メンデルとルーシー
フィスタとチャカは武器を奪われ、工場の敷地の真ん中に座らされた。背後からは奪われた銃を突きつけられている。
「……どういうつもりよ?」
ヘッドプロテクターを外されたフィスタは言った。
「どういうつもりって?」
「あんたに任せた奴ら、全然動けてんじゃん」
フィスタの言うように、チャカは百発百中の腕を以てして、致命傷を避けるよう敵を狙撃していた。
「そりゃあ、お前……殺すほどの相手かどうかも分かんねぇのに……。」
「はぁ、あんだどうしちゃったのぉ? そんなタイプじゃないじゃんっ、急に人類愛にでも目覚めた?」
「いや、それは……。」
「おい、やかましいぞ」
リーダー格の男が言う。
「オメェら、いったい何もんだ? おおかた、こいつらを奪いに来たんだろうけどよぉ、どこの依頼で動いてる? あん?」
「勘違いしないでよぉ、ちょいと彼氏と激しめのカーセックスしようとしてたらあんたたちが来ちゃったから、欲求不満で暴れちゃっただけなんだからぁ」
「面白れぇ、だったらそのノリで俺たちのチン〇コの相手もしてくれよ」
「それでお痛を水に流してくれるなら、おしゃぶりするぐらいやぶさかでもないわよ?」
「おいフィスタ」
「やってみる価値はあるでしょぉ? さぁみんな、そこに並んでおち〇ちんを出して」
「残された希望みたいに言ってんじゃねぇよ」
「やかましいぞお前ら。ちん〇は出さねぇ。オメェらを雇ってんのは誰だ?」
「知ってどうする? ぐぶっ」
チャカが質問するなりリーダー格の男がその腹部に蹴りを入れた。
「質問してんのは俺だ。良いか? 俺は仲間を数人殺されたが機嫌が良い。仲間っつっても、今日初めて顔を合わせた奴らばかりだからな。顔見知りは幸い生きてる。で、仕事は上手くいってボスからは良いニュースを伝えられる。それだけで俺たちの寿命は伸びたようなもんだからな。だが、もう少し寿命を延ばしたいんでね。手土産を一つ増やしたいんだ、分かるだろ? オメェらが誰に雇われているか、それを教えてくれたら命だけは助けてやるよ」
敵は自分たちの背後に後ろ盾があると思っているらしい。それを利用しない手はない。フィスタとチャカは言わずとも理解し合った。
「なるほどぉ、確かにあたしらのボスにこのことが知れたら、あんたたちはただじゃあ済まないからね。言っとくけど、うちらのボス、めちゃやばい奴だよ? 春なのにカーキ色の上着とか着ちゃうんだから。これだけで生粋のサイコパスって分かるでしょ?」
「やべぇ野郎だな、じゃあ知られないようにここでバラすか?」
「あ、ごめん、うそ、めちゃ良い人。マザーテレサが見たら自分が女だったってことを思い出すくらいのナイスガイだよ」
「すぐには信用できないな。命を助けてくれるって保障が欲しいところだ」チャカが言う。
「オメェらが条件出す立場じゃねぇが、こう言ったら現実味があるか? 命は取らねぇが、オメェにはお礼に手足に弾丸をぶち込む。で、女の方はなかなかの上玉だ、俺たちの気が済むまで遊ばせてもらうぜ」
男たちは下卑た笑いを浮かべ始めた。
「荒廃した世界を舞台にしてても、コンプライアンスは順守されるべきだと思いま~す」
「ごちゃごちゃうるせぇクソアマ」
「そっかぁ、まいったなぁ……。」
フィスタは人質たちを見る。見張られてはいたが、武器を突き付けられているという状態ではない。
「……ん? ちょっと最悪っ」
突然フィスタが身をよじりだした。
「やだ、スーツに虫が入ってきたっ。誰かとって!」
「虫くらいで騒ぐんじゃねぇよ」
「ダメなの! あたしアレルギーなのフォビアなのシンドロームなの!」
わあわあ騒ぐフィスタに、リーダー格の男がうんざりしたように天井を見上げる。
「おい、とってやれ」
リーダー格の男はフィスタの後ろで銃を突き付けている手下に命令する。
「……わかったよ」
手下はしぶしぶフィスタに近づく。
「スーツの中に入っちゃったみたい」
「そうか……よっ!」
男はフィスタの背中を銃把の底で叩いた。
「ぐっ」
ぶたれた衝撃でフィスタが呻いて前のめりになる。
「へへっ、これで一緒に虫もつぶれただろ?」と、フィスタをぶった男は耳元でささやいた。
不意の、鉄の塊での背後への攻撃、普通ならば痛みのショックで行動不能になるところだろう。だが、フィスタにとって痛みは数値でしかなかった。
次の瞬間、フィスタは勢いよく立ち上がり、全身のバネを使って背後の男に頭突きを入れた。
顔を近づけていた男の鼻骨は砕かれ、鼻血を噴射させながら吹き飛んだ。
「なっ!?」
そしてフィスタは縛られて後ろに回された手で銃を拾う。続けてでんぐり返りをしながらチャカに銃を突き付けている男を狙撃する。
フィスタはでんぐり返りのついでにチャカの場所まで転がると、後ろに回された手でチャカに銃を渡した。
フィスタの腕時計型の端末がアナウンスする。
『プライベーター、フィスタ・クローソーの銃の利用を確認しました。本人は翌営業日三日以内に報告書を提出してください。提出しなかった場合はプライベーターのランク降格、場合によってはライセンスはく奪もありますのでお忘れのないようご注意ください』
「ああもう!」
そしてチャカが体を丸めているフィスタの背中に乗ると、フィスタは中腰になりチャカを乗せながらその場でくるくると回った。フィスタの背中に乗せられたチャカは、背中に回された手の銃で次々に敵を狙撃していく。
「く、くそっ何で? 見えてんのか?」
チャカの頭部を覆うヘルメットは、360度近くを見渡すことができる視界拡張ディバイスになっている。背後からでもターゲットを認識できるため、体さえ動けば体勢は問題にならない。
あらかた打ち終わると、チャカは「もう大丈夫だ」と言い、フィスタの背中から降りた。
フィスタは口で落ちているナイフを拾うと、それでチャカの手を縛っている縄を解き、そして自分の縄も解いてもらった。
「埃まみれになっちゃった。あんまりスマートじゃなかったね」
「助かったんだからいいじゃないか」
「そうだねぇ~、終わり良ければ総て良しだけどねぇ~、あんたのせいでこんなになったんだけどねぇ~!」
「悪かったが、だがあいつらも話が分からない奴らじゃなかったろう? 俺たちとの取引に応じる構えがあっただろ?」
「言われてみれば、確かにぬるい奴らだったね?」
フィスタは「ああ、忘れてた」と依頼人たちの方へ小走りで行く。
「こんちゃ~す、ご依頼いただいたプライベーターで~す。せ~のっ、悪党ぶっ飛ばす格闘サキュバス、四十八手のスゴ技でメンズを寝かしつけるケイオスの「エロス」担当、“アクトレス”フィスタで~す。あなたの心臓をかったい拳で打ち抜いちゃうぞっ。あ、今からチェンジとか効かないんでよろしく~」
フィスタは両手でハートを形作った。
「……あ、あ、ああ、待っていましたよ、私はメンデルです。え~とサキュバスさん? しかしまぁずいぶんと遅かった……。」
メンデルはフィスタを見ると、何かに気づいたように表情が変わった。何か、彼女の顔に思い当たる節があるかのようだった。
しかし、フィスタはそんなメンデルに気づくことなくまくしたてる。
「クレームは相方に言って下さ~い。通信が悪かったとか言ってんだけどさ~」
「まさか、未だに5Gの回線を使ってるとは思わなかったんです。使える端末を探すのに時間がかかってしまいまして……。」
「悪うございましたね、十周くらい遅れた土地で。ん? あらやだ可愛い、こんにちはあたしはフィスタだよ。お嬢ちゃんお名前は?」
メンデルの陰に隠れていた少女が、ちらちらとフィスタを見ていた。中央アジアの特徴がやや強く出ている少女だった。肩にかかる黒髪のロングボブは八歳の少女らしく、きめ細かく風になびいている。目は大きく、唇もくっきりとしていて、黙っていても表情が豊かな子供だということが分かる。
「……ルーシーです」
ルーシーは名乗るとメンデルの後ろにまた隠れてしまった。
「照れちゃってる、か~わい~い? お二人はどういう関係なの? 親子にしては似てないね?」
「ん、ああ、そうだな……。」
メンデルはヨーロピアンの男だった。うりざね顔の禿げ頭で薄い水色の瞳、彼の人種的な特徴はルーシーにほとんど見られない。
「まぁ、普通は依頼人の詮索をしないんだけど……」
フィスタの声のトーンががらりと変わった。リズミカルで人の心を安心させるような声から、重く滑らかで、厳めしさも少し混じったような声の変化だった。自分の声が説得力を持って聞こえるように計算された声色だった。
「……申し訳ないけど、聞かせてもらわなきゃあいけないこともあるからさ。あんたたち、ただロウズから逃げようとしてるだけじゃあないよね? どうしてあんなヤバ気な賊に追われてるのさ? しかも、あいつらの話の様子からすると、目的はその子らしいし……。」
「言いたいことは分かるが、しかし、申し訳ないがそれを言うわけには……。」
「仕事の規模を知るのはあたしたちの権利だし、それを伝えるのはあんたたちの義務だよ?」
「う……それは……。」
「おいフィスタ!」
倒れている賊を調べていたチャカが驚いた声を上げる。
「なぁに?」
「やばいぞ! こいつら、マステマの飼い犬だ!」
気を失っている男の体を調べていると、マステマのメンバーの証である焼き印が背中の中央にあった。
チャカがそう言うと同時に、バイクのエンジン音が鳴り響いた。まだ息のあった敵の一人が逃走しているところだった。
フィスタはメンデルに言う。
「チェンジで」
「へ?」
メンデルの眼鏡がずれ落ちる。
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