第33話 終わりは蕩けるほど苦く

 時間稼ぎ。詩紋が光莉のみを犯人のように扱っていたもう一つの理由がそれだ。

 武蔵ならやってくれる。見つけてくれると確信していた。自分がやることは、できる限り武蔵が見つけるまでの時間を稼ぐ。

 だから詩紋はオーバーに、わざとらしく推理ショーをしていたのだ。まぁ探偵になりきってるのが楽しいというのもあったが。


「一応農薬もあったぞ」


「おう、サンキュ。後で油そばでも奢ってやるよ」


「トッピングも付けてな」


 武蔵とグータッチし、また冷たい眼差しを二人に向ける。


「……これを調べてみれば何もかもが分かります。貴方が共犯だという証拠もね」


 ノールックで詩紋は鑑識へ袋を投げ渡した。


「……だ」


「なんですか?」


「──全部嘘だ! デタラメだ!」


 ……まだほざくか。呆れすぎて言葉も出てこない。


「こ、こいつの言うことを真に受けるな! 全部光莉一人でやったんだろ!? 俺は何も知らない! 関係ない!」


「発言には気おつけた方がいいですよぉ? もう既に貴方の言ってることは記録してます。黙秘権もありますしぃ、弁護士を付ける権利もあるんですからねぇ」


「くっ、そ──なぁ光莉! お前、誰とやったんだ? ん?」


 必死に光莉へと迫る康太。両肩を掴み顔を近づける。


「わ、わた、しは……」


 ゴクリと唾を飲み込んだ。そして──。


「……犯人は、私『たち』です」


 ──自白した。


「おまっ、え」


「もう無理です……これ以上は」


 ポロポロと。光莉の目から水晶のような涙が落下している。


「話してくれますか?」


 無理やり二人を引き剥がし、詩紋は聞いた。その質問に光莉は弱々しく頷くのであった。



* * *



「私は……夫から暴力を受けていました」


 軽く袖をめくると、そこには大量の青アザができていた。とても痛々しいアザだ。


「日に日に悪化する暴力に耐える毎日。そこで出会ったのが……雄大さんでした」

「当時の雄大さんにDVのこと相談してるうちに……私は雄大さんに惹かれていきました」


「……どうりで、あの時から私と会える頻度が下がったわけだ」


 峯岸は皮肉なのか、本気で心配してるのか分からないテンションで言った。


「しばらくして私は雄大に告白しました。『駆け落ちしましょう。結婚してください』と。しかし雄大さんは『それじゃあダメだ。君を不幸にしたアイツを俺は許せない』って……」


「……チッ」


「そして雄大さんは……夫から五百万を盗みました」


「え? 盗んだ?」


 確か『貸した』と言っていたはずだが、あれは嘘だったのか。気が付かなかった。思わず変な声が出てしまった。


「そうだよ。アイツは俺の口座から……違うな。俺たち『夫婦』の口座から五百万を盗みやがった」


「夫婦の……ってことは」


「私のカードを使ったんです。それで……お金を引き落としました」


「俺もビックリしたよ。ある時口座を見てみたら残金が三桁になってるんだぜ。驚きすぎて、そん時の記憶が今でも曖昧だよ」


 皮肉のように言い放つ。


「……雄大さんが盗んだ後から、私と雄大さんは会う機会が少なくなりました。というより雄大さんは私を避けるようになりました」


「……さ、避けるように?」


「あの人は──あの人は、最初からお金目的だったんです。私にお金を引き出させて、手渡しでもらう。そうすれば足が付かないから……」


 ……固まっている他の人に構わず、光莉と茂は言葉を出し続けた。


「コイツが金を引き出したって分かった時に俺もそのことを知った。だからアイツの家に怒鳴り込んだんだが……アイツ、なんて言ったと思う? 『──いい教訓になっただろ?』って」

「……許せなかった。俺の光莉だけでなく、金まで盗みやがった。……だから殺したんだよ」


「いつも隠れて会う時は合図を使ってたんです。あの人は私に『夢を見させてやる』って言ってたから、私から会いたい時は『夢を見たい』って……」


「島風さんは毎日お昼に野菜を買いに来てくれる。だからレジの時間をズラせばアリバイになるって……そう思ったんだよ」


「そんな……」


 知らぬうちに犯罪の一つに加担させられていた。島風も驚きと絶望の声を漏らした。


「……ははっ。好きな人が出来たって……急に言われた時はビックリしたけど、まさか……こんなクソッタレなことをしてたとはね」


「梨花ちゃん……」


「やんなっちゃうよ。ホント……」


 涙が出ることはない。悲しさを通り越して、もはや虚しさしかなかった。信じていた男が浮気するどころか、金を盗んでいたなんて。

 ぽっかりと空いていた心を無理やり広げられた気分だ。最低で。最悪で。言葉にすら、ならない。



「……来てくれますか?」


 二人は何も答えない。だが暴れることもしない。大人しく両手に手錠をつけられ、パトカーへと連れていかれる。

 そうやって横を通り過ぎた時──詩紋は口を開いた。


「──良かったですね」


「……は?」


 康太と光莉が振り返る。


「古びた看板の落下により男が死亡……狙ってやったとしても、世間からの評価はこうなります。そうなると、この商店街も潰れるでしょう。水族館の話もあるそうですが、人が死んだいわく付きの場所にわざわざ建てたがる人もいません」


 二人にも同情できる部分はあった。情けをかける余地も正直ある。

 だが──詩紋はこの二人に殺された。一度目は毒を飲まされて。二度目は頭を潰されて。


 詩紋だけではない。小春、武蔵、瑠花、焼元。康太と光莉、もっと言えば小春たちも身に覚えがないのだろうが、詩紋は覚えている。

 いざとなったら犯行を隠すために人を殺せる人間に同情など誰ができようか。誰が情けをかけれようか。


「貴方たちの殺人のおかげで不幸になる人たちが沢山出てきます。……良かったですね。不幸になるのが一人じゃなくて。みんなで仲良く不幸になれたら、ちょっとくらいは気が紛れるんじゃないですか? どうせ、そういう性質でしょ?」


 詩紋は聖人君子じゃない。嫌なことは嫌だし、やり返さなければ気が済まない。

 本当はもっと言ってやりたい。なんなら殺してやりたい。だが……それに意味などない。


 二人にはもう──反論する余力も残っていなかった。詩紋の言葉をただただ受け止め、無表情のままパトカーへと乗る。ただそれだけであった──。

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