第7話 狙われる九鬼家
天文16年(1547年) 8月 志摩国 国府城
滝川 彦九郎(一益)
荒波に揉まれながら、九鬼
あれから二か月。髭の悪人面――権八へ”舌戦”を仕掛けたのが懐かしく思えてくる。
自称”志摩の悪鬼”こと九鬼海賊衆の権八君に案内された
いやぁ、あって良かった”政治ステータス”。
こいつを上げるために夜な夜な武将達に手紙を書いた甲斐があるってもんよ。返事がない手紙を書き続けるって、めっちゃ悲しいってことがよぉくわかったし……。
それに滝川忍衆を通して九鬼家とあらかじめ文通しておいたのも功を奏した。
権八君のような脳まで筋肉のような奴には百の言葉より一つの物証――つまりは、手紙が重要だということだ。
あの日は、この世界で俺だけが使える”舌戦”を仕掛けたわけだけど――正直、やらなくても権八君なら普通に納得しちゃったんじゃないかと思う。
状態異常扱いとなっていた”悪臭”を放つ髭面権八に案内され、この権八の親玉――九鬼
羽織袴の立派な着物。髷もきっちりと結わいているし、権八のような無精髭ではなく、整えられていた。
うん……。今、思い返してもあの二人が上司と部下の関係なのは
――っと、まぁそれはともかく……。
俺が渡した血判状を読んだ
そうして定隆殿に面会できることとなったのだが、場所が波切からしばらく北上した位置にある田城城という、これまたしばらく移動したところにある城だった。
シュミレーションゲームだと志摩には九鬼の城が一つか二つくらいしかなかった気がするけど、実際には小さな城や砦がたくさんある。
陸地には起伏もあるから移動は厄介だし、九鬼家と対立する領主の領土は簡単には移動もできない――。
マジで大変……。
みんなを連れて行くのは大変なので、護衛として鈴木孫六郎だけを伴った俺は、陸路を進み、田城へ向かった。
そこから先はとんとん拍子で話が進み、当主の
『そこまで九鬼が憎いか。それなら、今からでも相手になってくれるわぁ――』っと、言った具合で志摩十三衆に対して烈火のごとく
そんな九鬼定隆殿のステータスはこれ。
【 九鬼 宮内大輔(定隆) ステータス 】
統率:75(−20) 武力:90(−20) 知略:35(−20) 政治:40(−20)
【 所持品 】
・なし
【 状態異常 】
・病気(重篤) :全ステータス −20
さすがは海賊の親玉といった戦闘系に全振りのアンバランスな”ステータス”。
権八の親玉と言えば、こっちが正統派な進化先だろう。弟の九鬼
特に武力なんて『90』もあって、
だがしかし――目につくのは状態異常に表示された”病気”の二文字だ。
【 病気(重篤):各種ステータスに-20の弱体を与える(病状の進行度に合わせて値が変動する) 】
ステータス確認によるポップアップが示したのは、九鬼
よく見れば、
それに、
これでは九鬼家の当主として、正常な判断はできないだろう。
短気なのは元からなのかもしれないが、血判状を見て尋常じゃない怒り方をしたのはこれのせいではないか?
怒りに我を忘れて暴れる
そのまま
「ゴホゴホっ……。すまぬ、滝川殿。遥々、紀伊より参られたところ恐縮だが、一度我々だけで話し合う時間を頂きたい」
「それはもちろん構いませぬ。別室にて、お待ちしております」
「忝い。ゴホゴホっ――」
俺は、まだ元服間もないような若い武士に見送られ、評定の間をあとにした。
ちなみに、この若い武士が九鬼
九鬼
【 九鬼 宮内少輔(浄隆) ステータス 】
統率:60 武力:67(−10) 知略:55 政治:60
【 状態異常 】
・虚弱体質 : (武力 −10)
【 テキスト 】
・
あの脳筋親父の息子とは思えないオールマイティなステータスである。
だが、惜しいかな……。彼は身体が生まれつき弱いらしく、武力ステータスにマイナスが付いている。
【 虚弱体質 : 体質が改善されない限り、武力ステータスに−10の永続弱体を与える 】
種族が脳筋族という九鬼家に生まれながら、彼は俺と同じ万能族――。
しかも、よりにもよって武力値にマイナスが付いてしまうとは……。
この栄枯盛衰の激しい戦国時代で、御家を継ぐべき嫡男がそれでは、かなり厳しいと言わざるを得ない。
生まれたのが海賊九鬼家でなければ、知略・政治が高い武将として領地差配の代官や領主に適任だったろうになぁ。
このままいけば、俺と同じように廃嫡か……。もしくは、他の地頭との戦に身体が耐えられず、命を落とすことだってあり得る。
当初俺が
令和の時代なら子供の年齢だというのに、次期当主として九鬼家の行く末を案じている。
さらには”虚弱体質”というバッドステータスを背負い、俺と同じように廃嫡のリスクがあるにも関わらず、頑張る姿に心を動かされたのだ。
別室でそんなことを考えて待っていると、再び評定の間へ来るように――との呼び出しが掛かった。
「滝川殿には一緒にこの血判状が
家臣でもない俺が付き合う義理はないのだが――。
「よいでしょう。
「ゴホゴホっ……。何から何まで誠に忝い。助かりまする」
甲賀の里で俺は、先輩忍びにいろいろと助けてもらったおかげで、廃嫡後もなんとか生活できたんだ。
だがしかし、今の彼には俺のように導いてくれる師匠はいない……。
そんな経緯があり――俺は今、志摩十三地頭の一つ。国府内膳正が治める国府城に居た――。
「それで――志摩で最も勢いのある九鬼家嫡男。宮内少輔殿が、わざわざ我が
囲炉裏を挟んで俺と九鬼浄隆の対面に座る中肉中背の男――。
笑みこそ浮かべているが、その目はまったく笑っていない。細くなった目の奥で黒い瞳が冷徹な光を放っている――。
この胡散臭そうな笑顔が特徴の中年の男は国府当主・内膳正(別名:三浦新助)。
志摩十三地頭の中で、あの血判状に名前の無かった唯一の男だ。
国府内膳正のステータスはこちら。
【 国府 内膳正(三浦新助) ステータス 】
統率:51 武力:54 知略:87 政治:72
あれ――意外とステータス高くね? 知略値と政治値が並の武将ではない。
これまで俺が出会ってきた武将は脳筋タイプか一般武将ばかりだったが、
俺のステータスが国府内膳正のステータスを上回ってないってことは、”舌戦”を仕掛けても俺の方が不利になっちまう。
無論、絶対に勝てないってことはないだろうが――これはなんとも厄介な交渉になりそうだ……。
「此度は我が九鬼家を取り巻く志摩地頭の
「はてさて……。企みなどとは物騒なことを仰る。御父上が――九鬼家が強いことはどの御家も周知の事。そのような危うい計画など考えましょうか……? 」
九鬼浄隆からの問いかけに対し、飄々とした表情を崩さぬ国府内膳正だが――果たして、血判状に志摩の地頭のほとんどの名前が記されている中で、この男だけが誘われぬなどという事があるだろうか。
まぁ、十中八九そんなことはないだろう。
だとすれば、此奴は何か知っている。そのうえで九鬼浄隆に対してこの対応を取ってるってわけか――。
「国府殿。他の地頭からなにか誘いがありませんでしたか。例えば、地頭衆で結託し、九鬼を攻めようなど――」
「あっはっはっは――。なんとまぁ、それは物騒な企みでございますなぁ。しかし、戯言はそこまでにしておきなされ。それ以上申せば、他の地頭へ
九鬼浄隆の言葉を遮るように笑い声を上げた国府殿は、まるで
「し、しかし――」
「
「で、ですが……」
浄隆くんは国府内膳正が発する覇気にすっかりやられてしまったようだ。内膳正に窘められた彼は、グッと握りこぶしを作ったまま、黙り込んでしまった。
父と子ほどの年齢差があり、知略値も政治値も九鬼浄隆より高い国府内膳正を相手にするには少々荷が重かったかな。
俺の護衛を務める
「では、そろそろお暇させていただいてもよろしいかな。儂も色々とやることがあるでな――」
物言わぬ置物へと変わってしまった九鬼浄隆へそう声を掛けた内膳正は、小姓に
この野郎――。なんとか
こうなれば一か八かだ……。
ステータス値は俺の方が低いが、”舌戦”を発動するしかない――。
「某、甲賀は滝川郷の住人――滝川彦九郎と申す。ご無礼を承知で申し上げます、内膳正殿」
「はて――滝川殿。一体、何でございましょう? 」
”舌戦”にて、いざ――勝負っ!!
【 滝川一益(知略:70 政治:70)が国府内膳正(知略:87 政治:72)へ”舌戦”を挑みました。 】
【 滝川一益の主張は一度。国府内膳正の主張も一度です。”舌戦”を開始します。滝川一益は主張を開始してください。 】
「内膳正殿は九鬼当主である
話を聞いていたところ、国府内膳正は九鬼
それに九鬼
さて――内膳正はどう答える?
「たしかに儂は
目を瞑り、しばらく逡巡した様子を見せた国府内膳正だったが、その言葉は確かなものだった。
【 滝川一益の主張は失敗しました。国府内膳正は主張を開始してください。 】
「滝川殿、儂の良心を問おうとしても無駄な事よ。志摩は地頭が分割して治める地――。この均衡を崩そうとする者には容赦がない場所なのだ。分かってくだされ」
「そうでございますか……。たしかに、某はこの地の住人ではない。これ以上は申せぬか――」
国府内膳正の言う通り――。
志摩は地頭達の力が均衡しているからこそ、平穏なのかもしれない。内膳正殿が九鬼家に味方したと他の地頭へバレれば、次の標的は国府家になりえる可能性もある。
あまりに強い九鬼家が、志摩全体のバランスを崩そうとしているなら、それを皆が恐れるのも仕方ないことなのか――。
俺は、内膳正殿の主張が間違っていないと納得した。
この勝負はやはり負けなのか。ステータスが高い相手に”舌戦”を仕掛けたのは無謀だった――。
そう思い、視線を上げれば、目の前に例のゲームのような四角いポップアップが表示されていた――。
【 国府内膳正の主張に滝川一益は屈しそうです――】
屈し――そう? この勝負、俺が言い負かされて終わりではないのか――。
【 滝川一益は所持品――血判状を所持しています。所持品を利用して、再度、舌戦を仕掛けますか? 】
ポップアップ――最近は勝手にこの”四角い枠組み”のことをステータスさんと呼んでいる――が示したのは俺の敗北宣言ではなく、”再戦の問い”だった――ってか、こんな仕様あったの!?
慌てて俺は自分のステータスを確認した――。
【 志摩地頭の血判状: 舌戦時、主張の回数が一回分増加する(特定のタイミングで利用可能) 】
なんじゃこりゃあぁ!! 所持品って、ステータスを強化するだけじゃなかったんかい……。
最近、こまめに自分のステータスを確認してなかったから気がつかなかった。
ステータスさんが”所持品を利用するか、しないのか”を聞いてくれる親切丁寧設計のタイプでよかったよ――。
そうと分かれば、この血判状をさっそく使ってみようじゃないの。少なくとも、これを見れば国府家以外は九鬼家を目の敵にしているって証拠にもなるしね
それじゃあ、改めて――”舌戦”勝負っ!!
【 滝川一益の主張は一度だけです。主張を開始してください。 】
「では、内膳正殿。こちらを見ていただきたい――」
そう言って俺は、懐から志摩地頭達の血判の押された書状を取り出し、広げて見せた。
「こ――これは……」
【 滝川一益は血判状を使用しました。国府内膳正は動揺し、知略が一時的に低下します。 】
「これは志摩十三地頭が作った”九鬼家を襲撃する”という
「そんな馬鹿な……。これは、小浜家が大事に保管するという
俺の主張に対し、先ほどまで冷静だった国府内膳正が目に見えて動揺している。
しかも、ご丁寧に血判状の隠していた場所まで漏らしてくれた――ってか、滝川忍衆って優秀すぎない?
敵の領地に潜り込んで、大事な書状を傷一つなく持ち帰って来るって、俺でもできないんですけど……。
今度しっかりと褒美をあげて
【 滝川一益の主張に国府内膳正が屈しました。 滝川一益の主張が認められます 】
「見ればわかる通り――この血判は各地頭が自ら押した物とお分かりでしょう。これを見ると十三地頭のうち、九鬼家と国府家を除く十一の御家の判がある。貴殿もこの起請文に誘われたのではありませぬか? 」
「ふふ――はっはっは。いやぁ、滝川殿。これは参った」
内膳正は小姓が開いた襖を閉めさせると、笑いながら再び囲炉裏の前へ腰を落とした。
「どうやら宮内少輔殿は良い御友人をお待ちのようだ。この御仁との縁は大切になされよ」
「はっ――」
俺との”舌戦”に敗れ、参ったとばかりの表情をしばらく浮かべていた内膳正だが、ひとしきり笑って浄隆くんにそう言うと、また例の胡散臭い笑みを顔に貼り付けた。
「さて――その起請文だが心当たりがある。たしかに当家にも誘いはあったが、断り申した。九鬼を滅する同盟に加担せぬ代わりに、九鬼に
国府内膳正は、他の地頭達が九鬼家を敵とする同盟を結んでいることを認めた。この人の言質と、血判状という物証があれば、九鬼家も本気で対策を考えねばならなくなる。
そして、いくら志摩で頭一つ抜けた武力の九鬼家といえど、一気に十一もの御家と
尾張に落ち延びるという決断を、あの脳筋当主がするか――という点が問題だな。
「何故、国府殿はこの
話を聞いていた九鬼浄隆が内膳正にそう問うた。
国府家は九鬼の所領に近い。旨みのある話に、如何にも胡散臭くて信用できそうにないこの男は、なぜ飛び付かなかったのだろうか――?
「ふむ――」
内膳正はその問いかけに、一つため息をつくと――昔を思い出すかのように、遠い目をして語りだした。
「昔、伊勢別宮の長官(志摩国で権威ある立場)を襲ったことがあってな。若かった儂は自分の力量というものを知らなかった。
今の冷静沈着な国府内膳正からは想像もできないが、この男も乱世の益荒男の一人だったということだろう。
”若気の至り”というには少々過激すぎるが、この時代は死が身近にあることで、現代ほど
「儂は死を覚悟したが、その時に
「そんなことが……」
「だが――勘違いはするなよ。儂も国府の当主。
そう言うと、内膳正は不敵に笑った。
これは明らかに、宣戦布告をするぞ――という脅し文句だ。一見するといい奴みたいに思えたが
しかし、こうなると九鬼
「わかりました。このこと戻って九鬼家中に伝えても宜しいですかな? 」
「あぁ、もちろんよいぞ。それと、なんでも宮内大輔殿は最近お身体の調子が悪いとか。宮内大輔殿にはお身体大事にせよとお伝え下され。ふふふっ……」
「――ははっ。
不気味に笑う内膳正に不安を抱きつつ、俺たちは国府城を後にした――。
はてさて――これで言質と血判状が本物だと言うことが証明はできたが、どうやって九鬼家臣達と脳筋当主を”尾張に落ち延びよう”と説得したもんかなぁ。
九鬼家包囲網は完成していないとはいえ、いつまで九鬼
そもそも、国府家が加わっていなかったとしても、包囲網の戦力はすでに十分事足りている状態だ。
いつ起こるかわからない戦にも気を張っておかないといけないし――やることは山積みだなぁ。
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