第39話 異形なる竜、乱入

「止マリナサイ」

「止マリナサイ」

「止マリナサイ」

「な、何なんだこいつら─うわっ」

 ベルの竜銘イデアにより創造つくられた人型ロボットが電子音声による制止の声を放ちながら歩み続けていた。その目標は黎明解放戦線に属する元奴隷やヴィシュヴァー辺境伯に虐げられていた周囲の貴族領に属する民兵達だった。

 迫るロボットに解放軍の兵士達は各々の武器を、拳を叩き込み破壊していく。だが──数が違いすぎた。1体2体を破壊する間に5体が迫る。

「止マリナサイ。抵抗ハ無意味デス」

「なっ、くそっ、離せせせせせせせ」

 そして、腕を掴まれた兵士に電流が走り、やがて地に伏せてしまう。呼吸は出来ているものの、立ち上がる事すら出来ずに地を這う芋虫のように手足を動かすしか出来なかった。

 そんな光景が、徐々に徐々に戦場に広がっていく。怒号と悲鳴のオーケストラを聴きながらその様子を見ていたカレンは、恐る恐るその所業を成した人物ベルに問いかける。

「な、なぁ…あれは一体…」

「あれですか?私のいた世界に居た暴徒鎮圧用自動人形オートマタです。掴んだ人間の神経系に電流を流して一時的に動きを止める機能があるんですよ。いやー、ほんっとあれ動けなくなって嫌になるんですよねぇ!!!」

 自動人形オートマタ。異界にのみ存在する異常識を目の当たりにして、皆口を閉ざしてしまう。それも当然だろう、スパルタクスの竜銘イデアにより強化された兵士達をあっさりと捕縛していっているのだ。しかも無傷でというおまけ付き。

 逆説、彼女1人いれば連合や帝国であっても容易く押し潰せるだろう──ここから岩や大地、草木が無くならない限り。無尽の兵士を生み出して。いや、それすら楽観的な考えかもしれない。それ自動人形以外に作れないという保証は何処にも無い。

「……こりゃバシラウス要塞が落とされるのも、無理はねえなぁ」

 カルグは眼前の光景を目にし、そう呟く。自分が居ても防衛は困難を極めたことだろう。安堵の眼差しでベルを見やるが、そんな彼女はのほほんとしながらルプの背中で、フワフワの毛皮を堪能しているのだった。

 

 

 

「ッ!?これは…ッ」

 一方その頃、スパルタクスは自らの竜銘イデアである|勇往邁進。進む闘神の轍、解放の鼓動と凱歌を自由なる黎明に刻め《レベリオインペトゥス・スパルタクス》の効果──自らに付き従う者達が増えれば増える程倍増する強化を、自らの軍勢と自己に付与する能力が落ちていることに気付いた。何かが起きている、味方に同胞に危機が迫っている、と。

 即座に踵を返し同胞を救わんとするスパルタクス。

「行かせん」

 だが、それをアルグが阻む。巨大な斧を構え、殺意を放つことでその歩みを無理矢理止めさせる。押し通せば無事では済まぬと思わせたのだ。

「ふ、フハハハハハハハハ!!!その程度で、このスパルタクスが足を止めると──」

「申し訳ないですが、行かせません。橘流剛術、伍の型─若紫ッ!!」

 スパルタクスの意識がアルグに向かれたその直後、無防備と化した横腹に翡翠の渾身の一撃─竜気オーラを込めて放たれた肘打ちが刺さる。余りにもあっさりとした攻撃だが、それは城壁すら容易く粉砕し得るほどの破壊力を秘めていた。

「グフォッ、ガァ!?」

 現に、その一撃を受けたスパルタクスの横腹は大きくひしゃげていた。臓腑の悉くが破裂し、生命に甚大な影響を及ぼしながら大きく吹き飛ぶ。

「「オオオォォォォッ!!!」」

 そしてその好機を逃がさんとアルグと義経が追撃を加えるべく疾駆する。遅れ翡翠も駆け出すものの、教経はその場を動かず、金色に輝く大弓を背中の方陣から引き抜き、そして矢を放つ。

 流星の如く金塵を撒き散らしながらスパルタクスを狙う5本の矢は、体勢を立て直したスパルタクスの振るう剛腕と短剣で撃ち落とされていく。その衝撃で大地が大きく砕け、追撃の為に近寄りつつあった義経とアルグの行手を阻んでいく。

「ああもう、教経の下手くそっ!!」

「文句を言うな、アリシア達の所に行かせてはならん」

 義経は迫る大地の破片を自身の竜銘イデアによる空間跳躍で、アルグは手に持つ大斧で只管に暴力的に突破していく。

「フハハハハハ!!!さあ、我が黎明の一斬を受けるが良い!!」

 行手を阻んだ破片を突破した2人の前には、哄笑しながら頭上に短剣を振りかぶるスパルタクスの姿があった。並外れた量の竜気オーラを込められたそれを振り下ろすのを妨げようとする義経とアルグだが、直感で間に合わないと判断する。肉体を竜気オーラで強化、防御を高めて迫り来る破壊の衝撃を受け止めようとする。

「シィッ!!」

 だがその一斬は、教経の類稀なる弓の狙撃により阻まれた。スパルタクスの上腕二頭筋を狙うことで、僅かながらの隙を生み出す。その直後、

「橘流剛術、盤外玖の型──早蕨!!」 

 腕のみを異形のそれに変貌させた翡翠による拳と蹴りによる複合連撃により胴体を撃ち据えていく。ゴス、ドス、という重々しい打撃音が撃ち込まれる度に鳴り響いていく。

 そしてそれを見逃す程義経は惰弱ではない。自身とアルグを同時に空間跳躍させていく。アルグはスパルタクスの背後、義経自身は頭上にそれぞれ跳ばす。

破砕斧ウル・ウルズインパクトッ!!!」

 アルグは瞬時に切り替わる視点に戸惑う事なく、スパルタクスの背中に大斧による逆袈裟斬りを始点とする連撃を。

「遮那流一刀術──鵯逆落しッ!!!」

 義経は薄緑を下向きに構えての自由落下による刺突をスパルタクスの脳天目掛け繰り出していく。

 どれもこれも必殺を誇る一撃、まともに喰らえばまず間違いなく死ぬ程のそれをスパルタクスは受け続け、立ち続ける。

 同時に彼は決断を下す。それは前後にいる翡翠とアルグは無視し、確実に死に追いやる一撃を放つ者─義経への迎撃を開始する事。

「っ!?こ、いつぅ!!」

 片腕を頭上に掲げることで脳天を狙った刺突を防ぎ、同時に腕に深々と刺された刀を万力の如き握力で握り込む事で即時の脱出を防ぐ。そしてそれを、文字通りの鈍器のようにして翡翠に叩き付ける。

「づァッ!?」

「あグッ…!!」

 翡翠も連撃を中断─そうしなければ義経の肉体を破壊してしまっていた─し、受け止める方向にシフトするものの、長身の義経は彼の予想以上の武器として振るわれてしまった。

 教経はスパルタクスの更なる追撃を食い止めるべく。

 アルグは即座に動けない2人から意識を逸らすべく。

 スパルタクスは未だ動く敵を追撃せんと攻撃すべく。

 各々の武器を振るおうとする、その瞬間。

 

『ォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオォォォォ!!!!!』 

 

 迫る異形の怪物──無尽烈竜トランギニョルがこちらに近付く姿を視認するのだった。

 

 

 

 床に空中に位置する無数の本棚。異界者イテルにより築かれた異形の図書館の中に、ある音声と映像が流れていた。

 破壊と、悲鳴と、鋼が軋む音。そしてそれを背景音楽に、まるで映画を楽しむかのように眺める影が話し合っていた。 

「ねえアーサー、トランギニョルがあそこに来るよう仕向けたのは……君の仕業?」

「それは無いよ徐福。私は単なる作家だよ、因果を手繰り寄せる事しかできない」

 異界より現れ、暴走を続ける大厄災トランギニョルが戦域に乱入し、破壊の限りを尽くす様を遠見の術で眺めるコナン・ドイルと徐福の2人。

 コナン・ドイルは安楽椅子に深く腰掛け、手にしたパイプで紫煙を燻らせていた。まるで自分が書き上げた小説の主人公──シャーロック・ホームズのように。

 対する徐福はというと、一体何処から手に入れたのかは不明な、映画館で販売されているような大型のドラムに大量に詰められたポップコーンを貪っていた。

 眼前には、多くの死が映っているにも関わらず2人は娯楽映画を楽しむかのような雰囲気でいた。

「本当かなぁ、徐福君信じらんないなー……ん?ねえアーサー、向こうの戦場にいるあの女何者?」

「ふむ…?………なるほど、これは予想外だな」

 ケラケラと笑いながら、トランギニョルがいる場所とは異なる戦場──アラン・スタリオルとラタ・プシュカル、そしてガルド・フォーアンスが激突している場所で、帝国とも連合とも異なる勢力と思しき女性が大立ち回りしていた。

 頭部が砕かれ、四肢が捥がれ、身体が閃光で焼き尽くされていく。文字通りの致命の一撃、にも関わらず

「……なぁに、あれ。化け物?つか知り合い?」

「人間だよ、彼女はね。尤も──私は彼女より強い人間を見た事がない、少なくともあの土地で誰かが死ぬことは無いだろうね」

 

 コナン・ドイルは笑いもせず、泣きもせず、怒りもせず淡々と目の前で繰り広げられる闘争を見つめていた。 

 せめて、多少は面白いものが見れれば良いと細やかな祈りを込めて、彼等に呟く。

 

「さあ、英雄達よ。しっかりと足掻き、その伝説を私に魅せてくれ」

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