【短編】ゴキブリファンタジー

和泉歌夜(いづみかや)

本編

 今となっては昔のことですが、ある王国の城に一匹のゴキブリが出ました。

 虫嫌いの王子様はすぐさま執事に、叩き潰すように命じました。

 すると、ゴキブリが「ちょっと待ってください!」と人間の声を出したのです。

 王子様が呆気にとられていると、ゴキブリは流暢に話を始めました。

「叩き潰す前に、どうか僕の話を聞いてください。

 僕は他より賢いゴキブリです。ご覧の通り喋れますし、人間の言葉や文字も分かります。

 僕は、ある国のお姫様が住むお城に暮らしています。

 とはいっても、カビやホコリが充実した屋根裏や忘れ去られた家具の陰にひっそりと暮らしているんですけど。

 そこでの暮らしは、最初は辛いものでした。

 僕は独身で、一匹狼ならぬ一匹虫なんですが、そこでは先客のネズミ達がたくさん住んでいて、当然他所者の僕をイジメてきました。

 本当はどこか別の所に移住した方がいいのですけど、町に行くとなると僕の事が嫌いな人間達に叩き潰される未来が見え見えですし、この城以外安定した衣食住が揃えられるのはもうないと思ったので、耐える道を選びました。

 ある日、ネズミが私の黒光りな体に嫉妬して、バラバラにしようと集団で襲いかかってきました。

 もうこれまでか――そう思った時、お姫様が助けてくれました。

 お姫様は僕をもの珍しそうな目で見て、そっとガラスの瓶に入れて部屋に飼ってくださいました。

 彼女は僕を赤子のように扱い、言葉を教えてくれました。

 僕はお姫様の期待に応えようと、努力して、喋れるようになりました。

 僕の進化に彼女は喜んでくれました。

 僕は幸せでした。

 しかし、ある時、お姫様のお母さんが私を見て絶叫して窓から投げ捨ててしまいました。

 僕は脚を骨折して、まともに動けなくなりました。

 今度こそ死を悟りましたが、お姫様が僕を拾ってくれて、今度は見つからないように引き出しにしまってくれました。

 それから何ヶ月か時が経って、いつも顔を出して挨拶するお姫様が来ないのも不審に思い、どうにか開けて顔を出してみると、お姫様は眠っていました。

 周りには国王夫妻やメイド達がいました。

「もう余命いくばくかでしょう」

 医者はそう言うと、みんな悲しみにくれていました。

 話を盗み聞いた所によると、お姫様は悪い魔法使いに呪いをかけられて、お姫様を眠らせてしまったのです。

 明日の夜明けまでに目覚めなければ、一生このまま――そう聞いた時、僕は決心しました。

 僕はすぐさま魔法使いのアジトを見つけ出して、僕の気持ち悪い見た目と素早さで魔法使いをパニックにさせました。

 追い詰めた所で僕は問いただすと、魔法使いは怯えながら教えてくれました。

 それは彼女が恋をした人とキスをする事なのです。

 ここまで来れば、なぜ僕が骨折した脚を引きずりながら、あなたに会いに来たのか、お分かりでしょう。

 お姫様が恋した人――それはあなたのことなのです。

 お姫様は私にあなたの事をよく言っていました。身も心も美しくて花のように可愛げのある人だと。

 どうか、王子様、お姫様の所へ行って目覚めのキスをしていただけないでしょうか」

 この話を聞いた王子様は心を動かされ、ゴキブリにお姫様の所へ案内してもらいました。

 ゴキブリの話は本当で、お姫様がベッドに仰向けに眠っていました。

 王子様がキスをすると、お姫様は目覚め、国王夫妻は喜びました。

 こうして、ゴキブリのおかげで、永遠の眠りの呪いから解放されたお姫様は、彼を英雄として称えました。

 それから数百年の時が経ち、ほとんどの国ではゴキブリは忌み嫌われる存在ですが、ある国ではゴキブリを見かけたら、「おぉっ! 英雄様のご子孫だ!」と崇めるそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】ゴキブリファンタジー 和泉歌夜(いづみかや) @mayonakanouta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ