第36話 「クラリスの戸惑い」

部屋で待機しているクラリスは呟いた。


「ひどい目にあったな…」


群衆に囲まれ、治療をさせられた。本来ならそんなことをしないのだが、あの場面で治療をしなかったら、私はどうなっていたのだろう。結局のところ、自分が持つ魔力全てを治療魔法へ使い切ってしまった。


「すみません。もう魔力が底をつきました」


「流石、聖女様、魔力が切れるまで、対応してくれるなんて」


「ほんとにありがとうございます」


人々は感謝の言葉を残して、中には手をギュッと握ってくる人もいた。そんな中、小さな女の子が私を、じっと見つめていた。


「聖女様。ママを…ママを助けて」


すると周りの人が私をじっと見ている。彼女の目は純粋に助けを求めてきていた。


もちろん、初めての経験。


「わかった…ママのところへ行こう」


少女は私を誘導され着いたところは、古びたアパートだった。


「ママ!!ママ!!聖女様を連れてきたよ」


彼女がママと呼んでいる女性はベットに横たわっていた。見るからに衰弱しきっている。はっきり言って虫の息と言ったところだろう。そんな彼女は娘の声に反応した。


「みゆ…みゆ…」


言葉半分、途切れ途切れに娘の名前を読んでいる。意識も混沌としているのだろう。


「ママ…ママ…聖女様…お願い…ママを助けて」


どう見ても最期の瞬間…助けようがない。けど、この子供を見て、私は最後の力を振り絞った。


『ヒール』


すると母親は穏やかになって、意識が戻ったのだろう。ベットに身を乗り出している娘の髪をなでていた。しかし、これでも一時的に命が伸びたに過ぎない。彼女は、末期の肺病に違いない。しかも、終末期だ。ん?そういえば、あの偽聖女の奴、私の前で末期の肺病患者を治していたな。


「お嬢ちゃん…ちょっと待てるかな」


「うん…聖女様ありがとう…お母さん。よくなったよ」


「だったら、お母さんをちょっと見ていてね。お姉さん。もう一人の聖女をつれてくるから」


「うん。わかった」


私は、必死に走った。フリージアはマーリンの家に向かているはずだ。あの場所からマーリンの家に向かえば、何とか追いつくはず。追いつかなくても、呼び出せばいい。そして、運がいいことにマーリンの家の前でフリージアを見つけて、手を掴んだ。


「きゃ!!」


「フリージア殿、頼みがある」


「どうしたんですか。いきなり手を掴むなんて、しつこいですよ」


「助けてほしい人がいる。肺病の母親を助けてほしんだ。さっき私の前で治しただろう」


普通こんな意味の分からない話をしている私も気付いていた。しかし、時間がない。


「騎士様。落ち着いてください。一体何があったのですか」


「私の魔力は尽きてしまった。いや、私の魔力では末期の肺病はなおせない」


「ですから、落ち着いてください。一体何があったのですか」


「だからはやく!!」


パチン!!


はっ…フリージアは私の頬を軽く平手打ちした。


「急病人がいることはわかりました。けど、落ち着いて、説明をしてください」


彼女の平手で私は目を覚ました。そして、事情を話すと


「直ぐに行かないと」


「え?」


「何をぼーっとしているのですか。早く行きますよ。それで?場所を教えていただけませんか」


私が大体の場所を教えるとその場所の目印を聞いてきた。すると彼女は


『リモートビューイング』


謎の呪文を唱えた。そして、


「わかったわ。念のために、一緒に来てもらうわよ」


彼女は私の手をつないで


『テレポーテーション』


一瞬で私たちは子供がいるあの古びたアパートの前に到着した。瞬間移動は、目的の場所がわからないとできないものだ。ということは、さっきの魔法で、この場所を確認して瞬間移動したことになる。これほどの魔力を使えるとは、


「早く。中に入るわよ」


そして、目の前で女の子がママ―ママ―と泣いている姿を見たのであった。自分の力のなさに呆然とした。その横でフリージアは既に死んでいる女の子の母親のそばに行った。もう手遅れだ。彼女は死んでいる。


「ママが死んじゃ嫌だよ~。ママ―お願い目を覚まして、私いい子になるから。お願い」


そして、私たちを見つけて


「聖女様~ママ―をママ―を助けて。私何でもするから。お願い。ママ―を助けて」


泣きじゃくっているが、私にはどうすることもできない。既に死んでいる。死んだ者は蘇らない。

もう少し私に力が残っていれば、フリージアに早く追いつけたら。いくつものたらればがどうしよもない現実に後悔という感情が悲しみとなって襲い掛かってきた。


その時だった。フリージアが女の子に話し始めたのは、


「お嬢ちゃん。ママはちょっと深い眠りに入っているだけだから、今からおねーさんが治してあげる」


「本当に?」


何を言っているのだ。さっき母親の手首を触って首を振っていたではないか。既に死んでいるのにそんないい加減なことを言うのか?と驚いていると彼女は女の子に


「ママがんばれーと一緒にお祈りしてね」


「うん…ママが助かるならお祈りをする」


「お姉さんがいいというまでお祈りをするのよ。絶対に目を開けちゃだめよ」


「わかった。みゆ、一生懸命お祈りをするし、目は絶対にあけない」


「よし」


するとフリージアは部屋のカーテンを全て閉めて外部から見えないようにした。そして、私の方へやって来た。


「外に出て、誰も来ないようにしてくれる?」


「え?」


「これから治療をするから誰も来ないようにしてほしいの」


「わ…わかった」


数分後、彼女が部屋から出てきた。そして、


「無事、治療が終わったわ」


そんなはずはない。母親は死んでいたはず、と部屋に入ると信じられない光景が目に入ってきた。それは、元気な姿をしている母親に甘えている女の子の姿が見えた。


すると今度は、このアパートの大家だという女性がやってきた。


「彼女は、家賃を滞納している。だから、元気になったんだから滞納している家賃を早く払ってくれ、体で稼いできてもいいんだけど、それができないのなら出て行っておくれ」


するとフリージアはその女に対して、


「滞納している家賃はおいくらですか?」


「ふん!!3か月家賃を滞納しているんだ。銀貨3枚だ」


なんとも法外な金額だと思ったが、フリージアは


「だったら、銀貨4枚をわたすからあと1ヵ月は置いてあげてね」


金の亡者のような顔をした女はびっくりした表所を浮かべた後、愛想笑いをした


「毎度あり」


そんなドタバタもあって忘れていたけど、あの女性は死んでいたはず、つまり、蘇生をしたということになる。しかし、彼女はあくまで治療をしたと言い切っていた。幸せそうな家族に彼女は買い物をしてきてスープを与え、なおかつ、生活費として銀貨3枚を置いていったのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る