第31話 大人の対応
int add 今日は不測の来客があった。
僕は朝、大体はデスクに張り込んで新聞を読んでいる。ただ冗長な文章を読んで物知りになった擬似体験をしているわけではない。またローカルな出来事を知って井戸端会議のネタにする主婦とも違う。まあ、だからと言ってそんな大層な大義名分があって情報を収集しているのではない。戦争の火種を探しているんだ。
そう言うと、とても物騒に思うかもしれないが世界情勢はとても面白いもので、常にウェイトレスが盆を肩に乗せ、ビールを何杯も運んでいるようなほど不安定なのだ。僕たち一般市民は、国家が擦り切れるくらいの摩擦にさらされていることに一向に気づきやしないのだが、紙面には隠語でも何でもない文字そのままのSOSが綴られている。面白いとは思わないかい?
「なぜ気づかないふりをしているんだ?」
開け放たれた窓から冷たい風が流れ込んでくる。レースのカーテンがなびき、窓の向こうの薄い曇り空から灰色の光が漏れている。手前には蜜の色をした髪の少年が、風で髪を煽られ
「さあ、誰かな」
少年は窓のへりに腰かけてまま、手をスラックスのポケットの中に突っ込んでいた。
「冗談を交わし合うつもりはない。挨拶に来ただけだ」
俺は脚を組んだまま背もたれにより体重を預け、新聞をいっぱいに開く。少年はそんな俺を窓から見下ろしていた。
「挨拶? 宣戦布告じゃなくて?」
「誰が戦うと言った」
風が吹き抜けてくる。できれば、その窓を閉じてもらいたいものだ。しかし、少年は退かないだろう。
「じゃあ、何の用で? 十二使徒のお方が」
少年は少し息を吐いて答える。
「僕は十二使徒のメンバーじゃない。その一人のメンバーの息子だ」
僕は新聞を1ページめくる。社説が書いてあり、今回の米株の下落の影響について厳しい論評を交えてありありと綴っていた。
「そんな息子さんがどうも、日本においでになって」
少年は答えない。僕は続ける。
「まさか、同じ目的のため稼働している機関だってのに、うちの神の書も持っていくつもりなのかな? だとしたら即刻止めてもらいたい。迷惑だ」
「ほう、ヘルメスに命拾いされた分際で、大きな口を叩くんだな」
部屋に沈黙が降りる。この不遜でかつ非社交的な少年をどうしたものかと考えて一目そいつの方を見るが、僕を蔑むような眼で見下ろす姿勢のままじっとしていた。
「お父上の威光の恩恵を預かって好き勝手するのは、それこそ見苦しいんじゃない」
「残念だな、今回は十二使徒からの命令だ」
彼は窓のへりから下りて、僕の椅子の背後に立つ。僕は新聞を閉じた。コーヒーをゆっくりと啜って味わい、そして立ち上がり彼に向き直る。
「おいお前、見下ろすな」
僕は背丈が百八十以上ある。一頭身ほど低い少年を見下ろして彼を見つめる。
「いやだね」
少年は僕を睨んだ。しかしその表情は裏腹に、ただ可愛らしく見えて僕は吹き出しそうになるが我慢する。
「何笑ってるんだ」
「別に」
彼は壁に背を持たれ、僕に冷酷な視線を投げかけている。僕はあくまで彼のことを嘲ていた。
「なに? お父上はご乱心で?」
少年は首を振る。
「いや、至って正常だ」
「じゃあなぜ?」
少年は腕を組み、口の端だけで笑っている。僕のことを見下している胸中が透けて見えている。わざと僕を挑発しているのだろう。少年は口を開けた。
「誰がお前に神の書の保護を頼みたいと思う? もとは犯罪者であっけなく死んで、この世にまた放り出されても中途半端に半人前の能力を振りかざしてさ」
僕は腰に手を当てる。彼の一言一言をしっかり噛み砕いて聞いているつもりだが、いまいちピンとこない。言っておくが怒ってはいない。
「はは……ごめん、抽象的に話されても分からないんだけど?」
「お前は使い物にならないってことだよ」
僕はこの部屋の本棚に空間把握と制御の術をかける。本棚から無数の本たちが飛び出して僕の周りを渦を巻いて飛び交う。ペン立てから万年筆だのボールペンだのハサミだの、呼び寄せて手の周りに浮遊させて彼の方を向くように構えさせる。椅子も天井すれすれまで浮遊して漂わせてしまっている。言っておくが怒ってはいない。僕は両手をズボンのポケットに入れて、彼に歩み寄る。
「別に使い物にならないのは分かった。まあ落ち着いて考えてほしいんだが、君たちの手元にこちらの神の書があって本当にそれはあるべき場所にあると言えるのか?」
少年は僕を見上げる。何の動揺も見えない。
「キレるの早すぎだろ。別に神の書が日本になくたって十二使徒の手元にあれば人間や悪魔の利益衝突には使われない。十二使徒の潔白さはお前もよく分かるはずだ」
僕は笑顔を作り、より彼に迫って彼の顔を急な角度で見下ろした。
「納得いかないな」
少年は、現実を見ろとでも言いたげな表情をする。こちらのことなど既に知ったような眼だ。
「お前が納得いかなくても関係ない。それに神の書などあったところで不幸の種にしかならない。十二使徒は、お前らが余計な負担を負わなくてもいいと言っているんだ。分からないか」
「分からない」
僕は少年の眼を睨む。もちろん少年も僕のことを睨みつけているようだった。
少年は僕に背を向けて溜め息をつく。その溜め息は本心からの失望によるものではなく、こちらに対して煽るパフォーマンスであった。
「まあ、いいや。蘇生と引き換えに得た、その陽に当たれない体でせいぜい抵抗するがいいさ。もう負け試合が始まっていることを忘れるな」
僕は彼に向け、反重力で万年筆を放つ。
「……見た目よりずっと幼稚だった、と」
僕はひしゃげたまま部屋の宙に漂う紙の塊をぼうっと眺めた。面倒だけれど、この状態では仕事が捗らないので、紙屑は一枚の紙に戻して本を
return 彼は何がしたい?
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