第18話 俺は勇者の行動を報告する係員だ!

俺は勇者を見送った。足取りはしっかりしている。あの様子なら大丈夫だろう。モブマントから顔を出し、店に入り再びテーブル席に戻ると、客が少しだけざわつく気配を感じた。


「さて、勝負再開しますか」


今、手元にあるチップは1万Gを越えている。もう2回だけ勝負して稼げば俺の勝ち分は3万Gになる。


これだけあれば逃亡するのに必要な路銀としては十分足りるだろう。


この店はさっき勇者から20万Gも巻き上げたのだ。俺が3万Gもって帰ったところでなんの影響もないだろう。ちょっとついてる客としてそんなに目立たず、堂々と店を後にできる。


カードをめくった。


5000G 敗北。


その後も俺は負け続け、気づくと1000Gのプラスのところにまで落ちてしまった。ディーラーの手先を注意深くみた。降りるか勝負するかそのタイミングを完璧に見極めた。ぬるくなったレモンジーナを喉に流し込んで、気分を落ち着かせた。


だが何度挑戦しても結局1000Gプラスのところにまで戻ってきてしまうのである。


「その辺でやめといたら?」


後ろから誰かに声をかけられたが、無視だ 勝負の最中にちゃちゃいれんな。


少し勝った! がそのあとすぐ負けた。


結局1000Gのプラス。


あーもう!何で勝てないのだ?


俺は大きくため息をついてテーブルに突っ伏した。あー疲れた。さっきの勇者と同じ状況である。目を閉じ、じーっとしていた 体を動かす気力がない。


「ふふっ、なかなか勝てませんねぇ」


ディーラーが話しかけてきた。あーもう、うるせえな。


「どうしてそんなにお金がほしいのですか?」


はぁー?そんなことお前に関係ないだろうが。


「あなた、仕事きちんとしている人ですよね」


なんでわかるんだよ、あーそうだよ俺は仕事においては真面目だよ。ディーラやってるとそんなことまでわかるんですか


「・・・なぜあなたが勝てないかわかりますか?それはね、後ろの人があなたの勝負手を私におしえてくれるからなのですよ。通信機をつかってね」


戦慄が走った。相手がイカサマをしていることを打ち明けたからではない。ディーラーのセリフ「通信機をつかってね」この部分だけはっきりと聞き覚えのある声だ。


後ろから「ピィちゃん、だめだよ。こんなとこで遊んでたら」とこれまた聞き覚えのある声。


さらに横から「こんな店でレモンジーナ頼むやつ、いねぇよ、多分お前がはじめてだわ」と女性の声。


俺はゆっくり顔を上げた。そこにいたのはサティアンだった。モブマントを着用しているが、フードだけは俺と同じく捲り上げている。俺が今までディーラだと思っていた男はサティアンだったのか。


モブマントで顔が認識できなくなるのは身をもって証明済みだったが、自分がやられるとは


「まぁ一旦でましょうか」


俺は3人に囲まれ、賭博場の外に出た。歩きながら俺は自分の間抜けっぷりに気づいた。勇者の近くにこいつらがいるのは当たり前じゃないか。なんで気がつかなかったのだろう。俺は勇者が賭け事に熱中しているのを見つけたとき、すぐこの場をはなれるべきだったのだ。


「単独行動はいけませんねぇ」


サティアンはいつもの調子で話し始める。どうゆう感情で話しているのか、まったくわからない。


賭博場から歩いて徒歩5分、宿屋「逢引」についた。勇者はここ数日、この宿屋で暮している。この手の宿で一つの部屋に4人で利用するのは昨今ではそんなに難しいことではない。一番広い部屋に入る。


窓口の人が「おーおーきたよきたよ、すけべぇどもが」とも言いたげな顔をしてくるかと思ったが、特に何も起こらなかった。


勇者の部屋の前を通るとなぜか女性の声がした。あいつ、1人旅だったよな?


サティアンは俺からの報告書を読んで満足げな様子で、これからもよろしくたのみますよといった。賭博場での報告書が評価され、逃げ出したことは不問ということか?


「これさっきの必要経費だ」


匿ちゃんが1000G紙幣を俺に渡してきた。王様の顔が印刷されている。


「必要経費ってなんですか?」俺は恐々口を開いた。


「お前、勇者に車代を払ったろう、精算だよ」


いいのか?


「ちょうどチップを1000G残したでしょう」


あ、そうかサティアン・・・そんなことまでできるのかあいつは。


わざと1000G残させて、すごいやつだ。俺はあっけに取られ、紙幣に描かれた王様をぼーっとみつめた。そして、この王様がこの国を支配しているのだということに、普段はまったく気がついてなかったことを思い知らされた。


俺はこの3人を甘く見ていた。逃げることはできない。もうここまできたら勇者とともに最後までこの国のために働こう!俺は今から鍛冶職人ではない!


「なあ、コレお前のよりよさげじゃね?」


ミサ姉さんがアイテム棚から、何か卑猥な形をしたものを取り出して匿ちゃんに見せ付けている。


「・・・」


徳ちゃんは岬を無視して冷蔵庫からノンカロリーのコーラを取り出す。


「無視スンナ、つまんね」


俺はこの国を人知れず見守り続ける!


「あれ、何だこの箱?閉まらない」


「一度開くと課金されて、もう戻せないんだよ」


そして俺は!勇者を正しい方向へと導くのだ!


「はぁ!?マジかよ」


「お前それ、もって帰れよww」


俺は勇者の行動を王様に報せる係員だ!


「岬さん、それはあなたが支払ってくださいね」


「俺はコーラの代金ちゃんと払うからな、お前も払えよ」


馬鹿なやり取りをしている同僚を背に、俺は決意を新たに誓った!


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