第2話 家から近い学校に通えばよかった。

 翌朝、8時22分。


 うちの高校の登校時間は8時30分までなので、ギリギリというわけでもなく、かといって早いというほどでもない、そんなちょうどいい時間に学校に到着する。

 そして、毎朝のように陥っている思考を今日もまた巡らせる。

 

 なぜ、学生の朝はこんなに早いのだろうか。


 なぜ、俺は家から近い高校を選ばなかったのだろうか。


 俺の家から学校までの登校時間は電車と徒歩で約30分。8時30分までに着くためには、最寄駅で8時過ぎの電車に乗る必要がある。朝起きてからの諸々の準備の時間を考慮すれば、7時30分には布団から出なければならない。どちらかと言うと夜型で朝に弱い俺は、おかげで毎朝苦労しているというわけだ。

 

 登校しても尚なくならない眠気とともに席に着くと、昨日隣の席になった百合瀬が話しかけてきた。


「八城くん、おはよ〜っす」


「お、おはよっす?」


 とりあえず、真似て返事をしてみる。

 すると、百合瀬と話して体を後ろに向けていた望月もこちらに片手を軽くあげ、


「やあ」


「やあ?」


 こちらも真似て返事をしてみる。

 どうやら彼女らの挨拶はなかなか独特のようだった。


「昨日あの後ね、しずくがツボに入っちゃったらしくて、なかなか笑い止まらなくて大変だったんだよ」


 百合瀬がおかしそうにクスクスしながら言う。


「へー、そんなに面白いことがあったのか」


「いや、君だよ君」


「ふふ、やっぱ八城は面白いね。この私が認めてあげる」


「ど、どうも……?」


 なぜか望月に認められた俺氏。妙に上から目線なのが気にならなくもないが、褒められてるっぽいので、まあ良しとしてやろう。


「たしかに、しずくが自分から男子に絡みに行くなんて珍しいよね」


「多分、高校入ってからは初めてだと思う」


「一年以上あって?」


「じゃあ、八城。最後に自分から女の子を口説いたのはいつ?」


「何度も口説いたことあるみたいな前提で聞いてくるな」


 一度もないが。


「いつー?」


「話しかけた、ってことでいいな?えー、そうだな……」


 望月に言われ、ここしばらくの学校生活を振り返ってみるが、二年生になってから女子に話しかけた記憶はない。そのため、一年生の時まで遡っていく。そして、遡りに遡り続けて、ふと気づいてしまった。


「男女関係なく、高校に入学してからまともに会話したのって漆間先生だけなのでは……?」


「「えっ」」


 もちろん、事務的な会話をすることは度々ある。しかし、普通の雑談のような会話をちゃんとしたのは、担任の漆間早苗先生(彼氏募集中)ただ一人。それに漆間先生とも自分から会話をしにいったというわけではなく、呼び出された時に途中で話が脱線して雑談をするという流れがほとんどなので、自分から話しかけにいったという意味では、本当に一度もないかもしれない。


 そんなことを考えていると、百合瀬と望月の二人がなぜか憐れむような目でこちらを見てくるではないか。


「私たち、もう友達だからね?」


「きっと、これからいいことあるって」


「おい、可哀想なものを見る目を向けてくるな。まじで気にしてないから」


 実際、これまで気づかなかったくらいだ。別に人と関わらなくても気にせず、それなりに楽しくやっていけるタイプ。一人ならではの楽しみ方があるのだ。


 しかし、そこまで人と関わることがないなんて信じられない二人からすれば、どうやら強がっている風に見えたようで、


「あ、今日の英語の課題やった?見せてあげるよ。ほら、友達だしね?」


「はい、私イチオシのお菓子あげる。これまじ美味しいから」


「……」


 美少女二人からの善意100パーセントの優しさに、俺は死んだような目をするのだった。本当に気にしてないのに……。


 ちなみに、英語の課題は見せてもらったし、イチオシのお菓子はまじ美味しかった。めでたしめでたし。


 その後、教室に足早に駆け込んできた相沢。


「あぶなー、ギリギリセーフ……」


 8時32分。ギリギリ遅刻です。



◇◇◇



 時計の針は進み、昼休みになった。


 購買で買った菓子パンをもぐもぐ。イヤホンを装着し、YeahTubeで最近お気に入りのMVを眺める。


 ちなみに愛用しているイヤホンは、iphoone付属品の白いイヤホン。音質にも満足しているし、何より軽くてつけやすいのがいい。巷では数万円するワイヤレスイヤホンが好まれているようだが、個人的にはノイズキャンセルされすぎていて、逆に落ち着かないというか、何というか。周囲の雑音がほどほどに耳に入ってくるくらいがちょうどいいというか。


「ねー、なに見てるの?」


 前からほどよい雑音が聞こえてくるが、今の俺は聴いている音楽とともに感傷に浸っていたい気分なので、聞こえていないフリをする。


「あれ、聞こえてない?」


「そのイヤホンけっこう周りの音入ってくるはずだから、聞こえてると思うよ」


 右隣から聞こえてくる雑音には、バレている様子。勘のいいガキは嫌いだ。


 すると、右斜め前の雑音が、


「聞こえてないなら、八城が女たらしってこと言いふらしてもバレないかな?」


「だから、なんで俺が口説きまくってる前提なんだ。漆間先生としかまともに話したことないって言っただろ」


「ほら、聞こえてるじゃん」


「え、やしろん、漆間先生のこと口説いてるの?」


「『漆間先生』『口説く』の2単語だけ聞いて曲解するな!」


 ひどい曲解をしてくる前担当の雑音こと、相沢雅。


「年上の美人なお姉さん、いいよね、分かる分かる。ちょっとあれなところはあるけど」


「勝手に分かるな!」


 謎に理解者ムーブをしてくる右斜め前担当の雑音こと、望月しずく。あと漆間先生のあれなところは、ちょっとじゃない気がするが。


「禁断の恋ってやつ!?」


「うっさい、右担当!」


「み、右担当……?」


 俺にこんなにツッコませるとは、なかなか変な奴らだ。

 いつもより声を出していたせいか、喉が乾いてきた。食後のアイスコーヒーでも買って来るとしよう。


「ちょっと、どこ行くの?右担当の意味が気になりすぎるんだけど!?」


 教室を出ようと歩いていると、数人の男子グループの近くを通った時、こんな声が耳に届く。


「陰キャが百合瀬さんたちと話すなよ」


「なんか調子乗ってるよなー」


 タイミング的に、わざと聞こえるように言ったのだろう。


 まったく、ノイズキャンセル付きのイヤホンでも着けとくべきだったか。

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