第25話「ロックの免罪符④」
「あのなたまちゃん、宵山さんも近いし新しい化粧水とリップ欲しいんやけど、今日ちょっと付き合うてくれへん?」
期末テストも終わったある日の休み時間、優里が環を誘う。
「どこ行くん?」
「河原町あたりのメイクしてくれるとこ」
「デパコスかー。あ、帰りに楽器屋さんも行ってええ?」
「それウチも行きたいわ、ドラム館」
「行こう行こう」
授業も終わり、二人は京阪電車で祇園四条駅に向かう。河原町商店街をしばらく歩いた先の百貨店の1階にある化粧品売り場には様々なお店があり、優里のお目当てはその中にある海外のハイブランドショップだった。
「なんか緊張するな」
環が優里の腕に抱きついて言う。
「マツキヨでは味わえへん緊張感やんな」
二人は目当てのショップの前に来るが、かなり混雑していて声をかけられそうな店員は見当たらない。
「混んでるな」
環が呟く。
「時間かかりそうやね。先に楽器屋さん行く?」
優里が残念そうに言った時、「あれ、たまちゃんと優里ちゃんやないの」と声が聞こえた。声の主は同じ化粧品フロアにある別の店舗のBC(ビューティーコンサルタント)だった。二人が振り向くと、そこには黒っぽいパンツスーツを纏った綺麗な女性がこちらを見て微笑んでいる。
「瑞稀のお母さん⁉︎」
環が声をあげる。優里も以外な状況に驚いていた。
「なになに? コスメ買いに来たん? どこがお目当て?」
優里は瑞稀母のいるショップを確認する。日本のメーカーでは最大手のショップだった。
「一応、M・A・Cとディオールを試してみたいなーって」
「あー、若い子ぉにはやっぱし人気よね」
「あと、メイクも教えて欲しくて。でも混んでるからどうしようかってたまちゃんと話してたとこなんです」
「ええなぁ、瑞稀ももう少し興味持ってくれたら楽しいんやけど」
ふぅ、とため息を吐くと瑞稀の母は「少し待っとって」と告げると二人が先程行った店舗に向かい、店員の人と何やら話している。
「時間聞いてくれてるんかな」
優里が申し訳なさそうに環に告げる。
「でも瑞稀のお母さんがこんなとこいるなんて驚きやね」
「そういえば瑞稀がお母さん化粧品屋さんって言ってたわ」
そこに「ごめんねー」と言いながら瑞稀母が戻ってくる。
「今聞いてきたんやけど、タッチアップあと2時間くらいかかるて」
「2時間は無理やな。買うもん決まっとるんにゃったら買って帰る?」
環が優里に聞くが、優里は「うーん」とハッキリしない。それを見ていた瑞稀母が優里に聞いた。
「色々試したかった?」
「いえ、メイクのやり方をプロの人にやってもらいたかったのが一番の理由です。Youtubeとかだとハッキリわからんので」
「そうなんか。それならおばさんがやってあげようか? 好きなメーカーと違うだろうけど、ウチもプロやからな」
「ええんですか?」
「それに海外のは肌に合わんことも多いから、そこも合わせてアドバイス出来ると思うよ」
「お願いしたいです」
「わかった。すぐ声かけるさかい、少し待っとって」
瑞稀のお母さんはそう言うと売り場にいる他の店員に声を掛けてメイクが出来るスペースに二人を招いた。
「優里ちゃんは今日、何を買いに来たん? それとどんなメイクがしたいんか教えてくれる?」
「今日は少し明るめのリップと化粧水を買いに来ました。どんなメイクというか、メイク動画とか見ててもよくわからんくて、自分で色々やってみたんやけどよくわからんくなってしもうて」
「そうか、じゃあベースのメイクからやってみよか」
瑞稀のお母さんはクレンジングで優里のメイクを落とし、下地からやって行く。手慣れた手つきで進んでいくのを環は横に立って見ていた。
「瑞稀はメイクとか興味無いみたいんで少し寂しかったんやけど、お友達とこうしてメイクのお話し出来るって嬉しいなぁ」
「ほんまですか⁉︎ ウチも嬉しいです」
優里は嬉しそうに言う。
「瑞稀ってあんまりお母さんとお話ししないんですか?」
環は不思議そうに訪ねる。
「いや、瑞稀はずっと話してるわ。なんならひとりでも喋ってる」
瑞稀のお母さんはクスッと笑った。
「瑞稀お母さん大好きですもんね」
環がそう言うと
「まあ、あの子父親おらへんしな、小さい頃から寂しい思いばっかさせとるから余計そうなんにゃろな」
「うちんとこは逆に母親おらへんですけど寂しいと思ったこと無いですよ。瑞稀もきっとそうだと思います。だってお母さんと喋ってる瑞稀、あんなに楽しそうやないですか」
「そうか? そやったら嬉しいなァ」
みずの母はそう言ってリップを筆で優里の唇に塗っていく。
「どうやろ、優里ちゃんの理想に近付けたかな?」
環も一緒に鏡を覗き込む。
「めっちゃええですね! なんですか? やっぱりベースって言うても高い化粧品は違うんですか?」
「まあ、流石にプチプラとは違うなァ。それにウチんとこは長年日本人の肌に合わせて造っとるし、海外のメーカーのは肌に合わんこともあるしなァ。でも若い子ォは経験無いから解らずに使い続けて効果があまり感じないってことも多いしなァ」
「なァなァたまちゃん触ってみて! ほっぺなんかぷるんぷるんやで」
環は優里の頬を触っていつもとの違いに驚く。
「なんやこれ、めっちゃええやん」
「な! たまちゃんもやってもらい」
「いや、うちはなんも買う予定ないし……」
「そんなん気にせんでええよ。瑞稀の友達やしな」
「えぇー、これからも色々聞いてええですか?」
「ええよ、なんでも聞いてんか」
「ほんまですか!? ならLINE交換しましょ!」
「優里、それは流石に迷惑やろ」
「ええって、ウチも優里ちゃんもたまちゃんも大好きやし」
「グループ作りましょ! メイク同好会!」
「図々しいわ!」
環が征しようとするが、優里は止まらない。
「なあたまちゃん、のんちゃんも絶対こういうん好きやで、お母さん、のんちゃんも誘ってええですか!?」
「ええよええよ。なんや瑞稀の友達らぁとお話出来るん嬉しいなァ」
にこやかに笑う瑞稀のお母さんは本当に優しそうで、環は少し瑞稀が羨ましくなった。
「そういえば来週宵山さんやね。2人とも予定あるん?」
「いつもたまちゃんと幼なじみの大智と3人で行ってたんですけど、大智のヤツ去年は吹部の友達と行く言うてバックレよったんですよ。酷い思いません? やから今年は無理やり連れて行こう思ってて」
「幼なじみ3人組かァ、ええね」
「優里、もう大智はええんやない?」
「いや、ちょいハッキリさせないとあかんこともあるし、今年は無理やりにでも誘うよ」
「え? 優里、ついに大智に告白すんの? ああ、それで新しいリップか……」
「なになに? 優里ちゃん好きな人おるの? 青春やわァ」
「じゃあうちは途中から抜けるわ」
環は気を利かせて言ったつもりだが、優里には全く届いてなかった。
「なんでよ? たまちゃんも一緒やで」
「まあまあ、告白シーンなんてたまちゃんも気まずいやろし、上手くいったら2人きりになりたいんやない?」
「あ……」
優里はやっと気付いて真っ赤になっている。それを和かに見ていた瑞稀のお母さんが思い出したように言った。
「そや、たまちゃんにお願いがあるんよ。その日な、瑞稀を宵山さんに誘ってあげてくれへんか?」
「瑞稀を?」
「毎年2人で行っとったんやけどな、今年その日ウチ検査入院せなあかんくなってな」
「え!? 入院ってどこか悪いんですか!?」
「ああ、前から不整脈があって、この前少し長くあったからお医者さんと相談して検査だけしとこうって話になってん」
「大事やなければええですけど」
「大丈夫大丈夫。でも瑞稀が心配でなァ」
「了解です! 任せてください。優里は大智と色々あるやろうし、うちも瑞稀が居れば寂しくないです」
「お願いな。あ、でもウチが言うたのは内緒にしてな」
「もちろんです」
翌日、バンド練習の前に瑞稀を誘ったがあまり乗り気になれなさそうな感じだったので、優里の大智への告白をネタにしたら逆に乗り気になってすんなり決まった。環は優里に心の中でそっと謝った。
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