005 七つのコップ

「お兄さま、今回はこちら側半分で玉黍コーンを育てましょう」


 ここ数日、玉菜キャベツなどの収穫がメインだったのだが、その品質はと言えば……推して知るべしといった状況だった。

 収穫が進めば場所が空くので、次に向けての土作りも順次行っている。


 メイプルはと言えば……、俺に作業内容を説明した後は、どこかへ出かけることが多くなった。

 とはいえ、昼には家で食事をするので、その時に、何をしているのかと探りを入れたりするのだが……


「聞いてください、お兄さま。いい場所が見つかったんですよ。昔、ここに陶器職人さんがいらっしゃったそうで、少し傷んでいますが道具がそのまま残っていて、ほかにもいろいろ、ちょっと修理したら使えそうなんです。村長さんからも許可を頂きましたから、あとは窯ですね。見つかったものは小さいので……」


 などと、詳しく報告をしてくれるものの……

 予想がつかない速度で話が進んでいることは分かるのだが、何が起こっているのかがいまいち把握できない。

 ただ分かるのは、着実に煉瓦を作る準備が進んでおり、なぜか俺が陶器を作って、みんなに配らなくてはならなくなった……ということだ。


 その話の流れで、玉黍コーンを育てましょう……と来たものだから、理解するまで時間がかかった。


玉黍コーンか……」

「なんだか乗り気じゃないみたいですけど、何かありましたか?」

「去年も作ったけど、かなり酷い結果だったからな……」

「そうだったんですね。でも安心してください、お兄さま。今年は豊作をお約束しますよ」


 どんなものでも指示通りに植えるつもりだったので文句も何もないのだが、そこまで自信満々に言われたら、収穫がどうなるのか楽しみだ。

 さっそく昼から、玉黍コーンを植える前の、最後の土作りをすることになった。

 この日は最後までメイプルが付き合い、独自に配合された肥料を言われた通りに撒いてしっかりと耕し、畝を作った。

 かなり念入りに行ったこともあって、今日は久々に、日が傾くまでクワを振ることになった。




 もの作りも、新たな挑戦も嫌いではない。

 むしろ、自分にできることなら、積極的にやっていきたいと思っている。

 その根底にあるのは、みんなの役に立ちたい、喜んで欲しいという思いだ。


 この地へやってきたのは、本当にただの偶然だった。

 学院を退学になり、かといって実家にも戻れず、行く当てもないまま放浪している途中で立ち寄った……ただ、それだけの場所だった。

 そこで、腰を悪くしたウィル爺さんを助けたことで、農夫としての第二の人生が始まった。

 この地に腰を落ち着けようと思ったのも、たいした理由はなかった。他に行く場所がなかったということもあるし、この長閑で平和で優しい場所が気に入ったからということもあるだろう。

 ここでの暮らしは不便なことだらけで生活も苦しいが、それでも実家に比べたら楽園のような場所だと思っている。


 ただやはり、成果が出ないのは辛かった。

 自分はここの人たちに……ここの環境に甘えているだけで、何も貢献できていないのではないかと悩んでいた。

 だから、メイプルが現れた時、何をしても上手くいかない俺に与えられた神様の慈悲ではないかと思った。

 召喚術士アルジ召喚体シモベの関係や、人間の女の子の姿なんてことを関係なしに、まずは彼女の言葉を信じてみよう……と思った。

 その結果……俺は未知なる異形の物体クリーチャーを生み出してしまった。


「くっそ、上手くいかないな……。これ、柔らか過ぎたりしないのか?」

「そんなことないですよ、お兄さま。まだ、肩や変な場所に力が入っているのではないでしょうか。深呼吸をして落ち着いて下さいね」


 泥の怪人と化した粘土を前にして、俺は深々とため息を吐いた。

 台座から切り離して、元の粘土に混ぜ込む。


「途中までは上手くいってましたから、次は成功しますよ」


 そう言って、メイプルは笑顔で次の塊を渡した。

 できれば期待に応えたいが、自分の不器用さが恨めしい。

 私よりも上手ですよ……などとメイプルは言ってくれるが、すっごく申し訳ないが、あまり慰めにはなっていない。


「ろくろは私が回しますので、お兄さまは形を整える事だけに集中してみてください」

「ん? ああ、そうだな。それでやってみよう」


 何かと不器用なメイプルだけに少し心配だったが、すごく安定していて、手伝ってもらっていることを忘れるほどだった。

 そのお陰か、なんとかコップらしきものが出来上がった。


「言われた通りにしたけど、これって少し大きすぎないか?」

「これでいいのですよ。乾燥させて焼けば、小さくなりますので。それよりも、お兄さま。気を抜いてはいけませんよ」


 言われた通り、台座から切り離し、棚に並べるまでは安心できない。

 板の上にそっと乗せ、それを棚に置いて、大きく息を吐く。

 指の形のへこみが出来てしまったが、それぐらいは許してもらおう。

 それにしても、たったひとつ作るだけで、途方もなく疲れてしまった。


「次はメイプルの番だな」

「えっ、でも、さっきも……」

「素人の俺にもできたんだ。それに、少し変なぐらいでも、みんなは喜んでくれると思うぞ」


 それは、自分に言い聞かせている言葉でもあった。

 それなら……と、座る場所を交代し、粘土玉を手に取るメイプル。

 ろくろは俺が回す。


 こうして見ると、別にメイプルは不器用ってわけじゃないのだが……

 小さな手で形を整え、細い指で徐々に側面を立てていく。

 不器用どころか、とても器用だ。なのに……


「あっ……」


 いきなり粘土が揺れて、あっという間に形を崩す。

 あともう少しのような気がするが、メイプルは「あまり時間をかけ過ぎると、粘土を練り直すことになるので……」と再挑戦を辞退した。


 少しはコツがつかめてきた気もするが、さすがに日が傾いてきたし、何より恐ろしく疲れた。

 残った粘土は湿った布で包み、木箱に入れて床板の下に置く。


「お兄さま。お疲れ様です。それでは戸締りをして帰りましょう」


 パタンと扉が閉じられ、しっかりと鍵がかけられた。

 中の棚には、今日の成果、不揃いな七つのコップが並んでいた。

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