第25話 ハグしちゃう!

「んじ、ちゃーびら!」


 妹の果奈かなはリビングに顔を出したかと思ったら聞き慣れない沖縄方言を口にして、そのまま外へ行ってしまった。


 そういえば、出かけると言ってたけれど、いったいどこへ向かったのだろう?


「ねぇ、春時はるとき。んじ、ちゃーびらってなに?」


真宮まみやさん……俺が知ってると思う?」


「うん。だって妹じゃん」


「妹だからって兄がなんでも知ってると思うなよ」


「あの、スマホで調べてみました。沖縄の方言で、いってきます、という意味みたいですね」


 仲里なかさとさんは言うと、俺と真宮さんに向かってスマホの画面を見せてきた。


「あ! なるほどね! そうだと思ったんだよね! 知らなかったのは春時だけね」


「いや、真宮さんも絶対に知らなかったよね……」


「えい!」


「痛っ!」


 テーブルを挟んで、俺の前に座る真宮さんが、いきなり足を蹴ってきた。


 脛に、じーんとした痛みが残る。まったく、この暴力的なところは、なんとかならないのか。


「あのさ、前から言おうと思っていたんだけど、都合が悪くなるたび蹴りを入れるのやめてくれる? 一応、彼氏なんだから労ってくれよな」


「そんなことより、今からダウジングを始めるわ。二人とも、おっけ?」


「……」


「なによ春時。ふてくされた顔して」


早見はやみくんは真宮さんに足を蹴られたことが納得いかないんですよね」


「えー! そんなこと? もう仕方ないなぁ」


 言うと真宮さんはスクっと席を立ち上がり、俺のすぐ横まで来ると、覆い被さるようにしてハグをしてきた。


 彼女の甘い匂いを感じる。


「はいはい、良い子ちゃんでちゅね。機嫌を直してくだちゃいねぇ」


「ちょっ!」


 真宮さんにハグをされて動けないでいる俺を、仲里さんが驚いたような表情でこちらを見ている……。


 こ、これは……気まずさと恥ずかしさで頭がいっぱいになってしまい、冷静な判断が出来ない。


「よちよち」


 真宮さんは言いながら、さらにギュッと俺を抱きしめてくる。


 頭に胸が当たって気持ち……ハッ! 仲里さんの顔つきが変化して……もしかして、お、怒ってる?


「ちょっと真宮さん! 早見くんが困ってますよ! ダウジングをするんじゃなかったんですか!」


「あれぇ? もしかして、エリカやきもち焼いてるの?」


「やめてください! そういうのじゃないですから!」


「真宮さん。そ、その……もう離れてくれる?」


「えー! でも、また不機嫌になられてもなぁ……あ! そうだ! エリカもハグしてあげなよ!」


「「え!?」」


 俺と仲里さんの声が重なる。


「な、なな、なにを言ってるんだ! 仲里さんは別にいいから! 気にしないで」


「その……」


「ん?」


「早見くんは、私のハグはいらないんですか?」


「へ? いやいやいや! そういうわけじゃ!」


 仲里さんまで、なにを言い出してるんだ?


「ほら、エリカ! 春時を慰めるぞ!」


 真宮さんの声に仲里さんは席を立ちあがると俺にゆっくり近づいてくる。


「ちょ……な、仲里さん?」


 瞬間――。


 真宮さんのぬくもりは消え、新たに、ふわっとやさしく俺に覆い被さってきたこの感触は……仲里さんの……。


 もしかして俺の人生、今日で終わりなのでは……。


 その後しばらくのあいだ、俺は二人に挟まれるようにハグをされ続けた。

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