潮として「校内暴力」や「不良」がもてはやされていたこの頃、異を唱える者は少数だった。ましてや相手は上級生。中学生の体格差というものは劇的に違うものである。方や今年の春まで小学生だった本当の子供だ。そんな子供達が、ポマードで固めたリーゼントヘアや、見たこともないような改造学生服を着込んだ連中に、意見など出来よう筈もない。そんな連中が十人も固まって教室に怒鳴り込み、生徒の一人が連れ去られるのを見て、皆、ただ黙ってじっとしているのを見た時、私は少し達観してしまった。
――やっぱり友達くらい作っておけばよかったかなと。
それから約一月程、地獄のような日々が続いた。目に見える場所は傷つけず、大体が腹や尻等、所謂『ケツパン、腹パン』を代わる代わる受け続けた。蹲り、ゲロを吐き、胃液と切った口で血液が混ざり、それらを吐き出すまでが日課となって、パシリをやらされ、流石に限界が近いと思った頃、とある上級生の女子と知り合った。
――それは苦い初恋で……。
ただ、その女子生徒と知り合ったお陰で、ひょんなきっかけとなり、友人が出来、何故か上級生からのイジメもピタリと止んだのだ。……まぁ、いつまで経っても折れない私にいい加減飽きてしまったのもあったのかも知れないが、彼女が何かをしてくれたのも事実だろう。……彼女は最後まで教えてはくれなかったが。
そんな思い出が心の奥に有るからだろうか、私の女性の好みはどうしても洋風になってしまった……。
閑話休題。
そんな経験をしたからか、はたまた毎日ボコられていたのを皆が知っていたからか、私はその後誰かにイジメられるという経験をすることがなかった。また、自分の居たクラスでそういう事は起きなかった。クラスの男子生徒の半分以上が「ワル」なバカが多かったけれど、なぜかクラスとしては纏まって仲が良かった。男女問わずに。多分に漏れず私もその一員だったが。
彼女とはその次の年次に上る前に別れてしまった。……と言うか、一方的に振られてしまった。んだと思う。渡米してしまったのだ。当然落ち込んだし、苦しかった。何しろ初体験の女性だったのだ。当然その後立ち直るまでには時間が必要だったし、未だに女性に対して深く信を置けるかといえば少し思うところがある。……なので、結婚をするのが少し遅くなってしまったが。それはまた別の機会に。
兎にも角にもそう言った経緯があり、やっとまともな友人が出来た頃、私は中学二年生へと年次を上がった。
――昭和五十九年、この年は結構様々な出来事が起きている。ロサンゼルスオリンピックが行われた年。ロケット人間が競技場に飛んできた、あのオリンピックである。……そして「福沢諭吉」「新渡戸稲造」「夏目漱石」の新札が発行された年。芸能界では所謂「アイドル」が大量発生し始め、バブル期へと向かって何もかもが浮かれ始めた頃だった。
……が、世の中がそんな浮かれ始めたとしても、私の心は未だ曇ったままで、友人達と猥談で盛り上がり切ることも出来なかった。……当時は中学二年生で、性体験を経験済みと言う人間はまだまだ少なかったのも有るし、また私はその事を公言していなかった。女子の身体に触れた経験のない彼らは胸の柔らかさを想像し、唇に触れる感触を妄想しては、本当に子猿のように騒ぐ彼らを見て「……。」となってしまい、変な疑いを掛けられたこともあった。
――あの喪失感と寂寥感。
あんな思いをするのなら、二度と恋なんてしなくていいと、思っていた。
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