第9話 始まるようで始まらない

「というわけで、ちょっと一旦話し合おう」


 さぁ! と凄む。

 まさに『膝を突き合わせる』状態である。物理的に膝がぶつかっている。いや、狭いのよ、このテント。マジでさ。なぁ、この広さで野郎二人が寝るの無理じゃない? かなり密なことにならない? もしかしてこれも舞台装置的な役割を果たしてない? ボーイズのラブに一役買ってない? こちら、Lサイズに変更可能でしょうか?!


 きちんと正座をしたスロウは、強く握って真っ白になっている拳を膝の上に置き、ぐぅ、と唸った。


「ぐぅ、じゃなくて。何とか言えよ。初夜って何だ。あのな、確かに俺達は何かこう、よくわからんうちに婚姻関係を結んじまったけど、それはアレだ。事故みたいなもんだ。そうだろ? だってお前、あんな折り紙で頭をパサァってしただけで夫婦契約とかさ」


 正式なやつは違うんだろ? そう問い掛けると、それはそうだと返って来る。


「そもそも正式なやつってどんな感じなんだ。もしかしたらお前も混乱してるだけで、実は肝心なところが違うとかないか? そしたらノーカンってことになるんじゃないか?」

「そんなわけないだろ」

「いーや、わからん。俺は抜け道を探し出してみせる。ちょっと正式なやつを言ってみろ。緑色の紙で? 頭をこう、か?」


 そう言って、手で頭を撫でるようなジェスチャーをする。すると、スロウはふるふると首を振った。


「正式には紙ではなくて、これくらいの大きさの――」


 と、両手の人差し指と親指を使って、五センチ四方の四角を作って見せる。


「緑色の布をな、ジュマリという植物の蔦で折るんだ。それを十六枚繋げて、さっきタイガが尻から出した紙のようにする」

「おい、尻からとか言うな。ポケットだわ。尻からは出してない」


 それに、緑のやつは胸ポケットから出したやつだったろ。悪意のあるミスリードやめろ。尻に結び付けるな。俺だってその世界が尻と密接な関係があることくらい知ってるからな?!


「まぁ細かいことは良いだろ。それで、その布でな? こう、頭をサッと撫でるんだな。精霊というのは、召喚士の頭上に宿っていると言われている。まぁ実際にそこにいるかは疑わしいものだが。現に僕の精霊達はそんなところにはいないと言っていた」

「それで、頭をその布で撫でると」

「頭上に宿る精霊の一部を削り取って、自分のものに出来る、っていう」

「削り取るとか言うなよ。怖いから」


 少なくとも、ゴウさんとソヨさんは無事だった。どこか身体の一部が欠損しているとかそんなことはなかったはずだ。だからまぁ、『削り取る』というのは、肉体的なやつではなくて、能力的な部分を指すのだろう。


「とにかくわかった。正式にはその、何とかっつー布なんだろ? 色と形が似てるからっていくら何でも紙と布じゃあ全然違うだろ。うん、やっぱり無効だ、うん」


 よし、そうだよ。

 イケるイケる。

 確信を持って強く頷く。

 

 が。


「ジュマリで織った布を使った儀式なんて、もう何十年も行われていない。大昔、ジュマリの生息地に大規模の火災が起こってな、ほとんどが焼失したんだ。だからいまは代わりの、緑色に染色した布だったり、色を塗った紙を使ったりもしている」

「何だと?」


 重要なのは素材じゃないってこと?


「だけどさ、そんな代用でも契約って簡単に出来てしまうものなのか? その、何だ、そのジュマリとかいう植物に特別な力があるとかじゃなくて? そんなただ緑ってだけの布やら紙なんて」

「ジュマリ自体には何の力もない。ただ、精霊達が好む色ってだけだ」

「えっ、そうなの」

「そうだ。それで、さっきの緑がまさにそれだった」

「色が重要なのかよ」

「まぁ、そういうことだ。緑は自然の色、命の色だ」


 おい、日本の折り紙メーカー、異世界の植物と同じ色にしてんじゃねぇぞ。ちゃんと裏面に注意事項を載せておけ。異世界人の――それも精霊召喚士の頭を緑色の布で叩かないでくださいとか! これが某訴訟大国だったらどえらいことになるぞ?! 俺が訴訟一号ってことでよろしいかな?!


「クソッ、てことは抜け道はないのか。まさか折り紙一枚で婚姻が成立してしまうなんて……。まぁ実際の結婚も紙切れ一枚で成立するけれども」


 いや、諦めるな俺。

 何かあるはずだ。

 どうにか出来るはずだ。

 諦めるな。

 

 婚姻がもうどうしようもないってことなら、いっそいったん受け入れて離婚の手続きをすれば良いのでは? まさか異世界で戸籍にバツがつくとは思わなかったが致し方ない。


 ブツブツとそんなことを言っていると、「タイガ」とスロウが口を開いた。しゅんと眉毛を下げて肩を落としている。


「異世界人の君には受け入れがたい話かもしれないが、僕達精霊召喚士にしてみれば、精霊というのは身体の一部みたいなものなんだ」


 ぽつり、と語る彼の声にさっきまでの勢いがない。

 

「特に僕は、認めたくはないが、その、取り得といえば精霊を呼び出すことくらいだ」

「うん、まぁ、知ってる」

「あいつらはここ最近反抗期なのか、ちっとも僕の命令を聞かなくて」


 まずその『あいつら』みたいな呼び方も駄目なんじゃないだろうか? 精霊って、この世界では敬うべき存在なんじゃねぇの? 呼び出したからってこっちが上とはならないんじゃないのか?


「もしタイガがどうしても僕との婚姻関係を解消したいというのなら――」

「出来るのか?!」


 婚姻解消の言葉に、つい食い気味に反応してしまう。スロウはその勢いに驚いた顔をしたが、「もちろん」と返してきた。よっしゃ、解消出来ることがわかってとりあえず安心だ。ただちょっと悲しそうな顔をしたのが意外である。お前ももっと喜べよ。理想のプロポーズがあるって言ってたろ。仕切り直せるんだぞ?


「ただ、すぐには出来ない。最低でも半年はかかる」

「半年か……」


 でもまぁ、仕方ないかそれは。依頼をこなしたり、ここでの生活基盤を整えたりしているうちに、半年なんて案外すぐに経つかもしれないしな。


「それで、そのタイガに共有された精霊達だが」

「え? あぁもちろんその時はちゃんと返すって」

「助かる。……と言いたいところだが、あいつらが拒めばそうもいかない」

「え?」

「最終的に決めるのは精霊側なんだ。だから、あいつらがタイガの方に移りたいと思えば、僕の方から出て行ってしまうんだ。完全にタイガのものになる」

「えっ、もしそうなったら……」


 お前に何が残るんだ?!


 ついうっかりそう口を滑らせてしまうと、彼は悲痛な面持ちで「そうなんだ」と項垂れた。ポンコツ精霊召喚士から精霊がいなくなったら、それはもうポンコツしか残らないじゃないか!

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