第82話 急転直下

 スフィアは建設途中とはいえ、規模が規模なので結構な数の労働者と警備員が存在する。

 海賊が入り込んできた時に備え、旧式の船による艦隊や、各種砲台なども設置されている。


 「聞いたか? 皇帝陛下がこんな辺鄙なところに来たってよ」

 「へぇ。代理の人物は少し前に来たのに、なんでまたわざわざ」

 「知るかよ。とりあえず、失礼がないようにしないとな」

 「礼儀正しく、か。あー、怖い怖い」


 銀河の三分の一を支配しているセレスティア帝国。

 その皇帝ともなれば、些細なやらかしであっても処罰されるには十分な理由となる。

 貴族ならまだ見逃してもらえる可能性はあるが、平民はそうもいかない。

 警備員たちは談笑しつつも、非常に厄介な来訪者に備え、慌ただしく動いていく。


 「あれが、皇帝陛下の船……」

 「でかいな。五キロくらいあるか?」


 やがて二十隻の護衛と共に、皇帝専用の巨大な船がやって来る。

 その威容は圧倒的であり、たった一隻であっても生半可な艦隊を返り討ちにできそうなほど。

 少しずつスフィアに近づき、ドッキングが行われると、近衛兵が最初に入ってくる。

 それはパワードスーツを着た、選ばれた者たち。

 警備員程度では太刀打ちできない装備に身を包んだ、皇帝の身を守る存在。


 「そこの者。警備員はどれくらい存在している?」

 「ええと、確か千人ほどになります。この場には十人ほどですが」

 「そうか。具体的な人数を教えてくれて感謝する」


 ドン!


 お礼の言葉のあと発砲音が響く。

 近衛兵が、スフィアの警備員を撃ったのだ。


 「な、なに、を」

 「皇帝陛下は、この星系にいる者を危険分子と決定した。排除する」


 ビームではなく、あえて火薬による銃器を用いた攻撃。

 いきなりのことに、その場にいた警備員は全員が床に崩れ落ちる。

 すぐに警報がスフィア全体に鳴り響くと、異常事態が起きたことを伝えていく。




 「馬鹿な! いったい何が理由でこのようなことを!」


 スフィアの責任者たるエルマーは叫ぶ。

 監視カメラからの映像を目にし、あまりにも一方的な攻撃に、困惑と怒りを隠せないでいた。


 「映像の中の近衛兵からは、危険分子という言葉が出てきたが」


 メリアの質問に対し、エルマーは舌打ちをする。


 「心当たりはない。帝国内部にいる親皇帝派と反皇帝派。この二つの派閥のどちらにもつかず、勝ちそうな方を選ぼうと見極めていた」

 「安全圏からのんびりしていたら、皇帝陛下自ら潰しにかかってくる。とんでもないことだね」

 「笑い事ではないぞ。私だけでなく、お前の命も危ういのだから」


 話している間にも、エルマーは端末越しに指示を出していた。

 旧式の艦隊が動き、砲台も発射に備える。しかし、本格的な攻撃は行わせずに待機させた。

 なぜかこれ以上仕掛けてこないため、手を出すに出せない。

 そして生き残っている警備員には完全武装の上で守りを固めるよう伝えたあと、皇帝の乗っている巨大な船へと通信を行った。


 「こちらはリープシャウ伯爵家当主、エルマー・フォン・リープシャウである。突然の攻撃、いったいどのような理由があって行われるというのか!?」

 「……皇帝陛下が出られるそうなので、お繋ぎします」


 わずかな沈黙のあと、オペレーターらしき人物からの音声が聞こえたかと思うと、映像通信に切り替わる。


 「リープシャウ伯爵。威勢の良いことだ。その若さは眩しく思える」


 画面上に現れるのは、くたびれた印象を受ける初老の男性。

 赤みがかった茶色の髪は短く揃えられ、ヒゲの方は見苦しくならない程度に伸ばしてから整えてあった。

 髪と同じ色をした目は、どこか微笑ましそうにこちら側を見ている。

 一見すると皇帝には思えない人物であるが、彼こそ、現在のセレスティア帝国における皇帝であることは疑いようのない事実であった。


 「……宇宙に選ばれた存在であり、この銀河に繁栄と安寧をもたらす唯一の方である皇帝陛下の臣として、質問がございます」

 「くだらない前置きはいらない。私自身に価値はあまりない。結局のところ……いや、この場で言うことではないか。それで、どのような質問かな?」

 「スフィアの建設は、我がリープシャウ家が帝国から任された事業であります。建設が進むのに合わせて、各種のデータを送り、視察団の来訪も定期的にありました。私自身、皇帝陛下にお仕えする貴族であるにもかかわらず、どうしてこのようなことをなされるのか」


 エルマーの声は震えていた。怒りからか、緊張からか、あるいはその両方か。


 「リープシャウ伯爵。君のことはそれなりに調べてある。親皇帝派、反皇帝派、そのどちらにも加わらずにいた日和見な貴族。しかしながら、どちらとも一定の親交を保ち、いつでも入ることができるよう備えていた。なかなかの世渡り上手だ」


 帝国の皇帝は、笑みを浮かべたあと何かを探すように視線を動かした。


 「そんな君に転機が訪れる。姪のソフィアという少女が公爵位を相続したこと。これにより、彼女の幼さもあって公爵の様々な資産を君が利用できる状況となった。全面的ではないとはいえ」

 「……もちろん話し合って協力を求めましたとも」

 「それについてもどうでもいい。重要なのは、リープシャウ伯爵という日和見な貴族が、どちらの派閥にも入ることなく、それなりの勢力になり得るという部分」


 それはまるで、二つの派閥のうち、どちらにも入っていないことを非難するような言葉だった。


 「これは見過ごせない。それゆえに直接訪れた次第である」

 「そ、そのような理由で……」

 「いけないかな? それが許されるのが帝国の皇帝であるわけだ」


 どれだけ無茶であっても、帝国の中において皇帝は絶対。

 そうすると決めたなら、逆らうことなどできるはずもない。

 エルマーは画面に映らないよう顔を下に向けると、軽く顔をしかめたあと、何か考え込むような表情になった。


 「さて、これ以上何か言えることがないなら、そろそろ切るが」

 「……お待ちください。このスフィアには、フランケン公爵が滞在しています」

 「ふむ。彼女は幼い。特例として、彼女と彼女に仕える騎士は見逃しておこう。それに、公爵を亡き者とすることは色々と影響が大きい」

 「他には、出稼ぎに来ている民間人たちの存在もありまして」

 「平民は減ってもまた生産すればいい。たった数千人だ。それに、平民に紛れて逃げられても面倒だ」


 あまりにも冷徹過ぎる判断であるが、人工子宮により安定して人を増やせるため、国という大きな枠で見るなら痛手はほとんどない。

 そしてそんな判断を耳にしたエルマーは、意を決して顔を上げる。


 「この身に最期が訪れる前に、お聞かせ願いことがございます」

 「申してみろ」

 「誰の差し金で行うのですか?」

 「その言葉の意味がわかっているのか?」

 「これ以上もなく」


 もはや自分の命は助からない。

 救援は呼んだところで間に合わず、今ある戦力だけでは、近衛兵に勝つことは不可能。

 だからなのか、エルマーはどこか開き直った態度で通信画面を見つめていた。


 「……通信というのは記録が残る。リープシャウ伯爵と私のやりとりは、しっかりと残るわけだ。今の言葉、処罰するに相応しいものである。では、切るぞ」


 皇帝は誰によって動かされているのか?

 それを本人に問いかけることは、普通なら非常に危うい行動である。

 だが、皇帝自身の反応を目にしたエルマーは盛大なため息をついたあと、今まで静かにしていたメリアやソフィアの方に顔を向ける。


 「まったくもって腹立たしいことだが、私は今日この場で死ぬことになった」

 「お、叔父上、そんなにあっさりと受け入れることができるのですか?」

 「受け入れる以外はない。皇帝陛下が引き連れている戦力にはどう足掻いても勝てないのだから。ソフィアは、アスカニア家に仕える騎士を集めて安全なところで待機していろ」


 そう言い放ちながらも、エルマーは端末を通じてスフィア内部の様子を確認しつつ、警備員や自分に仕える騎士に指示を出していく。

 戦力差は圧倒的であり、どうあっても死は免れない状況ながらも抵抗する意思が存在するのを見て、メリアは声をかける。


 「あたしはどうするべきだと思う?」

 「助かりたいなら、ソフィアの騎士ということにして紛れてしまえばいい」

 「ところで、民間人を騎士にすることは可能かい?」


 メリアがそう言った瞬間、エルマーは今まで見せたことのない表情をする。

 他人に見られると笑われるほど間抜けなものであり、慌てて表情を戻した。


 「おや、面白い表情もできるようだね。さすがは伯爵様といったところか」

 「……可能か不可能かで言えば、可能ではある」

 「皇帝の気が変わって殲滅する可能性は?」

 「普通の皇帝だったらあり得る。しかし、あの皇帝ならそれは心配しなくていい」

 「どういうことか説明を」


 端末の中では、皇帝からの指示を待っているのか、近衛兵は未だに動かないでいた。

 エルマーはそれを見てからメリアの質問に答える。


 「誰の差し金で行うのかという質問をした。すると返ってきたのは、通信は記録が残るというもの」

 「普通なら、皇帝相手にそんなこと言ったら怒りそうだ」

 「だが怒らなかった。それどころか、言葉を選んでさえいた。つまり、今の皇帝の後ろには何者かが存在する」

 「そういえば、私自身に価値はあまりない、とかも言っていたね」


 メリアがそう口にすると、エルマーは数秒ほど黙ったあと話を続けていく。


 「普通なら有力な貴族の傀儡になっているとでも思うところだが、今の皇帝は怠惰でありながらも割と好き勝手に動いている」

 「今回のような一件を勝手にやらかしたら、色んなところが慌ただしくなるか」

 「誰にとっても利益はない。あえてあるとするなら……親皇帝派と反皇帝派で帝国を二分することが目的か?」

 「誰が何の目的で?」

 「知るか。こちとら殺されるんだぞ」


 舌打ちしつつ、床を強く蹴る。

 それは伯爵としてはよろしくない行動だが、自らに迫る死がそうさせていた。


 「くそっ、ああ、畜生。女海賊……いや、メリア社長」

 「なんだい」

 「帝国を二分することを目的とする者がいる。皇帝の後ろには何者かがいる。これを忘れるな。本当はなんでも屋として、皇帝相手に復讐するという仕事を依頼したいところだが、受ける気はないのだろう?」

 「まあ、さすがに失敗しか見えないものはね」


 仕事とはいえ、遠回しな自殺行為はいくらなんでも受けられない。

 それほどまでに、帝国の皇帝というのは守りが厳重である。


 「……あとはソフィアのことを守ってやってくれ。公爵としての立場は、皇帝を相手する時には役立つだろう」

 「ひどい叔父だ。まだ幼いってのに」

 「もっとひどい者はいくらでもいる。それに帝国貴族であるから、幼さを理由に逃げることはできない。一般人ならまだしも、だ。そろそろ向こうも動くから、ソフィアを民間人のところに連れていき、犠牲が増える前に騎士にしてしまえ」


 エルマーは腕を振って部屋を出ると、スフィア全体を指揮できる場所に向かっていった。

 残されるメリアとソフィア、ついでにファーナだが、戦いに巻き込まれる前に労働者のいる居住区画へと急いだ。

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