脳内リハーサル

 ヘッドホンを着けて消音でピアノを弾く。歌を合わせられないのが本番とは違うけど、それでもリハーサルをしたかった。九曲を一番目から順に演奏する。順番を変えた方が一つのストーリーになりそうだ。……全部を弾く必要はないし、何より全部では長い。今日の二等辺と同じに四曲に絞って、演奏順を組む。「月と子犬」も入れた。その四曲を通す。これでいこう。ピアノを弾いている間も鼓動は鳴っていたが、ここまでと決めてピアノの前を離れたら心臓を棒で叩かれているみたいに痛い。

 ダイニングでママが家計簿に数字を書き込んでいる。

「ママ、ちょっといい?」

 ママは手を止めて顔を上げる。「どうしたの?」

「明日、九時に友達を呼んだんだ。ピアノの演奏を聴いて貰う。だから、その間は静かにしていて欲しい」

 ママは目を瞬かせる。

「初めてだよね?」

「うん。初めて。心臓破裂しそう」

 ママは柔らかく笑う。

「じゃあ昼過ぎまで出かけることにする。パパと一緒に。その方がいいでしょ?」

 ママの急なプレゼントに今度は私が目を瞬かせる。

「ありがとう」

「がんばってね」

 ママは親指を立てる。私は頷く。

 風呂に入って、布団に入ってもずっと鼓動がうるさくて、息が赤い。誰もが発表の前夜にはこんな風に身をよじるのだろうか。コノさんもそうなのだろうか。いや、コノさんはもう発表し慣れているから、ここまでじゃない筈だ。でも、初めての夜はあった。きっとその夜は私と同じだった。

 どうやってしのいだのかな。

 別のことを考えて気を逸らしたのか、それとも、とことん向き合ったのか。お酒を飲んで溶かした、他の誰かと一緒に過ごした、走った、ずっと練習をした。どれもありそうで、どれもなさそう。私と同じに、呑まれそうになることにじっと耐えたんじゃないだろうか。

 頭の中で弾く予定の曲を演奏する。隙間の時間に喘ぐ。また脳内リハーサル。脈打つ体を感じる。張り詰めたものは一切摩耗しない。だけど、私自身は擦り減って行って、徐々に眠気が充満して来る。

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