舞首避け
湯屋を出た
すると、前の方から奇妙な男がやってくる。
「さあさあさあ、来たわいな、来たわいな~」
特徴的な節回しをつけながら、天狗面を着けた男が踊るようにおどけて歩いている。いまの
背負っているのは翼ではなく、小さな籠で、籠の目に差し込まれた竹ひごが何本か、先にぶら下がる提灯の重みでゆらゆらと揺れていた。その提灯には中身が入っておらず、白い紙にはなんとか人の顔とわかる程度に、目と鼻、口が描かれている。
「なんだ、あれは?」
「若先生、知らないの? あれは近頃はやりの
清司郎が思わずつぶやくと、すぐ近くから声がした。振り返ればお
「舞首避け? よくある、
芸人の中には、変わった扮装で人を集め、お札を売る者たちがあった。大抵は偽物で、お札の御利益も怪しいものであったが、
いま、そこを歩いている舞首避けもそのたぐいではないか、と清司郎は思った。
「お札じゃないのよ。舞首避けを頼むと、首の後ろにありがたい字を書いてくれるんですって。そうすれば夜中、舞首がやってきても襲われずにすむとか」
「舞首に襲われずにすむ呪い、か。そういえば
「あらそうなの? この頃、夜な夜な空を飛んで獲物を探してるってもっぱらの噂よ?」
「舞首ってのは元来、死人の怨念が寄り集まって宙に浮く生首の形を成した
「そうね……あるとしたら刑場くらいなものかしら」
お榛が言うように、刑場で
「そんなに噂になっているなら、
「ところが、噂ばっかりでまるで頼まれないのよね」
「まあ、しょせんただの噂ってことだ。火のないところに煙は立たぬと言うから、噂の元になったような何かはあったんだろうけどな。酔っ払いが猫でも見間違えた……とか」
清司郎はそうは言うものの、内心では先程の松之助の話を思い出していた。
「……抜け首、
ぽつりとつぶやいた声は、お榛には聞こえなかったようだ。
「それにしても嫌んなっちゃう。あんな紛い物じゃなくて、あたしに頼んでくれればいいのに。こう見えてきちんと天狗の神通力を持ってるんだからさ」
お榛はそう言ってさらに口をとがらせるが、その子供っぽい仕草は、山の神とも言われる天狗のようには見えなかった。
清司郎斬妖帖 野崎昭彦 @nozaki_akihiko
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