第7話

「お母さん、お体の具合はどう?」


 この日は朝から、母は寝室のベッドで寝込んでいた。最近は体調のいい日が続いていただけに、私は少し不安になった。でも、私が暗い顔をすればするほど、母の気持ちも塞がるだろう。だから母の前では、無理にでも笑顔を作るようにした。

 テレスの婚約者だった時は王宮で過ごす時間も増え、気の弱い私は王宮のしがらみから逃れることなんてとてもできなかった。それに王家との付き合いを断るということがどれほど恐ろしいことを意味するのかも、私にはわからなかった。

 今、私は失った時間を取り戻すかのように毎日母の世話をしている。食事も私が作っているし、その他の家事も全部引き受けている。別に贖罪のつもりでしていることではない。私の原動力は家族に対する『愛情』である。


「病院に行った方がいいかもしれないな」


 母が寝ている時、父は言った。最近、父は疲れている。母だけでなく父も病院に行った方がいいのではないかと思った。しかし、私はその言葉をグッと飲み込んだ。父には父なりの悩みがあるのだろう。最近、父は無理している。王家との繋がりが途絶えた今、バレンシア伯爵として色々な貴族とのコネクションを模索していかなければならない。しかしながら王家の後ろ盾を失った今の父に優しくしてくれる貴族など、果たしているのだろうか。


 今日も父は夜遅くまでどこぞの貴族のパーティーに出席していた。王家から与えられていた屋敷と違い、今の家から都会へ出るのは結構な時間がかかる。それに何より、父は無口なのである。コミュニケーションに長けていない人間が、色々な人間と繋がりを持とうと努力するのは、相当なストレスがかかる仕事であったに違いない。肉体的よりも精神的に、である。


 また、父はバレンシア伯爵を名乗るようになってから、会社を持つようになった。性格にいうと、体裁のために国王であるバルデン15世に持たされただけなのだが。


「もう少し父さんが賢かったら、もっとお金持ちになれるのにな」


「お父さん、そんなことないわ。私はお金がなくたって、みんなが笑顔でいられればそれで充分よ」


「セルナ、お前は優しいな」


 父は寂しそうに笑った。私にはわかっていた。みんなが笑顔のままでいるためには、愛だけではどうにもならないのだ。母が病院に行くのにだってお金が必要だ。今はもちろん、昔よりは裕福なことは確かだ。しかし、父はそれまで経済的に豊かであったことはなかった。


「よし、母さんを病院に連れていくよ」


「私もいくわ」


 母は大丈夫だと言い張ったが、父と私は問答無用で母を病院まで連れて行った。

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