第20話

「えっ?」

 ブレイブに掛けられた言葉が信じられなくて聞き返すと彼はついてこい、と目配せをした。

 サーラは言われた通り、ブレイブについていく。


 離れの扉を開けると、中の部屋は綺麗に掃除されている。小さな本棚があり、たくさんの絵本が収納されていた。本棚の上には宝石箱が置かれている。部屋の窓際に置かれている寝台の側には、ぬいぐるみが何体か座っていた。

 時が止まった子ども部屋のようだ。そして、寝台には1人の少女が座っている。

 ブレイブは、少女に向かって慈しむような声音でシャーリーと呼んだ。

 離れの入り口からでは彼女の様子は見えなかったが、ブレイブに続いて側に寄ると彼女がブレイブと非常によく似た顔立ちをしていることに気がついた。


 彼と同じ白い髪に青い瞳。ブレイブのように海原を思い浮かべる深い青の瞳は、サーラ達を見てはいなかった。白い獅子の耳がかすかに動いている。

「こいつはシャーリー。俺の妹だ」

 初めて会ったブレイブの家族。だが、様子がおかしいのは誰の目で見ても明確だった。

 シャーリーの瞳の中には星屑のような斑点が浮かび上がっている。視力があるのかは分からないが、サーラ達を認識していないのは確実だった。


「こいつは星忘病(せいぼうびょう)だ。詳しいことは分からないが、星忘病を引き起こす細菌に感染すると目の中に星のような斑点が浮かび上がり、徐々に記憶が曖昧になっていく。人格はおぼろげになり、最後は廃人になる。今のシャーリーは、生きてはいるがもう自我はない。食事も口に運べば食べるが、それも体がしていることでシャーリーの意思で食べることはしていないんだ」

 シャーリーの事を語るブレイブの表情は、とても苦しそうだった。彼の苦悶の表情を見ると、サーラも悲しい気持ちになる。

「シャーリーに何があったの?」

「昔、世界を旅している商人がシュトルヴァ領に来たことがあったんだ。そいつは外界の珍しい食べ物などを見せてくれた。シュトルヴァ領の暮らししか知らない俺達にとって流浪商人が持ち込む品は宝のようだった」

 ある日、シュトルヴァ領にやって来た流浪商人が珍しい飴を子ども達に見せたのだとブレイブは言う。商人が見せた飴は透明な飴玉の中に、星が閉じ込められているように見えるほどきらびやかで美しいものだった。

 宝石や輝く物が好きだったシャーリーは、ブレイブに飴が欲しいと告げたそうだ。


「人間との戦争で親父を亡くしてから、女手一つで母さんが俺達を育ててくれたんだ。だけど、今まで無理をし過ぎたせいか、親父が戦死してから10年後に母さんも病気で亡くなった。苦労したからか、シャーリーは今まで我が儘を言ったことがない」

 ブレイブはシャーリーの頭を優しく撫でる。

「そんなシャーリーが何かを欲しいと言ったのが初めてだったんだ。だから俺は星空を閉じ込めたような美しい飴を商人から買い、シャーリーに渡した」

 彼は視線を床に落とす。辛い記憶が蘇り、言葉が上手く出てこないようだった。苦しむ彼の姿にサーラは思わず彼の手を掴んでいた。


 サーラのぬくもりにブレイブは安心したのか、話続ける。

「美しい飴を食べた数日後、シャーリーの様子がおかしくなり始めたんだ」

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