便箋に一行の祈り

 アンはしばらく黙り込んで、自身の手の平を見ていた。 

 私は何も言えなかった。


 手に握っていた片手鍋をそっとテーブルに置く。

 力が抜けたように私もへたりこんだ。 


「ヨウ、あーしって、なんなの?」


 答えることができなかった。


「あーしは有舟杏。魔法の秀才一族に生まれた出来損ないの有舟杏。一族だれもが、自然派だった。あーしは石派だったはずだよね。金冠石ゴルディウムがないと、魔法が使えない私はそれだけでどんなに陰口を言われたことか。なのに、どうして私は今、治癒の魔法を自然に使えるの? 治癒の魔法はとても希少な魔法だよね。ヨウでも扱うことが難しい治癒の魔法。クッキーが使えた治癒の魔法。どうしてあーしが使えるの?」


 アンが頭を押さえながら、矢継ぎ早に言葉で自分を追い詰めているようだった。


「あーしは……」


 苦しそうに彼女の表情が曇る。


「ねぇ、ヨウ」

「……なに?」


 もう、きっと彼女は薄々気が付いている。

 事態の核心をついてくる。


「クッキーは今、どこにいんの?」


 唇を噛みしめた。私はどうしてこんなことを言わないといけないのか。なぜこの場にいるのか。

 こんなに苦しいのに。なぜ逃げ出さないのか。


「それは……」

「嘘は、言わないでほしい。もう、だいたいわかってるから」


 先に釘を刺される。

 隠す必要がなくなった。

 それに、私も楽になりたかった。


「クッキーはいない。もう、いない」


 アンの表情から色が消える。


「ほんとのこと言ってくれてありがと」


 私たちは、静かに泣いた。

 かつて、アンがいなくなったときに、クッキーとそうしたように。


 居間の片隅、小さな机の上に置かれた便箋に気づいた。

 真っ白な便箋。

 丁寧な筆跡で、二人宛てに一行の祈りが刻まれていた。


To アン&ヨウ


「ルル・エ=ト・ノスタ」──きみが元気でありますように。


                      Form 蛇倉菊

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ルル・エ=ト・ノスタ 維櫻京奈 @_isakura_

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