第33話 呪われし人獣と淫蕩なる首飾り

「……やはりガルド・フォーアンスは動くか」

「だねぇ、あーやだやだ。帰りたいなぁ」

 連合側が侵攻を開始しようとする中、帝国軍陣地で2人の総督─第四軍団総督アラン・スタリオルと第九軍団総督ラタ・プシュカルは横並びになりながら、眼前に広がる連合軍の陣地を眺めていた。

 皇帝の命を受け、バシラウス要塞前の平野部に陣地を敷いた彼等は要塞を用いた防衛戦では無く、平野部での迎撃戦を選択したのだった。理由は単純明快、バシラウス要塞に立て篭もるのは愚策だからだ。

 人類種最強、ガルド・フォーアンスの脅威的な竜銘イデアを前にすれば、あの要塞に籠ることは死を意味する。

「とまれ、僕達は遅滞戦闘に勤しみますか。押されず押さずこの場に留めさせるってね。にしてもアレ絶対人間じゃないよ。バケモノだよ」

「……同感だ。…アレを人類にカテゴライズしている時点で、狂気と捉えられても仕方あるまい」

 ガルド・フォーアンスの脅威は彼等もよく知っている。その為の戦場全域を用いた高速機動による遅滞戦闘。彼等が取るべき策はそれしか無い。だからこそ、機動力に最も長けた第四軍団がここに呼ばれているのだ。

 アランが背中の長剣を引き抜く。長身なアランに匹敵するほどの長さを誇る剣だが、その動作に一切の澱みは無かった。同時に彼の周囲に3匹の獣が静かに集う。

 薄い灰色をした巨大な狼──怒髪灰狼レイジングレイウルフ

 虹色の羽根を持つ幻想的な鳥──極彩孔雀レインボークリスタス

 先の2匹を上回る巨躯を持つ猿──巨山大猿ギガントヒル・コング

 この獣達こそ、アラン・スタリオルの異名が獣騎士である理由。万年雪が降り積もる北部で人以上の機動力と凶暴性を兼ね備える獣達を兵力として加え、部隊を構成したのだ。名を、牙獣兵団と呼ぶ。

 千刃角鹿ホーンソードディアー三頭狐トライヘッドフォックス震林大蜘蛛コニファースパイダー吹雪白蝶ブリザードバタフライ氷山脈象アイスバーグエレファント、更には巨熊獣ヒガンテスベアー。どれも野生の個体に遭遇すれば、強力な戦闘能力を有した兵士でなければ対処すら出来ない程の凶暴な動物達が友にして同胞たる第四軍団の指示を待っていた。

 仮にアランから号令が下されれば、彼等は瞬く間に眼前に広がる連合軍えさ目掛けて突撃を開始するだろう。

「みんな久しぶりだねぇ、元気してた?」

 そんな凶暴な獣─特にアランと共にいる3頭の獣はとりわけ危険な生物である─を懐かしそうに眺め撫でようと手を差し出すラタ。それに真っ先に答えたのは怒髪灰狼レイジングレイウルフだ。まるで犬のようにラタに鼻先を押し付けて、もっと撫でろと要求し出す。

 それに呼応し、極彩孔雀レインボークリスタスもまた嘴でラタを軽く突っついていく。唯一巨山大猿ギガントヒル・コングだけはラタに触れようとはしない。彼は前方にいる強大な存在ガルドを警戒しているのだろう、油断せずに連合軍の陣地を睨みつけていた。

「おーおー、みんな元気だねぇ。一緒に頑張ろうかー」

 そんな状況にも関わらず自身より巨大な動物達がじゃれつく中、ラタは笑みを浮かべてそれを受け入れていく。

「………はぁ」

 アランは鎧を軋ませながらため息を吐く、これから戦闘が始まるというのに呑気な連中だと。

「し、失礼します!!先程、中央から報告がありました!!無尽烈竜トランギニョルが、魔王領の砂漠地域からヴェディタル平野に向け侵攻していると!!」

「……何だと」

 そんな中、1人の帝国将校が息を切らしながら2人に駆け寄る。そして手にした書類を渡しながらされた報告は、呑気な雰囲気を破壊するのに十分だった。

「うわぁ、アレが?でもおかしくない?アレ今西部大洋を西に進んでた筈だけど?」

「落し子だろう………にしても、よりによって奴がか…」

 トランギニョル。それはアランもラタもよく知る名前だ。帝国や連合といった勢力関係なく、アレは暴れ狂う災害だと。

「心配?」

「カレンなら、問題無いだろう……アイツなら、単独でもどうにか出来る…」

 それが黎明解放軍と鎮圧軍が激突しているヴェディタル平野に向かっているという。下手をすればどちらも壊滅的被害を齎され、連合の介入を受ける可能性するある。だが、アランは問題無いと判断する。

「何その信頼、恋は人を盲目にするっていうけど流石に酷くない?いてっ!」

 その判断の理由をラタはよく知っている。アランがカレンに抱く想い恋心を。それを揶揄うラタだったが、アランはそれに反応しない。ただ拳でラタを殴るだけだった。

「……とはいえ、奴等だけでは厳しいのも…事実だ。さっさと、片付ける…」

「へいへーい、やる気出していこうねぇ〜」

 同僚の状況の更なる悪化を防ぐ為、彼等は号令を下す。この戦いを即座に終わらせ、災害を食い止めるべく。

「「全軍、進撃せよ」」

 奇しくもそれは、ガルド・フォーアンスの号令と同じ瞬間タイミングであった。

 

 

 

 異界者イテル達がこの世界に齎した常識は、正に異界のそれだった。理解の範疇すら優に超える、理不尽なもの。その中でも、彼らが持ち込みその制御下から逸脱してしまったものがある。

 異界由来であり、生態系・人命・文化・天体規模で極大の被害を齎すものを彼らはこう呼ぶ──負の異産。

 

 今から40年ほど前に遡る。それは、ある異界者イテルが作ったものだった。

 彼のいた世界は、人間と死してなお動く動屍体ゾンビとそれを駆逐するために作られ、そして反乱を起こした機械が世界規模で戦争を繰り広げる世界だった。

 そんな世紀末じみた世界の中、人々は自ら線路を作り上げて進む列車の中で僅かな文明を残していたという。

 そんな地獄の中、男は無念のうちに死に、そしてこの世界に訪れた。強力無比な竜銘イデアを携えて。男は触れた物質を再変換・再構築するという竜銘イデアを用いてこの世界にも一両の列車を作り出した。永きに渡る連合と帝国の戦争を終わらせ、自らの世界に帰還する為に。

 しかし男は呆気なく死んだ。個人として、何も成すことが出来ずに。だが、残されたものがあった。それは彼が作り上げた列車だった。主人を失い、この世界の住民には利用方法も分からず放置される筈のそれは、無人となっても動き続けた。

 主人に搭載させられた、彼の竜銘イデアと同じような触れた物質を再変換・再構築するシステムにより線路や弾薬、物資を無限に作る機能はその列車が止まるキッカケを失わせた。

 それから僅か数年で、それは1つの災害と化した。

 眼前に広がる森を、山を、街を、命を貪り糧と成し物資を作り上げて無敵の兵団と化す、鋼の災害。

 ─咆哮を上げる。内燃機関の圧力が放つ轟音を。

 ─機関しんぞうを回す。止まることなき鋼の鼓動を。

 ─血液オイルを巡らせる。燃えるような煮え滾る熱を。

 ─身体フレームを軋ませる。痛みを感じぬ鉄のそれを。

 意志も願いも情動も無く。鋼の竜は線路を敷き進み喰らい続ける。

 名を、無尽烈竜トランギニョル。終わりなき進軍を続ける生命無き鉄の怪物である。

 

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