第31話:継承
聡さんが敵と戦っている。でも、私は……邪魔になってしまいそうだ。
銃撃で倒せているとしても、敵はぞろぞろとやってくる。
このままでは、時間の問題だ。
「ねえ、ママ……」
すぐ後ろから、博士の声がした。
私と聡さんの子供、違う世界の――ではあるけど、その話を聞けて、ちょっと嬉しかった。
好きになっても、よかったんだって。許された気がしたから――
「アタシだけだと、力が足りないの……ママの力を貸して」
「で、でも……私のは――」
振り向くと、汗ばんだ顔をした博士の顔があった。
戦闘が始まってどれだけの時間が経ったかわからない、博士も聡さんも消耗し始めていた。
「大丈夫」
再び、空中に浮かんでいるコアに視線を戻す博士。
コアの周囲には、博士が展開しているバリア……のようなものが見える。
だが、それは徐々に形が崩れてきていた。
「この力は、ママが教えてくれたものだから」
「でも、それは違う――」
「原理は一緒」
『念力』と『守護』、性質は全く違う能力。それを私がどうにかできるとは思わない。
能力は1つ、超能力はそれぞれ固有のものだった。複数使える博士が特別なだけなのだ。
「念力は、力が内から外に出す感じ……でしょ?」
超能力を行使するのは、ほぼ感覚だった。とても言語化できるようなものじゃない。
しかし、博士の言う表現は私の認識にかなり近かった。
「守護は……外から内に引っ張る感じ…………できる?」
――そんなこと、言われても。
博士に倣って、コアに向けて手を翳す。
念力でやっていた感覚を頼りに、力の流れをコントロールする。
――外から、内へ……!
手応えは無い。それがはっきりわかるのが、とても悔しい。
「諦めないで!」
博士の声、その言葉の響きに――私はハッとした。
今、ここで諦めたら……私達は死ぬ。世界も大変なことになってしまうらしい。お父さんやお母さん、おじいちゃんとおばあちゃん、博士も聡さんも……みんなが――
深呼吸して、意識を集中させる。
念力を使う時のように、エネルギーの流れをイメージするように…………
「……パパのこと、愛してる?」
「――なっ……」
今、そんな話を振られると思っていなかったので、完全に集中が途切れてしまった。
感情的になりそうなところを、なんとか抑え込む。
「今はそういう場面じゃ――」
「答えて」
自分より年上の娘、そんなのに恋バナをすることになるとは――全人類を探しても、私くらいなものだ。
でも、はっきりと答えられる。
私は―――――
「もちろん」
「見て、パパのこと」
開けた空間で戦っている聡さんの方を見た。
あの人を〈シロタ〉と呼んでいた頃が、懐かしく思える。不器用だけど、信頼できて、一緒にいると安心できる人。
誰かのために、命を懸けられる人――ちょっと情けないところが、人間味があって好き。
でも、本当に大事な時は……ちゃんと冷静に考えてくれる。
「大切な人のこと、大切な思い出を、そっと包むようなイメージを浮かべて――」
聡さんにはたくさん迷惑掛けてきた。嫌な顔をしていても、私を嫌いにならないでいてくれるという妙な確信があった。
オブジェクトに暴露してしまって、暴走した時も――ちょっと悲しかったけど、私達のために戦ってくれていたことがわかった。
本当はそんなことしてほしくなかったけど、誰かのために本当に命を投げ出そうとする人がいるなんて信じられなかった。
でも、小泉聡という人は正真正銘――ちょっと不器用な、ヒーローのような人だ。
そんな聡さんを助けたい、そう思って危険に飛び込んだりしたこともあった。
次第にそれは、好意だと――自分で気付くことになるなんて、思いもしなかった。
――私は、小泉聡さんのことが……好き。
ずっと年上の人を意識するのは、ちょっと恥ずかしい気持ちもある。
でも、その気持ちに偽りはない。最初は尊敬だったけど、今はもっと……近くにいたい。
外から、内へ――手の中にエネルギーが反発するような感触があった。
そして、自分の手から力が放出されるのを感じる。それは透明なベールを作り出し、博士が作っていたそれよりもずっと大きなバリアを生みだした。
「――よし、これなら……!」
博士は『守護』の行使を中断し、身体を別の方へ向けた。
その方向は聡さんが戦っている方だ。
間もなくして、私が作ったそれより大きなものを展開する。
「ママ―――!」
今度は、私の番。博士が作ったバリアよりずっと大きい物を形成。
そこに聡さんが戦っている化け物も巻き込んでやる。
「――パパ、受け取って!」
博士が何かを取り出し、聡さんに向かって放り投げた。
それが何かはわからない。でも、きっと聡さんなら何かわかるはずだ。
「ママ、そのまま小さくしていって」
エネルギーの流れを制御し、バリアを縮小させていく。
閉じ込めた化け物が圧死して、紫色の体液がバリアの中に溜まる。
イメージ、力のコントロール、これはなかなかにしんどい――
コアを巻き込んだバリア、その中で変化が起きた。
化け物の残骸が形を変え、コアと一体化していく。
「お願い、パパ! ママ!」
――これで、終わりだ!
博士から受け取った物を手に、聡さんがコアへと向かっていく。
『守護』のバリアでコアを包みながら、それを『念力』で地上へと引きずり下ろす。
集中力、エネルギーの流れが身体の中でスパークを起こしているような感覚があった。力の使いすぎだ。
――お願い、もう少し耐えて……私の身体。
あと少し、もうちょっとで戦いが終わる。
宇宙服みたいな格好をした聡さんが、コアへと迫っていた。
遠目でも、通じ合っている気がした。
タイミングは、手に取るようにわかる。
離れていても、私と聡さんは――――繋がっている。
聡さんが手にしたそれをコアに向けて突き出す。それに合わせて、バリアを解除。
転がるようにして距離を取る聡さんの姿を見てから、私は再び『守護』を発動させた。
「――パパ、やっちゃって!」
博士も、再び『守護』を使う。
2重のバリアで覆われたコアに、博士が渡した物がくっついてた。
微かに見える光の明滅、それが何か――すぐにわかった。
『――爆破するぞ!』
聡さんの声が無線に流れる。
それと同時に、透明なバリアで包まれたコアが膨張し――赤い炎が咲いた。
『守護』のバリアの中で起きる爆発。たった一瞬であっても、それはバリアの形を大きく変えるほどの力があった。
洞窟が大きく揺れ、立っていられなくなる。
尻餅を突いて、岩に当たった。とても痛い。
しばらく、静寂が続く。
爆発のせいで鼓膜が破れたのかと思ったが、そうではないらしい。
目の前に、防護服の女性が立っている。
そして、私に手を差し伸べてきた。
「ありがとう、ママ」
私は、彼女の手を取って、立ち上がる。
博士の隣に立ち、周囲を見回す。どうやら聡さんも無事だったらしい。こっちに向かってくる姿が見えた。
「ほんとうに、ありがとう」
博士の声は震えていた。
防護服のヘルメットは、傷が入っていて顔が見えない。
でも、気持ちは伝わってくる。
私は、博士の背中をさする。
防護服のぶかぶかした感触、それでも私の気持ちは伝わるだろう。
「おつかれさま」
博士は膝を着いて、声を上げて泣き出した。
平行世界でどんな経験をしてきたのかは知らない、でも本来はここで死ぬはずだった。
任務、使命、それに殉じようとする覚悟、それは私にもあった。
だけど、それが全てじゃないことを聡さんが教えてくれた。
目の前のことに精一杯になってたら、視野が狭くなって人生がつまらなくなる。
でも、ちょっと引いて見渡せば――意外と、解決策はあるものなのだ。
きっと、博士は辛い戦いを続けてきたのだろう。
ひとまずは、終わった。
この後、博士は元いた世界に帰ることになるのかもしれない。
未来の子供――ではないけど、そんな可能性の証人が去ってしまうのは悲しい。
あんまり接点が無かったけど、それでも嫌いじゃなかった。
博士もまた、何かのために、誰かのために戦っている。それがわかっていた。
だから、信用してきた。
その点は聡さんに似ている……やっぱり、親子なんだなって思う。
聡さんが目の前までやってきて、立ち止まった。
わんわん泣いている博士を見て、困惑しているようだった。
自分はどう声を掛けたらいいか、迷っているのだろう。
そんな不器用で正直な、私のヒーローに向かって、両手を広げた。
「おつかれさま、聡さん」
飛び込む勢いで、彼に抱きついた。
着用している装備のせいで、体温は伝わらない。それにゴツゴツしている。
それでもきっと、私の気持ちは伝わっている。
そう、確信できる。
これからもずっと、この人の隣で――私は…………
まだ将来の姿をイメージできない。
でも、少しずつステップアップしていけばいい。私だけが先走っても、きっと聡さんが苦労する。
お互いのために、ちょっとずつ――一緒に進んでいこう。
聡さんは、きっと私を裏切らない。
私も、聡さんを裏切らない。
だって、一緒に世界を救った。ヒーロー同士なんだから――
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