第4話 宿の夜

「おい」


「なんだ。ヴァルドボルグ」


「もう元の姿でいいのか?」


「宿の部屋の中だからな。代わりに、外に勝手に出れないよう結界を貼らせてもらった。魔力や、筋力なんかにも諸々の制限がかかっている」


 ボロい木造建築の宿。愛想の悪い老爺に案内されるがまま、2階…つまり、最上階の部屋に通された俺様は、籠から出されて姿をもとに戻され、ベッドの上に転がされていた。


「へっ、入念なこって。ほんとは魔力ギリギリなんじゃないのか?」


「そんな事は断じてない。それに俺は方向音痴ではない」


「そこまでは聞いてねぇよ」


「先に風呂に入るぞ」


「ああん?俺様は城じゃ常に一番風呂だったんだぞ!?」


「知るか。お前とちがってこっちは一番風呂なんて滅多に入れないんだよ、入らせろ」


「けっ。はいはいわかったよ。今は、お前に逆らっても無駄そうだからな。今に見てろよ...」


「相変わらずの威勢の良さだな。ではお先に」


 そう言うと、奴は甲冑を脱ぎ、その中の服も脱いだ。なんというか、清潔感が無いと言う訳ではない。流石に、直近まで王都に居ただけはある。が、所々、縫い直されたり、パッチワークで補修されたりしている。


 服を買う金もないのか?雇われとは言え、王都の勇者候補が。


「何だ?俺の体に何かついているのか」


「ついてねぇよ、気持ちわりい。ただ...」


「ただ?」


「服を買う金もねぇのかと思って」


「大切に着てるんだよ。ボンボンのお前には到底理解出来ないだろうけど」


「モノは言いようか。ま、わからないでもないが、おんなじ服を着続けるってのは不便だろ」


「不便なばかりでもない。思い出ができる」


「ほぅ...思い出か。少数種族の、傷の舐め合いのか」


「聞き飽きた」


そう言うと、奴は下着をカゴに放り込み、風呂に閉じこもった。


「...なんつー出来た肉体だ。ありゃ、もはや絵画か何かの域だ」


 不揃いな模様の、半端に焼けたパンみたいな色をした毛皮の上からでも、わかる。一片の隙無く鍛錬された筋肉が、全身に余すところなくついていた。洗練されていて、無駄がない。


 ここまでは奴の魔力ばかりに注目していたが、本来奴は勇者だ。魔法も、化学分析だって、やつの本業ではないはず。


「...狂ってやがるぜ」


 裸になった所に襲いかかって殺そうかと思ったが、それは無理だろうと思い知った。全く、世の中にはとんだ化け物がいるものだ。


 仕方ないので書物でも紐とこうと思ったが、この宿、そこまでの気遣いは無い。そりゃあそうか、格安の所だし。


 試しに、窓をぶち割ったりドアを蹴破ったりしようとつとめてみた。が、結界でビクともしない。風呂に入ってる癖に、奴めまるで気を抜かない。なので、しばらく外を眺めることにした。


何もしないよりはマシだ。


街はすっかり夜になり、点々とついていたあかりは街全体を煌びやかにライトアップしていた。ヴァルドボルグの息子がここにいるというのに、街の人間どもはクジラに祭りに浮かれている。ああ、殺してやりたい。それなのに、それができない。


「上がった」


「お前、早くないか?もっとじっくり入れよ。不潔だろ」


「王都の公衆浴場では早く上がれと急かされたものでな。それにそもそも、長く入るようなガラではない。早く入れ」


「わかったよ」


 横を通り過ぎた奴の毛皮からは、石鹸のにおいがした。最低限、身体を洗うことくらいはできるようだな。


 ひとまず、全身を覆っていた布を脱ぎ捨てる。脱いで思い出したが、あのやろうがこっちの装甲も魔道具も全て奪って、代わりにこのボロ切れを着せたんだった。許すまじ、王宮のハナクソ狼!!


「...いつか殺す」


「殺す殺すと、レパートリーが無いな。まあ語彙力豊かでも困るから、君は貧相なままでいてくれ」


「黙れよ。貧相種族の癖に」


「いいのか?そんなこと言ってみろ。明日からお前だけ野宿だ。しかも、俺特製の結界の中で」


「わかったよ。従う従う。じゃ、風呂もらうぜ」


 だいぶ、ボロボロだ。木製の浴槽なんだが、清掃こそされている形跡があるものの、所々腐ったり剥れたり。


 これに対してあいつは、何の感想も抱かないのか?慣れているとでも言うのだろうか。


「はぁ...城の風呂が恋しいぜ。城の...」


 城の、風呂か。


「...」


 やめろやめろ、俺様。考えるな。城のことなんて。


「クソッ。クソ...」


 木製の壁を叩いたのに、割れないしヒビも入らない。その制限されたことによる非力が、益々惨めさを加速させる。


「...」


泣いている?この、俺様が。いや。...最近、出てなかった。涙なんてもんは。


「クソ。こんな姿、あいつに見せるわけにはいかねえ」


それなのに、涙は次々溢れる。


「おい、まだか?ボンボン。湯冷めするぞ。魔法で沸かし直してやろうか?」


「うるせぇ。黙って寝てろ」


「...」


 そういや、ちゃんと風呂に入るのだって、いつぶりだろうか。こんな、ボロボロでヌルヌルでも。それから、俺様の頭の中では、考え事がぐるぐると巡って。そのせいでだいぶ、時間が経っていたようだった。


「あがったぜ」


ハナクソ狼は寝ていた。しかし、カーテンが開きっぱなしだ。


「やれやれ。なんだかツメが甘い奴だな」


 カーテンを閉め。そして....ん?


「ベッド、一つしかねえ」


 そりゃそうだ。俺様は手荷物として隠蔽され、一人分の料金で泊まっている。起こすために、のうのうと寝ている奴をゆする。


「おい起きろハナクソ。そのベッド俺様に...」


 譲れ。そう言おうと思った瞬間、肩を触る右手に違和感を覚えた。今、奴の筋肉に手が食い込んだか?力が戻っている。それにこいつ、大声でまくしたてた割に起きもしねえ。


「ふっ。ふはははははっ...底が知れたな、方向音痴ハナクソ狼。もう魔力切れか?」


 いいや、ここまで持っていた分、確実に奴は化け物だ。だが所詮は劣等種族。その限界はこの程度ってわけか。どのみち、千載一遇のチャンスだ。


自分の魔力の復活も確認し、ズボンに手をかけておろす。そして、生殖器を出した。


「お前も、怪物になった後、狂って死にな」


ハナクソ狼の服をめくり、その尻の穴を露わにする。





...目にもの見せてやるぜ。

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