畏怖

みいな

私の……

『私ね、好きな人ができたんだ!』


思わずコーヒーを吹き出してしまった。


「……急にどうしたの? 」


えぇ〜。いつものことじゃん、と当の本人は平然と話を続ける。


私の前でミルクティーを飲んでいる五十嵐那美とは親同士が友達で家が隣だったこともあり生まれたときから一緒だった。


必然的に、小、中学校はもちろん、高校も一緒、さらに大学までも一緒に進学し毎日他愛もない話をしながら過ごしていた。


そして今、二人で以前から気になっていた喫茶店に入り、今日あったこを話して、恋バナに変わったところである。


「誰?」


『理学部の青野遥くん。望愛、同じ学部だよね? 私も法学部じゃなくて理学部にすればよかった』


「那美、明るい人が好きじゃなかった? 青野くん、おとなしい人だ思うけど……」


『私、好きな人のタイプが変わったのかもしれない。青野くんはね、すっごくかっこよくて、やさしくて、いっつもメガネかけてるの。そこがまた知的な感じでいいんだよねぇ。

あと、前に私が、教科書落とした時に拾ってくれたんだけど、渡す前に手で汚れを払ってから渡してくれたの。多分その瞬間に一目惚れした。

……そういえば、望愛は好きな人できた?」


唐突に聞かれ、思わず目をそらしてしまった。


『あら? あれれ? この反応は、いるよね? 山本さん! 十八年以上一緒にいるからね、私は。たとえ他の人は騙せても私は騙せれないよ』


「...名前は言わないけど。すっごく可愛いの。天使みたいでよく笑ってて、その人の周りだけ花が咲いてる感じ……これぐらい、話せるのは」


そっと目を開けて那美を見ると、そこには那美が号泣している姿があった。


「ど、どうしたの? なんかへんなこといったけ?」


『……違うの……望愛が……やっと好きな人で来たから……嬉しくて……ずっと心配してたの。

もしかしたら望愛は一生結婚できないかもって。でも良かった。ちゃんと好きな人がいたんだね。安心した……ねぇ、もし望愛に彼氏ができても私のこと忘れないでね。私も彼氏できても望愛のこと忘れないから』


「あ、当たり前じゃん! 絶対忘れない。てか、これからもずっと一緒にいるのに忘れるわけないじゃん。約束ね!」


うん、と言いハンカチで涙を拭いてチーズケーキを食べ始めた那美は、しばらく考え込んでいた。


そして、急に私の手を両手で包み込んで言った。


『望愛、私達一緒に結婚式あげよう! それで、二人でバージンロードを歩くの。

どう? いいと思わない?』


二人でバージンロードを歩く、か。


「……いいじゃん! 一緒に結婚式あげよう!」


『やったー! 嬉しい!』


それから那美はずっと上機嫌だった。






次の日、那美は理学部の施設にやってきた。


目的はもちろん、青野くんに会うため。


『私、今日ご飯行けるか聞いてくる。望愛も一緒だよって言っていい?二人だと緊張しそうだから』


いいよ、というと那美は一目散に青野くんのところへ走っていった。


可愛いなぁ、あたふたしてて。


……あ、顔赤くなってる。頑張れ、那美!


数分後、望愛は満面の笑みでスキップをしながら帰ってきた。

上手くいったみたい。


『望愛! 今日一緒にご飯行ける! 望愛も来るって言ったら青野くんも友達連れてきてくれるって。何がいいかな〜、お肉好きなんだって』


「お鍋とかは? しゃぶしゃぶとか。那美、食べたいっていってたじゃん」


そして初めての四人でのしゃぶしゃぶはとっても楽しくてあっという間だった。


青野くんの友達は瀬川優馬くんと言い、明るくてフレンドリーな人だった。


青野くん達と別れ、那美と並んで色々話していると家についた。


『今日はほんとにありがとう……じゃ、また明日。おやすみ』


「おやすみ」


私は心の中にある一つの感情が渦を巻いていることに気がついた。


だめ、この感情は。絶対に。


私はこの感情を箱に閉じ込めて蓋をして私の心の中に沈めて二度と浮き上がってこないようにした。






那美が理学部の施設によく来るようになり青野くんとしゃべれるようになった数週間後、私が廊下を歩いていると後ろの女子の会話が聞こえてきた。


ーーねえ、またあの子いる。ほら、ベンチのーー


ベンチがある中庭を見てみると那美が青野くんとベンチに二人で腰掛けていた。


ーーー法学部の五十嵐那美だよね。うちらの学部の山本望愛とよく一緒にいるーーー


ーー絶対青野くん狙ってるよね。那美って子、可哀想ーー


ーーーあ〜、青野くんって確か瀬川くんと付き合ってるんだったよねーーー


ーーそうそう。最近から。もう親公認なんだってねーー


ーーー青野くん鈍感みたいだから、友達としてとしか思ってないよねーーー


ーー那美って子、可愛いからなおさら可愛そうーー


ーーーなんか、普通は男子と喋ってたら、なにあれってなるけどーーー


ーーあの子はもうその域超えてるよねーー


ーーー可愛いのほうが勝るーーー





……なんてことを聞いてしまったんだろう。


那美に教えないと。このままじゃ那美が傷ついてしまう。


……でも、どうやって? 那美を傷つけたくないようにするには……




そうしていつものように那美と一緒に歩きながら家につき一晩中考えた。


ある一つの結論に至った。


青野くんに直談判に行く。


那美には悪いけど、これしかない。






朝、講義室へ入ると、青野くんと瀬川くんはもう来ていて二人で話をしていた。


二人がが私に気づいて挨拶してくれた。おはようと言いながら青野くんに近づき彼の耳元で囁いた。


「青野くん、話があるの。今時間ある? なかったら講義がおわったあとでもいいから屋上に来て」


青野くんは静かに言った。


「「今、暇だから大丈夫だよ。屋上行こう。優馬、ちょっと屋上行ってくるね」」


『『おう、いってらー』』


無言で階段を登り屋上についた。


良かった。先客はいないみたいだ。


「「それで? 話というのは?」」


私は深呼吸して話し始めた。


「回りくどいのは嫌だから単刀直入に言います。那美に勘違いさせるのをやめてください。青野くん、彼氏いますよね? 彼氏がいるならはっきりと態度で示してください。じゃないと――」


ガチャッ、と音がして見てみると瀬川くんと那美が立っていた。


やっぱり来た。さっきの耳元で話したのが効いてよかった。


『青野くんと望愛、何してるの?』


私が青野くんに告白しているとでも思ったのだろう。那美は顔を真っ赤にし泣きながら怒っていた。



『『五十嵐さん、落ち着いて。さっき、教室に五十嵐さんが来て、屋上に二人でいったと言ったら走って行っちゃって……で、なんで遥が泣いてるのか山本さん、説明してもらおうか』』


見ると青野くんも泣いていた。


私が喋りだすよりも先に青野くんが口を開いた。


「「五十嵐さん、ごめん。全然、気づかなかった。今更で悪いとは思うけど、僕、瀬川優馬と付き合ってるんだ」」


那美はその場で泣き崩れてしまった。


私は慰めようと傍に駆け寄ったが、手を振り払われた。


『望愛、知ってたの?』


「……昨日、偶然後ろの女子たちが話してる内容が聞こえてきて知った。那美が傷つかないようにしようって考えた結論が青野くんに直談判しに行こう、だったの。ごめん」


『そんなことしなくていいから。先に私に教えてよ。なんで勝手なことするの。意味分かんない、望愛なんか大嫌い。二度と私の前に現れないで』


そう言い残して那美は階段を駆け下りていった。


追いかけたかった。できることなら追いかけたかった。でも、足が動かなかった。


『『山本さん、実は今日俺も遥に言おうと思ってたんだ。山本さんと五十嵐さんの仲を引き裂いたみたいになっちゃってごめん。どう償ったらいいか』』


「大丈夫です。先に青野くんを連れて帰ってもらってもいいですか? 那美は友達として仲良くしてあげてください。私からのお願いです」


『『わかった。今日の講義は休んだら? 体調不良って言っておくよ。遥、行くよ』』


「「山本さん、ごめんね」」


「…大丈夫」


それだけ会話するので必死だった。


誰もいなくなったことで気が緩んだのか、涙が溢れて止まらない。


ねぇ那美、いつだったかな。帰り道に寄った喫茶店で那美が好きな人教えてくれた時に私もちょっと話したよね。


すっごく可愛くて、天使みたいで、その人の周りだけ花が咲いてるって。


あのときは3つしか言えなかったけど、他にもたくさん好きなところがあるの。


素直で嘘をつけないこと、遊んでるように見えて毎日勉強して努力してることとか。


あなたには私だけ見てほしい、私意外とふたりきりにならないでとか、他の人と話すのもいっしょにごはんたべるのも嫌とか、私がはっきり言えたら違ったのかな。


ううん、どっちにしろ嫌われてたよね。


大好き。何度、直接あなたに言いたいと思ったことか。


あなた以上に愛しい人なんていなかった。


あなたが悲しかったら私も悲しかった。


あなたが幸せだったら私も幸せ。


でもこの気持ちはあなたには一生届くことはないだろうから、今日箱に閉じ込めて蓋をして私の心の中に沈めます。


そう、あのとき沈めた”嫉妬”という醜い感情とともに。


なんで今更気づいたんだろう。


あなたが幸せだったらわ私も幸せ、そんなわけ無いじゃん。


私のこと、好きになってほしかった。


嘘でもいいから、あなたから私に対して好きって言ってほしかった。


喫茶店でこう言えばまた違う未来だったのかな。



「私の好きな人は、那美だよ。」










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