06

「ゆき、まずは準備体操だっ」

「うん、いっちに、いっちにと」

「次はあそこで隠れているこはくを連れてくる」

「うん」


 近づくと「ま、待ってください」とこはくが先に動いてきた。

 意地悪をしたいわけではないけどせっかくここに来ているのなら一緒に遊びたいからいこうと誘う。


「うぅ……」

「恥ずかしくないよ、それどころかよく似合っているぐらい」


 派手な物を選ばなくても勝手にいいレベルにしてくれている。


「水着のことを気にしているわけではないです……」

「ならいいでしょ? ほら」

「ぜ、絶対にこの手を離さないでくださいよ?」

「守るよ」


 谷内が涙目にならなくて済んでよかった。

 丁度休憩時間になるみたいなベタなことも起こらずに水の中に入って歩き出す。

 今日のこれは遊ぶためでもあるけど運動をするためでもあるのだ。


「なんで高身長なことを気にするんだ? わたしからしたら羨ましいんだけど」

「だ、だって目立つじゃないですか、男の子ならいいですけど……」


 小さい僕としても同意見ではあるものの、いま言うのは違うから黙っておく。

 こちらがしなければならないのはちゃんと付いていくのとこはくの手を離さないことだ。


「いや、逆に女子だからこそ格好いいんだろ?」

「運動をやっているならともかくそうでもないのにただ高身長でいたって微妙じゃないですか」


 去年の春、中学生のときは楽しくやっていたから部活をやってみたらどうかと聞いてみたことがあるけど彼女はすぐに「やりません」と返してきた。

 それは高身長だからではなくてゆっくりしたい、高校生活を楽しみたいからということだった、が、やっぱりいまでも気にしていることから関係していないことはないと思う。


「駄目だ、重ねられてもわからないわ」

「私だって何故高身長の方がいいのかわかりません」

「この話はもう終わりでいいよ、それより楽しも」

「だな」

「そうですね」


 手を繋いでいる状態だからいまの彼女はわかりやすい。

 大丈夫だと伝えるために少しだけ力を込めると直った、それから顔を見てみたらにこっと笑みを浮かべてくれてよかった。


「うっ、腹が減ったな、朝に食べてこなかったのは失敗だったか」

「もうお昼ご飯でもいいよ?」


 早めなら早めで母が作ってくれた夜ご飯を美味しく食べられるからいい、遅めなら姉に追加であげられるからマイナスなことはない。


「いや、もう少しは我慢するよ。あと、仲間外れ感がすごいからわたしもゆきの反対の手を握るわ」

「うん、だけど迷惑にならないように並ばないようにしようね」

「おう」


 はずだったけど、こうして二人と手を繋いでいると子どもみたいに見えていないかと気になり始める。

 周りには若い子が多い、それに一緒に来ている子達に意識がいっているだろうからそこは気にしなくていい、気になるのは周りで見ている大人の人達だ。

 それこそ連れてきた子どもなんかを見ていたり、一緒に来たお友達と楽しそうにしているから自意識過剰という話で終わるならいいけど……。


「大丈夫ですよ」

「どうした?」


 ああ、バレてしまったようだ。


「あ、ゆきさんが不安になっていたので大丈夫、と」


 恥ずかしい、夏の暑さとは別の理由で体が熱くなった。

 ただ? こういうことになればなるほど彼女には丸わかりということだからいますぐにでも手を離したいのに約束があるからできないと、中々に辛い状態だ。


「よくわかるんだなー」

「わかりますよ、それでもこうして物理的に触れていることが大きいんですけどね」

「んーわたしだって触れているけどゆきのは細いなって感想しか出てこないぞ」

「あーただの勘みたいなところも強くありますからね、外れて恥ずかしいことになる可能性も高いので別に悪くないと思います」


 当たっているこちらとしてはこのことに触れてほしくないから違う話にさせてもらった。

 ちらりと確認をしてみたら今度は別の種類の笑みを浮かべられてしまって駄目になった、もうこうなったらなにかを食べることでなんとかするしかない。

 ということでこちらの手を掴んでいるのをいいことに連れていってしまうことにする。


「僕は肉まんを買おうかな、二人はどうする?」

「んーがっつり食べたいけどそういうところじゃないよなー」

「ラーメンぐらいでしょうか、それにしても飲食店にいったときよりは少ないですが」

「まあ、仕方がないよな、じゃあラーメンのために並んでくるわ」


 彼女は別行動をせずにずっとこちらにくっついたままだった。


「座れてよかったですね、後は沙織さんが来てくれれば食べられますね」

「でも、まだかかるみたい」

「そうすぐに冷めるわけでもありませんから待っていましょう」


 それならとじっと彼女の顔を見ていたら「ちゃんと付き合いますよ」と、物足りないわけではないから首を振ったら「わかっています」と言われて困った。


「悪いっ、待たせたっ」

「いえ、それでは食べましょうか」

「おうっ」


 肉まんは温かくていつもの味で美味しかった。

 ただ、そこまで量がない分、ピザまんも~なんて求めようとする自分が出てきて困った。




「次は海! じゃなくて課題……だな」

「早くやっておいた方がいいよ」

「それはわかっているんだ、だけど遊びにいっているこはくがずるくね?」

「あの子はすぐに終わらせちゃうから早くやっておかないとやばいよ」


 こういうことに関しては厳しいから呆れた顔にしかならなくなる、そういう顔を求めているなら放置していてもいいけど泣きたくないならささっと終わらせておくべきだ。


「ま、ゆきがいてくれているからいいわ、そうじゃなかったらこはくが付き合ってくれない日は一人だからな」

「そういえば谷内のクラスにあれからいっていない」


 いつも来てもらってばかりであれだから夏休みが終わったらまたいってみようと決めた。


「こ、来なくていい、わたしからいくから大丈夫だ」

「気にする必要ないのに、僕だってこはくがいなければ一人なんだから」

「無理だ、気になるだろ」


 それからは課題に集中してばかりで返事をしてくれなくなったからこちらも集中することにした、大体、三時間ぐらいやったところで「腹が減ったっ」と喋ってくれたからお昼ご飯にすることに。


「もやしとお肉があったからもやし炒めとわかめスープを作ったよ」

「ありがとな、いい匂いだ」

「オムライスとかの方がよかった?」

「いや、作ってもらえただけでなんでもありがたいよ。いただきますっ」


 他の人よりも速く食べているのに雑さはそこにない、ご飯粒なんかも残さずに奇麗に食べてくれるから作った側としてはありがたい。

 真似をすると確実にむせるし、なによりそんなに急いでも仕方がないからゆっくりと食べていると「おかわり!」と元気いっぱいな谷内がいた。

 お昼のためにご飯を炊いてくれているから注いできた、でも、受け取ってかなんか縮んでしまったという……。


「あ、厚かましいよな、それにこれってお姉さんの分なんだろ?」

「そうだけど、同じように遊びにいっているから大丈夫だよ」


 朝から出ていってお昼ご飯を食べずに帰ってくることはないから安心してほしい。

 仮に食べずに帰ってきたとしても冷ご飯があるから今度こそオムライスとかを作ってあげればいいのだ、温めたり炒めたりすれば少し時間が経ったご飯でも美味しく食べられる。


「そ、そうなのか? んー……ありがとな」

「うん」


 置いておくわけにはいかないから洗い物、量のことよりもやたらと手伝いたがった谷内に座っておいてもらうことに苦労した。

 もう十分やったということで課題をやりたくはなかったみたいだから食べたばかりで少し早いけどお菓子とかを出してゆっくりすることにする。


「煎餅とか豆とかをよく食べているからチョコ菓子とか新鮮だよ」

「嫌ってわけじゃないでしょ?」

「ああ、だけど自分で買ったりしないからな、そこまで菓子欲というのもないから」


 ご飯もおかわりしていたものの、そこまでではないからしっかり管理できているということになる。


「だから谷内はそんなに細いんだ」

「いや、逆にこういう菓子とか高エネルギーの物を食べているのに細いゆきやこはくの方が気になるんだけど……」

「小さいのに太っていたら悲しいだけだから頑張っているんだよ」


 ゆっくりしていたいタイプなのに走ることに参加していたのはそういうところからもきている、いくら食べても太らない人間ではないからどこかで頑張らなければぶくぶく太っていってしまうだけだから。


「ん-もうちょっとぐらい肉がついていても可愛いだけだと思うぞ」

「谷内がもっと食べた方がいいよ」

「つかさ」


 あ、もうこれは食べる食べないという話はどうでもいいのだ。

 

「うん?」

「なんでゆきはずっと名前で呼んでくれないんだ……?」


 そのことか。


「特に拘りがあるわけじゃないよ、谷内が本当に仲良くしたいのはこはくだからということからでもない」


 求められていないから変えていなかっただけだ。

 こはくのことを名前で呼んでいるのも本人から頼まれたからというだけ、仲良くなれてもそこは変わらない。


「だ、だったら呼んでくれよ」

「いいよ? 沙織、これでいいよね?」

「な、なんだこのあっさり感は……」


 自分も結構気にしたりするけど細かいことを気にしすぎても疲れてしまうだけだ。

 いつものように「ありがとな」とかでいい、お礼を言うようなことでもないから「おう」とか「ああ」とか答えておくのが一番だと思う。


「来た」

「ん?」

「こはくだよ、元々お昼までって話だったでしょ?」

「あー確かにそうか……って、それでもここに来るとは言ってなかったような……」


 無理ならいいけどと付け加えた上で誘っておいたのだ。

 ハイテンションなときは相手をしやすい沙織でもテンションが下がると大変になるときが多いからこはくがいないと駄目なのだ。


「ふぅ、少し走ったことを後悔しています」

「友達と遊んでいたんだからそっちを優先すればよかったのに」


 解散になってから一時間後に、そういう誘い方をしておけばよかったと後悔した。

 こはくの人間性的に約束があるとなれば急ごうとしてしまう、夏に走れば当然汗をかくから気になってしまうだろう。


「午前だけでという話は最初からそうでしたからね」

「いやだから走る必要はないだろ?」

「いつもの癖が出てしまったのかもしれません」


 こちらもいつもの癖のせいで彼女を疲れさせてしまったことになる、後でマッサージでもさせてもらおうと決めた。


「まあいいや、これだったらこはくだけずるいって感じもしないしな」

「え、そもそもずるいと思われていたんですか?」

「冗談だよ、さ、ゆっくりしようぜっ」


 不安そうな顔をしていたこはくも会話をしている内にいつものそれに戻っていったから安心できたのだった。




「もう八月だ、なんかおかしい」


 この前夏休みが始まったばかりなのにこれだ。

 プールにいったのは夏休みが始まる前だったから始まってからは課題ばかりだった、やらなければいけないこととはいっても少し寂しい過ごし方ではないだろうか?

 大人からすれば一ヵ月以上休めるのだから贅沢を言うなという話かもしれないものの、だからこそ学生の内に楽しくやっておかなければならない気がする、後悔しても戻れたりはしないのだからまだ一日のいまから変えなければならないのだ。


「普通に時間が経過しているだけじゃないですか」

「だってこの前こはくのお誕生日をお祝いしたばっかりなんだよ?」


 このままだとあっという間に十月になって沙織のお誕生日をお祝い、そのまま十一月になって寒い寒い言いながら登校している間に十二月で一年が終わってしまいそうだ。


「そういうものですよ、早く過ぎた感じがするのは楽しかったってことじゃないですか」

「だけどもう少しぐらいは……」

「私はゆきさんや沙織さんといられて楽しいですし、満足していますけどね」


 それを言われたらこちらもそうだからこのことでごちゃごちゃ言うのは否定しているみたいでできない。


「贅沢になっちゃったのかな」

「そうかもしれませんね、いつの間に求めすぎてしまうんですよ」

「え、こはくは違うでしょ? いつだって一歩引いた感じというか、保護者みたいに見守ってくれているだけだよね」


 細かいことを気にしない方がいい的なことを考えた後にこれだから矛盾しているけどそのままにはできなかった。

「あなたは」とちゃんと言ってくれるまでは引けない、夜になっても解散にしてあげられないから早く諦めてほしいところだ。


「どこの私ですか、いつだって求めてきたじゃないですか」

「それって中途半端にやりたくないって言ったときのこと? あれぐらいなら該当しないよ。僕みたいに二人が仲良くしてほしいと考えたくせに自分のところにも来てほしい、来てくれるって考える方が、うん」


 自分のことを嬉々として下げたくないから微妙な言い方になってしまった。

 でも、逃げられないし、目を逸らして現実逃避ばかりしたくないから出していくしかない。


「お友達なんですから当たり前ですよ、寧ろ必要ないとか言われたら泣きますよ」

「そういうことを言ってほしいわけじゃなくて自分はそうじゃないって――」

「無理ですよ、あなたよりも自分のことを知っているんです」


 無根拠に大丈夫と言ったところで納得はしてもらえないだろうからでもある、が、このまま続けたところでなんにも解決しなさそうなところが容易に想像できてしまうのがなんとも言えない気分にさせてくれた。


「私は違うって言うまで離さないから」


 だからもう勢いでやってしまうしかなかった。


「ここなら暑いわけでもないから気になりませんよ、我慢勝負ですね」

「わ、笑っている場合じゃないから、だって帰ることができないんだよ?」

「別に夏休みですから構いませんよ? その場合はお風呂とかを借りなければいけませんけど」


 僕の家だけどお風呂も貸さないとか言えないし、これはもう負けが確定しているようなものだ。


「て、手強い……」

「我慢比べでは負けませんよ……って、あんまり説得力がないのが残念ですけど……」

「「はぁ……」」


 沙織がいればなんとかなることではない。

 つまり、最初から動いたところで疲労しか残らない行為だった。

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