転生ヒロインの場合
第26話:新学期
長期休暇が終わりシルビアが学校へ登校すると、第二王子であるロレンソの側に要るのは騎士団長子息のファビオだけだった。
そのファビオも休暇前とは全然違い、全体的に一回り小さくなっている。
健康が取り柄という感じだったのに、一目で判るほどやつれていた。
ロレンソも休暇前の輝きが無くなっている気がしたが、シルビアは余り気にしなかった。
前世でも長期休み明けに、不規則な生活のせいで疲れた様子の友人が居たから。
今は校舎の入口付近で、残りの側近を待っていた。
第二王子であるロレンソより側近が後に来るなどあり得ないのだが、いつもロレンソより後に来ているシルビアは気付かない。
「あれぇ? 他の皆遅いねぇ」
シルビアが可愛く見える仕草で首を傾げるが、ロレンソもファビオも期待した反応はしてくれなかった。
シルビアをチラリと見ただけで「あぁ」「そうだな」と素っ気なく返事をしただけである。
心の中で『何よそれ』と悪態を吐きながらも、シルビアは笑顔を絶やさない。
なぜならヒロインだから。
題名も思い出せないゲームだが、攻略対象を癒やしてあげると好感度が上がるものだった。
詳しい内容を思い出せないのが
「そろそろ教室行く?」
いくら待っても他のメンバーが来そうにも無かったので、シルビアは移動を提案する。
ロレンソもファビオも、残りの三人はもう二度と学校には来ないだろうと思っていたので、無言で校舎内に入って行った。
「もう、何なの? あの態度! 暗いし最低」
無言で歩いて行った二人には聞こえない程度の声で悪態を吐く。
そんなシルビアの耳に、何かが石畳を移動する音が聞こえた。
思わず振り返ると、椅子に座ったマルティンが居た。
「マルティン」
シルビアが笑顔で駆け寄ると、マルティンの後ろに居る年老いた女が顔を
シルビアが近寄っても挨拶もせず、年老いた女は椅子を押す。
マルティンは無表情である。
「あれ? もしかしてこれ、車椅子?」
ただの肘置きのある木の椅子の足の間に棒を渡し、鍋蓋のような車輪を付けただけの車椅子。
勿論車輪には衝撃吸収のゴムなど付いていないし、椅子に車輪を付けただけなのでバランスも悪く、見るからに重そうだ。
「もっとタイヤを大きくして、椅子を低くした方が良いんじゃない?」
マルティンが車椅子に乗っている事実より、初めて見るこの世界の車椅子に驚いたシルビアは、そうアドバイスをする。
しかしマルティンも老女も、シルビアを無視する。
その時、石畳の出っ張りに車輪が引っ掛かり、車椅子が前に倒れそうになった。
車椅子は倒れなかったが、止まった衝撃でマルティンは石畳へ投げ出された。落ちたマルティンは無言で体を起こし、石畳に座り込む。慣れている様子だ。
「ほらぁ、だから言ったじゃん。重心が高いんだって」
シルビアがマルティンへ手を差し出すが、マルティンがその手を握る事は無い。
なぜなら、立てないから車椅子に乗っているのだ。
「誰かが来るのを待ちましょうか」
老女は自分のストールを、石畳に座り込んだマルティンの足へと掛けた。
「えぇ? 何それ。このまま石畳に放置? ねぇ、マルティン。こんな役に立たないお婆さんじゃなくて、若くて力のある男の人雇いなよ、お金持ちなんだから」
シルビアは手を貸すでもなく、老女を貶す。
マルティンの顔がゆるゆると動き、シルビアを見た。
「役立たずは君だろ。せめて誰か呼んで来てくれれば良いのに。それから母を侮辱しないでくれ」
予想外に厳しい視線と物言いに、シルビアは息を呑んだ。
「……ファビオを呼んで来るね」
マルティンから見えるうちは走っていたシルビアだったが、角を曲がった途端に歩き始めた。
「そういえば、何でマルティンは車椅子なんだろ」
一応ファビオを探していたシルビアだったが、完全に足を止めた。
そこへ丁度教師が通り掛かる。
シルビアはファビオ探しを止め、教師に建物の前でマルティンが車椅子から落ちて困っていると伝えた。
「あぁ、退学の手続きに来たのか。可哀想にな。治癒薬も治癒魔法も間に合わなかったらしいな」
教師から聞いた話にシルビアは首を傾げる。
シルビアの知るマルティンは、大商会の跡取りなので治癒薬が間に合わない等と有り得ないのだ。むしろ自分家で大量に取り扱っているはず。
何かがおかしい。
そう考えると、趣味が筋トレのファビオが印象が変わる程に痩せているのも普通じゃない気がしてきた。
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