才能とは何か
次の日、教室に入るとずっと欠席だった反対側の隣、
「おはよう。最近いなかったけど大丈夫?」
葉月は健康そうな笑顔を向ける。
「おはよ。全然大丈夫。ちょっと旅行に行ってたんだ」
「そうなんだ」
「東北の方にね。それでさ、ちょっといい話があるんだけど、聞いてくれる?」
私は頷く。葉月は声を落として耳打ちするように言う。
「才能って、何だと思う?」
葉月の口から「才能」と言う言葉が出て来たことに私は首を傾げそうになる。だが堪えた。その言葉は、それを求める人だけが使うべき言葉じゃないのか。
「何かをすることに適した能力が秀でてることかな」
「私もそう思ってたけど、ある占い師の人に言われて、ガーンってなったんだ」
「違うのかな」
葉月は小さく首を振る。もう少し私に近付いて、さらに抑えたトーンになる。
「才能ってのは、何かをしようとするときに、必要なことと必要なときに出会えること、なんだって」
私は葉月の顔を凝視する。昨日のラジオで時崎も似たようなことに触れていた。
「それって運じゃないの?」
「努力じゃどうしようもないことにこそ、才能の有無がある、だって」
葉月は元の位置に戻る。私の胸に黒いもやがかかる。
「そうなのかな」
「私は本当だと思う。だから私には才能がある」
私はぎこちなく首を傾げる。
「何か追究してたっけ?」
葉月は両手をもじもじと組んで、一回遠くを見てから私に焦点を合わせる。
「実はね。私、写真やってるんだ。……ガチで」
「写真部じゃないよね?」
葉月は頷く。
「群れてやりたくはないし、自分のペースがいいから、部活には入らない。だから一人でやってる。占い師から言葉を貰って、ああこれは本当に私のことだって思ったんだ」
もやが水に溶かしたように、薄くなった。
「出会ったんだね、必要なことと」
葉月は口を引き結ぶ。
「この言葉自体がそうだし、旅の途中でも何回かあった。私を成長させてくれる必要と出会った」
そうなんだね、と言いながら、我が身を振り返る。昨日の時崎のラジオはそれに入るのかも知れない。葉月はもう一度私の側に来て、耳許で言う。その呼吸には決死のリズムがあった。
「今度私の写真見てよ。夏夜なら見せてもいいと思える」
「私なら?」
「一年のときからずっと一緒ってだけじゃないよ。夏夜には私と同じ匂いがするから。誰にも言ってない、究めようとしているものがある、でしょ?」
私は応えることが出来ない。黙っていると葉月が、あはは、と笑う。
「何も言えないよね、そりゃそうだ、ごめん、忘れて。写真は見てね」
「分かった」
ん、と終止符を打って、葉月は自分のテリトリーに戻って、スマートフォンをいじり始めた。何かをやっていることが匂い、気配で分かるものなのだろうか。誰にも秘密にして来た。絶対にバレてないと思っていた。不思議だが漏れるのかも知れない。……最終的には私が認めなければいいだけのことだ。
それよりも、才能だ。葉月の占い師の言葉を信じるなら、私には才能がある。時崎明子の件だけじゃない。これまでだって困ったとき、行き詰まったときにはそれを突破するヒントと出会って来ている。……やっぱり昨日のラジオは天佑なんだ。それならば葉月の話もそうだ。と言うことは、私は曲を外に出したいのかどうかと、真剣に向き合わなければならない。
学校が終わり、家に帰る。ピアノを弾く。新曲を弾き込んで、自分として納得の出来る状態まで引き上げることが出来た。これは節目であって、この後も推敲は続くのだが、ほっとする。歌付きで録音する。影響を受けに行くライヴの前にこの段階まで進んでおきたかったから、間に合ってよかった。タイトルは二転三転したが、「月と子犬」に落ち着いた。
寝る準備を終えてベッドに入る。今日はラジオはいらない。もしかしたら、ラジオを聴くときは、必要なことを求めているときなのかも知れない。才能ってのはつまり、求めて探せる力ってことなのかな。……私は曲を発表したいのだろうか。現時点ではNOだ。だが、私の中のどこかで曲を出したい、曲が出たい、と言う圧力を感じてもいる。それに対して、否定される恐怖が拮抗している。どうしてそんなに否定されることを恐れるのだろうか。時崎明子のように、そんなことは当たり前で受け入れられることが奇跡くらいに思えばいいことなのに。
傷付いたことがあったのだろうか。……あった。
――小学校二年生のゴールデンウィーク明けの日。
クラスメイトの
私は休みの間に自分の想いを詩にして、画用紙に書いたものをランドセルに忍ばせていた。
待ちに待った昼休み、ランドセルから画用紙を出して、はやる鼓動と共に祐介君のところに突撃した。
「祐介君」
「何?」
「祐介君のために、詩を書いてきたの。聞いてくれる?」
「え? 詩? 僕のために?」
私は頷いて、画用紙を二人の間に広げる。祐介君はそれを一瞥した後に私の顔を凝視した。最初の一行を読もうと息を吸い込んだ瞬間、祐介君は全てを遮るように言った。
「キモい」
「え?」
「キモいよ。何? 詩って」
「え」
祐介君は顔を真っ赤にして、もう一回、キモい、と言い捨てて、走り去ってしまった。取り残された私は、動くことが出来ずに、自分の書いた詩を見詰めるしかなかった。近くにいた他の男子が口々に、キモい、キモい、と言って笑った。私は泣いた。泣いて、画用紙をぐちゃぐちゃに丸めた。だが、その場所から動くことは出来なかった。
……それだけ? 間違いない。それ以降は傷付きたくなくて、自分で作ったもの――学校の課題は除いて――を誰かに見せたことはない。
だが、これだけでは私が発表を拒否する理由には不十分だ。何か他にある筈だ。何か。……何だろう。分からない。
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