~After~優しい二人が

 緋月が何の前触れもなく家に来た。


 今はお風呂に入ってもらってるけど……。

 びしょ濡れだったし、何があったんだろう。


「……理央、風呂……ありがと」


「うん……。

何か飲む?

ココア? コーヒー?」


「……コーヒー」


「りょーかい。


……はい、コーヒー」


「……ありがと」


「……」


 緋月……コップを持ったのはいいけど、コップを見つめたままだ……。

 緋月から話してくれるまで待っていよう……。


「……急に来て……ほんとごめん……」


「いいよ、気にしないで」


「……。


……実は……さ、父さんと……ケンカしたんだ……」


 え……緋月が?

 親子喧嘩はたしかにどの家庭でもあるはずだけど、話を聞く限り、緋月の家ではあまり起こりそうにない事だと思ってたのに……。


 緋月も緋月のお父さんも優しいから……。

 その二人がケンカって……よっぽどの事なんじゃ……。


「……」


「……理由は……この間、父さんの仕事場で大量に従業員を減らす政策が行われて……。

父さんがそのうちの一人になったんだ……」


「……それって……リストラ?」


「……」


 あ……無言の頷き……。

 やっぱり……そうなんだ……。

 時々、そういうのはニュースで見かけるけど……まさか、こんな身近に……。


「その後、父さんはすぐに動いて次の仕事を探そうとしているんだけど……。

なかなか決まらなくて……。


それで、諦めようとしてて……また……酒の大量摂取をしたんだよ……。

体に悪いからやめろって止めたんだけど……お前に何がわかるんだ……って言われて、売り言葉に買い言葉で口論になって……」


「……それで飛び出してきたんだね……」


「うん……あんな父さん……見たくなくて……」


 緋月が朝から浮かない顔だったのは、家庭の事で……。


 ケンカか……お互いに譲れないものがあって、してしまったのは致し方ないとして……このままはよくない……。

 緋月も、緋月のお父さんにとっても、今となってはたった一人の家族なんだから……。


 私に出来る事……。


「……緋月……家に帰ろう……」


「え……」


「私も一緒に行くから。

緋月のお父さん、緋月を心配してると思う……。

それに……緋月に家を出ていかれた事……きっと今頃、すごく後悔してると思う」


「……なんで……理央がそんなこと……」


「だって……緋月の事をすごく考えてくれるお父さんなんだよ。

自分が傷ついてるのに、小さい緋月のためにお母さんが必要って再婚して……。

それはうまくいかなかったかもしれない……けど、自分だって辛くて傷ついてる中で、子どもに泣いて謝る事は、簡単な事じゃないと思う。


それは……優しい……緋月のお父さんだから出来た事だと思う。


だからきっと、今……ものすごく後悔してると思うの」


「……」


「それに……緋月だって、すごく寂しい顔してるよ……。

緋月は……自分では気づいているかわかんないけど……怒っている時、無表情になるんだよ。

あと、ヤキモチ焼いてる時とか……。


でも、今は無表情じゃない……。

それは……怒りとかより、緋月も後悔の方が強いから……だと思ってるんだけど……。

検討違い……かな?」


「……。

いいや、違わない。

理央の話し聞いてたら……気持ち……落ち着いた……。

家……戻ってみる……」


「うん……」


 緋月……さっきと違って表情が少し和らいだ……。


 緋月の気持ちが幾分か落ち着き、私が渡したコーヒーを飲み干した緋月は、帰る準備をしたんだ。

 私も緋月の家に一緒に向かうために家を出る準備をして、一緒に緋月の家に向かった。


***


 緋月の家に向かう時には、もう雨は上がっていたけど、夜も少し遅い時間だったから、私たちはタクシーを拾って緋月の家まで行ったんだ。


「……緋月……家……着いたけど、大丈夫?」


「……ん……行ってくる」


「うん、ここで待ってる」


 緋月……少し緊張した様子で家のドア開けた……。

 あ、あれ……緋月のお父さんかな。

 緋月の事……やっぱり心配していたんだな……泣きながら、緋月を抱きしめてる……。

 緋月も抱きしめ返した……。


 やっぱり優しい人なんだな……。

 そして緋月も……すごく優しい……それは、お父さんに似たんだね。

 仲直り出来たみたいでよかった……。


 あ、緋月、こっち来る……って……え、緋月のお父さんも?!

 私、お風呂まだだから男装なんだけど!!


 いいのかな?!

 この姿で!!


「理央、ありがとう、父さんと仲直り出来たよ……」


「う、うん、よかった!」


 緋月が照れてる……嬉しそう……。

 というか、私のこの姿~!!

 あーでも、よかったっていう安心感……なんかいろいろ感情がごちゃごちゃしてる~。


「えっと……理央さん?

初めまして、緋月の父です。

事は緋月から聞きました……。

息子のために、ありがとう……」


「は、初めまして!

えっと……一条 理央と申します……いつも緋月君にはお世話になってます!」


「ありがとう……こんな息子でもよければ、今後も仲良くしてくれるとありがたい……」


「は、はい、こちらこそ!」


 どひー!!

 こんな形であいさつするなんて!!

 というか、緋月のお父さん、私が女だって事……知ってる……のかな……。

 まぁ、でも、今はそんな事いいかな。

 

 せっかく仲直りしたんだから、あとは親子の時間って事で。


「あ、それでは、私はこれで!

タクシーも待たせているので!

では! 失礼します!

緋月、また明日、学校でね!」


 わー……緋月の言葉も聞かずにタクシーに乗り込んでしまった……。

 

 別に慌てる事でもないんだけど、なんとなくそそくさとしてしまった……。


 でも……良かった……。

 明日からまた、学校で笑ってくれるかな……。

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