track #28 - SHE SAID

 「お待たせー」

と、いう声と共にアタシ達の前に定食が置かれた。

小野瀬 直樹おのせ なおきは「いただきます!」と威勢よく割り箸を割り、生姜焼き定食を大きな口にいっぱい詰めて勢いよく食べ始めた。

アタシは勧められたハンバーグ定食を食べながら、子供のように無邪気に好物を頬張るそんな彼を横目で見ていた。

「ウマい?」

「うん、ウマい」

などと大した話はせずに食事を進めた。彼の言った通りの“普通にメシ食う”で、あれだけ警戒してしまったことが恥ずかしかった。

彼が先に皿をカラにすると水を飲みながら、アタシに話し出した。

「初めて話した時の、オレもあの場所好きで、廊下の。毎年あそこで見てるんだ」

「廊下の大きなモニターのところ?」

「そうそう、なんかみんな頑張ってるんだなぁってわかるじゃん」

歌番組の特番で彼が初めて話しかけてきた時にアタシがいた場所のことで、彼はミュージシャンやスタッフ大勢いが1つの番組に全力で挑んでいることが肌で感じられてエネルギー溢れるあの場所が好きだと言った。

自分の現在地を見失いそうでも、毎年恒例であの場所でそれを感じると初心に戻れるそうだ。

「ステキだね、マネしよ。来年アタシはいるかわかんないけど」

と、食事を終えたアタシがジョーク交じりに言うと、彼は自分自身についても話してくれた。

 彼は15歳の頃、俳優オーディションを受けに行って落ちた。しかしそのオーディションをたまたま見ていたKashyk Entertainmentキャッシーク エンターテイメントの社長・勝矢かつやに声をかけられ、事務所が経営しているタレント養成所にレッスンに来るように誘われた。彼は母子家庭でレッスン代を払うことができないと断ると、特待生として費用を免除してまで歌やダンス、演技のレッスンをさせてくれたという。そして、同時期にレッスン受けていた生徒の中から優秀な子が5人選ばれて、ボーイズアイドルグループとしてデビューして、今に至る。

「それってスゴイ、わかる人にはわかるんだね、小野瀬クンにスターの素質がそなわってたこと」

「そんなんじゃないよ、ただ背が高かったから……とか、そんな理由だよ」

彼は謙遜したが、結局俳優としても成功しているわけだし、ソロ活動を始めてからは他のメンバーより大成したように見える。ドラマや映画の作品選び・役選びが功をそうしたのか、アイドルにしては硬派な風体がウケているのか男性からの好感度も高く、彼は名前の前にグループ名を置かれないで済むほど個人での人気を得た。ソロも楽しいがグループも恋しいと言っていた。デビューするために皆で練習に励んだ日々や、デビューしたてでウマくいかないことが多い時期にはお互い励まし合った日々、初めてシングルがチャートの1位になった時の感動、懐かしそうに語っていた。


 会話をしているとスマホが震えてメッセージを受信した。

<今、話せない?>

ケイからだった。なにか深刻そうなのが文字からも伝わって来て何事かと食事を中座してスマホを握って外へ出て電話をかけた。『突然ごめん』と電話にでたケイは話し出した。

『モデルの藤堂エリナ、わかるよね?』

「うん、わかるよ。前、付き合ってたんじゃなかった?」

『そうそう、それはおいといてさ、アイにごめんって伝えてって』

「え、なんで?」

『おまえ、ネットとか見てないの?』

「うん、今日ずっとスタジオに籠ってたし、最近SNS離れてんだよね」

『まぁそれは賢明だな』

1度も会ったことも話したこともないエリナが何についてアタシに謝っているのかというと、アタシのSNSの投稿に“いいね”をクリックしたこと。DEAR STARディア スターの社長の件で告発した被害者達が叩かれていて我慢がならないくて投稿したアタシの文章に彼女が“いいね”と、意見を表明した。それを目ざとく見つけられ飛び火して今度はエリナが標的にされてしまっている。

少しの間通話を中断してSNSをザっと見てみたが、たったワンクリックの意見でも

<世話になってる社長をおとしめるのか>

<自分を有名にしてくれた人に感謝の気持ちはないのか>

<モデルにはしてもらえたけど彼女になれなかったから腹いせだろう>

と、現在DEAR STARディア スターに所属している彼女には、また違った角度からの批判が寄せられていた。

「彼女、大丈夫?」

通話に戻ってケイに聞いた。

『多分……アイに迷惑かけたと言ってたくらいで、大して話してないんだ』

 エリナがどういう意図を持ってアタシに“いいね”したのかはわからない。でもエリナはケイと付き合ってた過去があるから、きっとこの件に関してケイに本意を語るコトはナイと思う。何かアタシにサインを送っているような気がする。でもそのサインを見誤るとプライバシーを侵害するし、誰かを傷つけかねない。

逆にケイと別れた今だから、アタシの話をきっかけにして彼に本音を話そうとしているのかもしれないとも思える。アタシにはわからない、考えすぎなだけかもしれない。でもヘンな胸騒ぎがして収まらない。

「アタシのコトは気にしないで。この手の話題ではもともとそんな好感度高くないしって伝えて」

『うん、わかった』

「あと……もしアタシと直で話したいって言ったら電話教えていいから」

考えも伝えたいこともまとまらず、とりあえずそう言うしかなかった。

気にはなるが今は小野瀬を店内に残しているので電話を切って店内に戻った。


「ここ出よっか」

戻るとすぐに小野瀬が言ったので、そのまま店を出てタクシー乗り場まで歩いた。

「何かあった? 大丈夫?」

彼は多分、電話しているアタシの様子を店内から窓越しに見ていて、外でスマホに目をやっているアタシはさぞ険しい顔をしてたに違いなく、気を利かせて店から出たのだ。そして近くのタクシー乗り場まで送ってくれている。

「あぁ、ごめんね、電話。たいしたことないの、ケイで。Professor Kプロフェッサーケイ、昔からの仲間でさ」

と、アタシが言うとすかさず

「彼氏とか?」

と、聞いたのでキッパリと否定した。そして付き合っている人がいるのかとも聞かれてそれもいないとハッキリと伝えた。

「アタシSNS炎上してるから心配してくれたみたい」

ケイとの電話をそう説明すると、先ほどまでの笑顔とは違って目を伏せて言った。

「なんとなく、知ってる……平気?」

「うん、アタシは平気。たかがSNSって割り切ってる。でも、告発した女の子達がね……」

「そうだね」

そう言って黙った。スターの彼には他事務所のことだし業界の片隅で起きたことにすぎず、関心はないのだろう。

 彼は突然ポケットに入れていたキャップを深くかぶりその上からダウンジャケットのフードまで被せた。

アタシは気に止めてなかったが、先ほどからすれ違う人々が彼の存在に気がついて目で追う。顔を隠す行為を見てアタシはそれに気がついた。そしてまた、気がついたアタシに気がついた彼がセツナイ表情で微笑んだ。

タクシー乗り場が見えた頃、小野瀬は

「また誘っていい?」

と、聞いた。

優等生の国民的人気者のアイドルで一緒に食事に行く相手に困るようなコトはないだろうし、アタシみたいな社会的発言ばかりして問題児の“炎上の女王”を誘いたい真意がわからずに

「うん、別に……どうしてアタシなんか誘うの?」

と、聞き返すと

「今度は彼氏に立候補するためかな」

彼は帽子で陰ったニッコリとした笑顔で答えた。

思わぬ展開に言葉を失ったアタシを見て笑っていたが

「イヤだったら、優しく断ってね。オレいがいにナイーヴだから」

と、冗談を言ったのでイヤなんてことはないアタシは

「じゃぁ、今度は“アイドルが行きそうなトコ”連れてって」

と、返答すると「オッケー」と豪快に笑いながら答えた。せっかくキャップで顔を隠し見つからないようにしているのにもかかわらず、彼の大きな笑い声は響いていた。

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