会議

白賀岩に案内されて、初めて事務所に訪問してから半年が経った。

半年が経ったが、特に何をする訳でもなく、月に2~3回訪問して、そこにいた人と他愛ない話をするだけ。


定期券のもとも取れていないし、活動という活動もしていないし。

いつも白賀岩に呼ばれたタイミングで訪問して数時間過ごすだけ。

まあ楽だし、新鮮で楽しいし良いんだけど、申し訳ない感じもする。


― 今日少し探ってみるか。 ―


事務所の最寄り駅の改札を出ると、白賀岩はすでに待ってくれていた。目が合うと、いつも一礼をして出迎えてくれている。

白賀岩の頭が上がりきる前に僕は近くに駆け寄る。


「白賀岩さん、今日は何かできることありますか。」


「今日は、実は月に1度の定例報告会がありまして。それのお手伝いお願いできますか。」


「会議ですか。」

僕は会議があるということに、半年が経って初めて知った。


「そうなんですよ。ちょうど良かった。手伝ってくれますか。」


「勿論です!」

僕は二つ返事で答えていた。


「良かった。それじゃあ、ちょっと付いてきていただけますか。」


「はいっ。」

僕は、何故かやる気に満ちていた。

ここで努力していくことで自分の感じていた何かが、紐解かれるような気がしていた。

― 思い過ごしでも良い ―


と、考えているとマンションの玄関まで来ていた。

「、、、、、、白賀岩さん、一体どこまで。」


「ん。あっ、隣のB2区のマンションですよ。」白賀岩はにこりとして答える。


「隣にも事務所的なのがあるんですね。すごい。」


「そうですねー。こことそこと、後ここの付近にある9つの棟ですかね。」


「えっ。」


「で、そこに住んでいるほとんどの方が、私たちの同士です。」


「、、、、、、そ、そんなにいるんですか。」


「はい。本当は少しずつお話していこうかなと思っていたのですが。これから会議の資料を手伝っていただくことになったし、まあもういいかな、と思いまして今言っちゃいました。」と、またにこやかな表情を僕に向ける。


「いやー、ちょっとびっくりしすぎて何も言葉が、、、、。」


「そうですよね、驚きますよね。すみません。」と言いながら、

交差点の数メートル手前で、こちらを曲がりますと左腕をまっすぐ横に伸ばす。


「あ、いえいえ。これからもっと色んなことを知っていくことになると思うので。これくらいで毎回驚いていたらだめですよね。」


「暢さん、何か雰囲気変わりましたね!」


「そうですか。」


「はい。とっても良いと思います。これから、暢さんに協力してお力を貸していただくことが多くなると思いますので、そのときは宜しくお願いしますね。」


「この僕に何ができるか分からないですが、自分のためにもやれることは頑張りたいと思います。」

僕は何のことかよくわからないが、頼られるということに悪い気はしていなかった。


「改めて、宜しくお願い致しますね。」


「はいっ。」


と、話の切りの良いところで、着きましたと白賀岩が言う。


「ここですか。」やはりマンションであった。


「はい。ここの一室に、会議室と資料室があるんです。」


白賀岩に誘導され、エレベーターに乗り、到着した階の奥の一室に案内された。

扉を開くと、そこは広い教室のような部屋。

すでに数十名の人物が、そこにいた。

全て大人だ。

僕は委縮した。

その様子を見てか、白賀岩が声を掛けてくれる。

「大丈夫ですよ。とりあえず、机をこのような配置に並べたいので手伝っていただけますか?」


「あ、はい。わかりました。」

僕は配置が記された一枚の紙を手に取り、静かに机を動かしていく。


「あっ、すみません。」と声を掛けていきながら、おどおどしながら僕は配置表通りに机を並べていく。


時折、「ありがとね。」や「真っすぐ並べてね。」「1つの机に椅子は2つね。」などと声を掛けられるが、「あっ、あっ」としか返事が出来なかった。


一通り机と椅子を並べ終えた時には、部屋には人が充満していた。

圧迫されそうな人の多さだ。


一瞬、ふらつきそうな僕の肩をトントンと誰かが叩く。


「えっ。なんで?」

振り返ると、そこには真美がいた。


「準備ありがとね。のんちゃん。」

とだけ言い、真美は前の方の席に向かって行った。


僕はぽかんと佇む。

「暢さん、ありがとうございます。」と、白賀岩に声を掛けられて、びくっとした。


「あ、は、はい。こんな感じで大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫ですよ。ばっちりです。」

白賀岩は、ウインクをする。


「もし良ければ、この後の報告会に参加してみませんか?」


「え、僕がですか?」

僕は驚きのまま言葉を発していた。


「勿論ですよ。」

白賀岩は笑顔で答える。


「あ、ありがとうございます。では、参加させてください。」

僕は、こんな大勢の大人がいる空間に腰が引けていたが、真美の存在も気になり、この場に留まることにした。


「緊張すると思うので、暢さんは後ろの方でのんびりと参加しててくださいね。」と、白賀岩に一番後ろの壁際の席に誘導された。


「なんで真美が。」

僕は席についたものの、一息をつける訳もなく、困惑していた。

真美の姿を確認しようと思ったが、すでに席は埋め尽くされており、見付けようがなかった。


そうこうしていると、

スーツ姿の女性が壇上に立ち、「それでは、本月度の報告会を始めます。お配りしている資料に沿って進めていきます。」とマイクを手に話し始めた。


女性は、続いて立ち上がった男性にマイクを手渡しする。

「皆様お疲れ様です。今日は私の方から報告させていただぎます。今日はLWAY事例についてです。それでは、始めます。まずは、」


― RWAY事例ついてです。

先月は120件、報告が上がっています。

この場では、一部抜粋して読み上げますので、詳細は資料をご覧ください。


ケース12 プロ野球選手I・Gの肘の故障

チームサインズ所属I・G選手は、プロ歴5年目のピッチャーです。

現在のプロのピッチャーの平均球速がおおよそ155キロのところ、I・G選手は最速173キロを投げることのできる貴重な選手だったようです。

報道によると、試合前の練習投球時に肘を痛め、病院に行ったところ、肘の靭帯損傷と診断され、復帰の見込みは立っていないということのようです。

この選手は、有数の運動系のユレネイドの適合者であったことから、人体の限界であるとされる速球を投げることができたと考えられています。

一方で、限界値に近い速球を投げ続けることで、元々の肉体に負荷をかけ過ぎた結果、選手生命を短くしてしまうことに繋がったと思われます。

一見、I・G選手の件は、普通の故障事故のようにも思われますが、私たちはユレネイドの危険性の一例として深く調査する必要があると思います。また、この他にも、D・B選手、A・R選手、プロバスケットボール選手M・W選手や、サッカー界の将来を嘱望され、U18の国内代表選手にも選ばれ、エースとして活躍していたY・K選手の故障についても何かしらの影響があったように思われますので、引き続き調査して参ります。


ケース78 エジリスタ共和国幼児飛び降り事故

エジリスタに住んでいた5歳の男児が、自宅近くに建築されている地上3階建てのビルの屋上から飛び降りた事件になります。この事件は、事件自体は先々月の半ばに起きたのですが、エジリスタでは今も調査中で、謎が多く、未解決の事件です。

 謎、というと大変抽象的ですが、未解決であるいくつかの理由があります。

一つ、そもそも何故男児がビルにいたのか。男児の両親によると、そのビルには、一度も行ったこともなく、何もゆかりがないということです。そのビルには、金融関係の会社が2社、IT関連の会社3社、その他は漢方薬、マッサージ店などが入っているようで、警察の調べでも特に関連性はないようです。

二つ、事件か事故か不明であるということ。

三つ、どのように男児がビルの屋上に侵入したのか。


その他いくつかの不明なことがあるようですが、一部ではこの男児はユレネイドを使用していた可能性があるということです。ユレネイド導入当時は18歳以上の使用制限がありましたが、現在では規制も緩やかになり、10歳以上となりました。しかし、それでも5歳児が使用しているということが、事実であればそれについても調査していく必要があるかと思います。


ケース87 政治家B・T逮捕後、収容施設にて急死事件

コブラウツ国の政治家B・Tが、傷害の疑いにより、先先週の14日に収容されましたが、その翌日に警察による取り調べの最中に突然倒れ、すぐに病院に搬送されましたが、そのまま亡くなったということのようです。警察官の取り調べ中に何かなかったか、取り調べの様子を録画映像で確認しましたが、確認した限りでは死亡の原因に繋がる、あるいは不審な様子は見られなかった、とのことです。


ただ一点。

今現在、施設の安全性の確保の観点から、刑が確定していなくても、容疑で収容施設に入る段階で、全てのチップが取り除かれることになっておりますが、B・Tの体内には1つだけ取り損なっていたチップがあったということです。コブラウツ国の収容施設における管理体制が現在問題視されており、迅速な管理是正を求められているところです。なお、B・Tのチップ取り除きに立ち会った医師1名、看護師1名と刑務官2名の処分がすでに決まっています。

この事件自体は、コブラウツ国の一般的な「施設管理問題」あるいは、「力のあった政治家の急死」いうことで公になっているので、ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、私たちは、「権威者にチップが残っていたこと」あるいは、「チップの残っていた権威者の急死」に着目する必要があると思います。


ケース96 保健所へ搬送途中の動物逃走事案

こちらは先週起きた日本の事案ですが、あまり知られてはいないものです。

北海道にて殺処分予定であった猫2匹、犬3匹の計5匹を軽トラックで搬送中に、何者かに金網の一部分が破られ、犬1匹が逃走したということです。逃走した犬も軽トラックからわずか数100メートル先で、走行中の貨物トラックにひかれて、死亡が確認されています。

当時、軽トラックを走行中の運転手Yが大きな揺れを感じ、すぐに路上に停車したところ、後ろの金網の左下辺りが破られていたと共に、中の動物が切り裂かれている状態で殺害されていることを確認できたようです。北海道の広く遠い距離を走行中で、どの時点でそうなったのかは不明であるようです。当時走行していた道路の付近も、あまり整備されていない道路であり、揺れに関しても、道路の状態によるものである可能性もあるようです。いずれにしても、いつ誰がどのようにして金網を破壊したのか、その犯人とその方法はまだ特定されていないようです。

 金網を破壊するその力はユレネイドの使用者であるように思われるので、私たちも調査していく必要があるかと考えます。



「以上が今回の報告による共有となります。繰り返しになりますが、詳細、あるいはその他の事例報告等は資料をご参考の上、お気付きことがあれば、更なる共有の程、宜しくお願い致します。」

何度かの質疑応答があり、男性がマイクを先ほどの女性に手渡し、女性が「それでは本月度の報告会を終了します。」と発して、会議は終わりを迎えた。


正直、僕には会議の内容は難しくて、よく理解できなかった。

ただ、世界各国で色んな事件が起こっているのだなと思っただけだった。

それよりも、真美の姿を確認したかった。


人が右へ左へ、あるいは群れになっている状態を煩わしく思いながら、顔を左へ右へ、時には背伸びをしながら前方の様子を伺う。

前に行こうとも思ったが、足を前に運ぶことができなかった。


すると、前方から白賀岩が駆け寄って、

「暢さん、長時間お疲れ様でした。お疲れだと思うので、今日はもう出口までご案内しますね。」と言い、僕を出口に誘導した。


僕は、部屋に心残りがあったが、白賀岩の誘導に身を任せた。


来た時と同じエレベーターに乗り、出口まで誘導される。

その際に、白賀岩から「一応、機密事項といって、内緒の話なので、外では話さないように協力お願いしますね。」と口止めを受けた。


帰りの道中は、あまり記憶がない。

気付いたら、お母さんの「あんた、遅かったわね。」の声が聞こえていた。

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