第289話 「……起きちゃ駄目だよ?」
「早霧っ!?」
ガバッとベッドから飛び起きる。
昨日の夜も一緒に寝た早霧が、朝起きたら隣にいなかったからだ。
ほとんど無かった眠気も一気に飛んで意識が悪い方向に覚醒していく。
朝も昼も夜も、それこそ夢の中だってある意味ずっと一緒だったのに今朝起きたらいなくなっていたなんてそんな悪夢みたいな話があって良い筈が無い。
体にかけていた薄い生地の掛け布団が宙に舞う。
勢いそのままに俺は寝起きの身体をフルスロットルで動かして早霧を探しに――。
「さぎ、り……?」
――行こうとして、その足がピタッと止まった。
部屋の隅に見慣れた、大きなリュックサックが目に入ったからである。
早霧が一週間、俺の家に泊まりに来るときに持ってきたリュックサック。
衣服とか多くのぬいぐるみとかがぶち込まれたリュックサックの中には、早霧が自撮りを送ってきたセクシーな下着も混ざっていて、そんなもの混ぜるなと怒ったのも記憶に新しい。
その隣には綺麗に折りたたまれた紅白の巫女服が置かれていて、昨日早霧が部室で着ていた事を思い出す。
それも今日のお祭りのボランティアスタッフで着るものだ。
リュックサック、巫女服、それと周りを見渡せば早霧の部屋から引っ越して来た大勢の動物のぬいぐるみ達が俺の部屋に居座っている。
俺の部屋の中ではタッチの差で最古参な顔に傷がある灰色オオカミのぬいぐるみ、レンジの隣には早霧のお気に入りだった白い羊のぬいぐるみが座っていた。
自分の部屋なのに気づけば周りが相手に染められていたというのは、ある意味で俺と早霧と同じなのかもしれない。
「……はぁ」
そんな色々な事が頭の中で駆け巡って、本当の意味で冷静になった俺はベッドの縁に座り込んだ。
早霧の持ち物がこんなに大量に置いてある。
それはつまり、早霧は何処にも行っていない事を物語っていた。
これでリュックサックも何も無くなっていれば本当に焦ったけど、よくよく考えればトイレか何かに行ったってすぐにわかる事だろう。
それが寝起きでも、早霧がいなくなってしまったと思うぐらい、俺は早霧に毒されているらしい。
いや、毒されているというよりは自分から毒に突っ込んでいるのかもしれない。
早霧中毒と言っても良いだろう。
「……寝るか」
腰かけたベッドに背中から倒れこむ。
慣れ親しんだベッドがボフッと揺れる。
投げ飛ばした掛け布団を掴んで身体を包み、一人だけの枕を堪能する。
早霧と一緒に寝るのは幸せだし気持ち良いけど枕が一つしかないのは不便だった。
いや、実際には母さんが用意してくれた枕がちゃんとあるんだけど、早霧が俺の枕に乗り込んできて、キスをして、結果同じ枕で寝ることがほとんどだ。
二人用の大きな枕を買おうかと悩む。
言っておいてアレだけど、そもそも二人用の枕なんてあるのだろうか?
「ただいまー……」
――目を閉じながら、そんな事を考えていた時だった。
ガチャリと静かに扉が開く音がして、小声だけど確かに早霧の声がした。
やっぱりトイレか何かに行っていたのだろう。
早霧の声を聞いただけですごく安心感が湧いてきた。
おかえりと声をかけても良いけれどまだ朝早いし、早霧も俺が寝ていると思って静かに入ってきたからこのまま寝たふりをするとしよう。
どうせ寝ていても勝手に入ってくるし、変わらない。
「れーんーじー……?」
頭上から早霧の声がする。
多分ベッドの上から俺を覗きこんでいるのだろう。
俺は目を閉じているのでその顔は見えないけど、こういう時は悪戯好きな表情じゃなくて可愛く首を傾げている顔だ。
その顔が見れないのなら、やっぱり起きていた方が良かったかとも思う。
だけど寝起きに心配で飛び出そうとした疲れが今さら襲ってきたし、早霧もすぐにベッドに潜り込んでくると思うからそれで癒される事にした。
だから寝たふりを続けて、早霧を待つ。
「寝てるよね……?」
「…………」
早霧がもう一度俺にそう問いかけてきて、俺はそれを無言で肯定する。
微妙に焦らされている気分だ、なんて事を思いながら俺はジッと早霧を待って。
「……起きちゃ駄目だよ?」
「っ!?」
――シュルっと。
頭上から早霧の声がして。
服を脱ぐ衣擦れの音が、静かな俺の部屋に響き出したんだ。
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