第4話 混乱
雪が降る空に、煌びやかにガラス片が散っていく。火を吹いたビルからは、1つの爆破を境にビルの四方から火焔があがった。聖夜の喜びに満ちた渋谷の雑踏に、悲鳴や泣き声がその瞬間から響き渡る。俺はその光景を多分一番の特等席で何もできず見つめてしまっていた。炎の赤がやけに明るい。自分の後方へ人々が逃げ惑い走っていく。恐れで我を失った叫び声をあげた男が自分に肩をぶつけて後ろへ遠ざかっていく。俺は何もできない。この本はただ俺の両手にかさばる。
人々が逃げ惑う中、渋谷の大型ビジョンたちは急に砂嵐を映し、雑音とハウリングがスクランブル交差点上空に鳴り響く。画面が切り替わったが、そこにはスーツ姿のごく普通の男性の姿が映っていた。
「やあやあやあやあやあ!!!! 皆が待ち望んでいたであろう今日はホワイトクリスマス!!諸君はいかがお過ごしかな」
スーツの男は満面の笑みを浮かべて話をしだした。腕を広げ気さくなジェスチャーを示す。
「恋人たちのための素晴らしい夜! 家族で分かち合う幸せの夜! そしてだね、なんといっても我々、神の子の特別でサプライズな記念日なんだよなああ~!!!! アァハハッーー!!!!」
スーツの男の顔が画面に大きく映し出された。よく見ると作り物のようにも見える。
「今日は皆にだけ特別にこの世の真理でも教えてあげたい気分だよ!! 全部は教えられないんだけどねえええ!!!!」
彼の耳をつんざくような声が渋谷中に響き渡る。同時にビジョン横のビルの上階から爆破の炎があがった。
俺の左にいた小さな女の子が泣き声をあげた。母親は震える手でただただその子を抱きしめている。俺の手も震えていて本の端をギュッと握りしめていた。
「うんうんうんうんッ!!!! そうかそうかそうか、皆もこの世の真理を知りたいんだねえ!! 偉い! 賢い! 最高だよ!!」
男は画面の奥で小躍りしている。渋谷の群衆の多くは足を止め、ビジョンを見始めた。それに満足そうな笑みを浮かべた男は画面越しに手をくっつけて顔を画面いっぱいに映し出した。
「そうだ!! 特別ゲストを紹介しようか、ゴコクユウくん! いや、神書の主と呼ばれる者たちの末裔。 君に一度だけ警告するよ」
俺は足が木の幹に取り込まれたかのように動けなくなった。しかし本能はここから今すぐ遠ざかるようにサイレンを鳴らしている。
「本を渡すんだ。渡さなければ命はない」
人々の泣き声は消えた。そして錆びた歯車が回るような鈍い音が人々の口から鳴り響き出した。足を引きづり、ビジョンのほうに向いていた体は徐々に一点を向いていく。後ろを振り向くともう遅かった、全員自分を見つめていた。
俺の、本を握る手の震えは止まらなかった。
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