便箋に一行の祈り
アンはしばらく黙り込んで、自身の手の平を見ていた。
私は何も言えなかった。
手に握っていた片手鍋をそっとテーブルに置く。
力が抜けたように私もへたりこんだ。
「ヨウ、あーしって、なんなの?」
答えることができなかった。
「あーしは有舟杏。魔法の秀才一族に生まれた出来損ないの有舟杏。一族だれもが、自然派だった。あーしは石派だったはずだよね。
アンが頭を押さえながら、矢継ぎ早に言葉で自分を追い詰めているようだった。
「あーしは……」
苦しそうに彼女の表情が曇る。
「ねぇ、ヨウ」
「……なに?」
もう、きっと彼女は薄々気が付いている。
事態の核心をついてくる。
「クッキーは今、どこにいんの?」
唇を噛みしめた。私はどうしてこんなことを言わないといけないのか。なぜこの場にいるのか。
こんなに苦しいのに。なぜ逃げ出さないのか。
「それは……」
「嘘は、言わないでほしい。もう、だいたいわかってるから」
先に釘を刺される。
隠す必要がなくなった。
それに、私も楽になりたかった。
「クッキーはいない。もう、いない」
アンの表情から色が消える。
「ほんとのこと言ってくれてありがと」
私たちは、静かに泣いた。
かつて、アンがいなくなったときに、クッキーとそうしたように。
居間の片隅、小さな机の上に置かれた便箋に気づいた。
真っ白な便箋。
丁寧な筆跡で、二人宛てに一行の祈りが刻まれていた。
To アン&ヨウ
「ルル・エ=ト・ノスタ」──きみが元気でありますように。
Form 蛇倉菊
ルル・エ=ト・ノスタ 維櫻京奈 @_isakura_
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