第28話 自己嫌悪

 ──四人でやってきたのは八百屋。詩紋からすれば四度目の来訪だ。


「もう二度と見たくないな……」


「来たことあるの?」


「ないよ。今の言葉忘れて」


 中へ入ると、そこは変わらぬ景色。多色の野菜に果物。それらを総べるかのように座っている──今回の事件の犯人、羽川康太が座っていた。

 康太は詩紋を見ると「あ」と声を漏らした。


「君は……あの殴られてた子だな」


「……はい。ご無沙汰してます」


 チラッと地面を見る。……何も無い。まぁこの時点では何も起こってないのなら当たり前か。

 だがこの場所にいると瑠花と武蔵の死体を思い出してしまう。長居はしたくない。


「さっきは悪かったな。あんなみっともない姿を見せちゃって」


「んなことないっすよ。それだけ商店街のことが好きってことですしぃ」


「ははは、喜んでいいのかな?」


 トゲのある言い方。即座に小春がペシッと武蔵を叩いた。


「お詫びと言ってはなんだけど、ここら辺の野菜好きなの取っていっていいぞ。まぁ一つにしてくれると嬉しいけど」


「本当ですか? じゃあ私は……トマト! トマト貰っちゃいます!」


「俺じゃがいも」


「果物もアリですか?」


「いいよ」


「ありがとうございます!」


 瑠花は鼻歌を歌いながら林檎を手に取る。意外とこういう時は躊躇しないのか、と詩紋は思った。


「君は? 遠慮しなくていいんだよ」


「……僕はこれを」


 詩紋はきゅうりを掴んで壁に寄りかかる。


「ところで……こっそりと聞き耳を立てて聞いちゃったんですけどね」


「ん? どうした?」


「看板に潰されて死んだ矢橋雄大さん。あの人、女癖が悪かったらしいって。金も借りていたらしいですし──実は殺されたのかもしれませんね」


 康太を睨みつけながらキュウリの端を噛みちぎる。その圧と言葉に、康太や他の三人は少したじろいだ。


 やることは前と変わらない。康太から話を聞くだけだ。だが同じく堅苦しい聞き方では同じ情報しか聞けないだろう。

 だから聞き方を変える。前回や前々回のやり返しも兼ねて、圧をかけるように話を聞くことにした。


 相手はDVをするほどのクズ。だがDVは相手が自分より弱いからこそ成り立つもの。

 詩紋はそこそこガタイもいいし、顔も年齢に見合わず渋いし、声も低い。あと目付きが悪い。肉付きのいい高校生から凄まれては誰だって怯えるだろう。

 しかも相手はDVをするような人間。自分より弱い立場に攻撃するような人間では詩紋に対抗することはできない。


「そ、そうなのか……俺もそんな噂は聞いてたんだが……」


「へぇ、噂ですか」


 思惑通り。康太は詩紋の圧に怯えている。実にいい気味だ。


「聞いたんですけど。何やら被害者の矢橋さんと同級生だったとか?」


「お、おう。そう……だ。数少ない同級生だったよ」


「いいですね。そういうのは大切にしないと。……で、数少ない同級生とは何のトラブルがあったんですか?」


「トラブル……? 何の話──」


「五百万」


 康太の目がぐりぐりと動きはじめる。動揺しているのが目に見て分かる。分かりやすすぎてありがたい。

 キュウリを食べながら話を続けた。


「借してたんですよね」


「……あぁ。貸してたよ。五百万」


 観念したように言葉を続ける康太。


「この前に急に俺のところに来てな。『結婚することになった。絶対に返すから費用を貸してくれ』って、言いに来たんだよ」


「パッと五百万を貸したんですか? 疑問を持たずに?」


「アイツに女がいるのはいつもの事だからな。考えなかったよ。むしろ『ようやく結婚するのか』って思った」

「でもいつまで経っても結婚式の話は来ねぇ。何回聞いてもはぐらかしてくる。そんで他の奴に聞いてみたら……『結婚式なんて聞いてない』とさ」


 哀愁漂う雰囲気で言葉を紡ぐ康太。


「裏切られたんだよ。俺は……」


「結局は返してもらえなかった、と」


「問いただそうとしたさ。だがその前に……だ」


 悲しそうだ。辛そうだ。──だけど同情はしない。

 DVをしてる上に自分を殺してきた奴をどうやって同情しろというのだ。それに今の話が嘘の可能性だってある。



 だがとりあえずの動機は分かった。残る疑問は三つ。


・どうやって矢橋を看板の下まで誘導したか

・光莉がどうやって現場まで移動したのか

・羽川夫妻が犯人という証拠


 一つ目は言わずもがな。二つ目は地味に気になることだ。

 犯人は羽川夫妻のみ。島風が共犯ではないのなら、『事件当時は八百屋で買い物をしていた』という証言は本当のことだろう。

 となると、光莉は犯行当時、八百屋にいた事になる。八百屋から現場まではまあまあ近いとはいえ、全速力で走らないと往復することは不可能。それに全速力で走ったのなら息切れして島風も疑問に思うはず。


 どうやって光莉は移動したのか。車は持っていない。自転車でも時間は微妙だ。秘密の抜け道も使えそうな場所だってない。

 ここを証明しなければ追い詰めることはできない。なんとかしてトリックを解かなければ。



「今日は奥さんはいるんですか?」


「光莉か? 光莉は……あー、今日は出かけてて」


 嘘だ。おそらく詩紋の圧迫に耐えられないだろうと判断したのだろう。DVしてるくせに無駄に頭の回るヤツだ。腹が立って仕方ない。


「そうですか。なら仕方ない。ちなみに康太さんは犯行当時、何をしてましたか?」


「えっと……さ、酒。酒とタバコを買ってた」


「レシートとかは?」


「捨てちゃったかな……」


「なるほど……光莉さんが犯行当時何をやってたかとかは分かりますか?」


「……あ、そうだ。島風の婆ちゃんが何か買いに来たって言ってたぞ」


「そうですか」


 ここは嘘をついていない……のだが。犯人だと分かった上で聞いてみると、なかなか怪しい。

 あまりにもアリバイができすぎている。おそらくは狙ってやったことだ。何かしらのタネがあるはず。


 ──必ず見つけ出して暴いてやる。

 そう決心しながら詩紋は立ち上がった。キュウリを全部食べ切りながら会釈する。


「すみません。急に押しかけちゃって」


「い……いいさ。またいつでも来るといい。そうだ、どうせならお土産でも──」


「──いや」


 詩紋は口角を上げながら言った。


「お気になさらず」



* * *



 自分を殺した人間が怯える姿を見るのは、正直心地が良かった。性格が悪いと思うかもだが、二度も殺されてるのだから、これくらいは許して欲しい。

 しかしだ。新しい情報そのものはほとんどなかった。これでは前のループの焼き直しだ。


「本格的に行き詰まってきたぞ……」


 無理やりにでも光莉を呼ばせればよかった。光莉のDVの証拠が写真だけというのも厳しい。もっと何かしらの証拠が必要だ。


「待てよ……あ、お土産! クソっしくじった……!」


 よく考えてみれば、お土産はもらった方が良かった。一回目の死は土産に入れられた毒が原因だ。だったら今回だって入れていた可能性も高い。

 まだ証拠がほとんどない現状では、たとえ光莉のみしか適用されない証拠でも手に入れるべきだった。なんて考え無しなのだ。

 目先の気持ちよさを優先して頭足らずで動きすぎだ。自他ともに認めるお粗末さ。自分が嫌になってくる。


「あぁクソっ、クソっ……何やってんだっ……」


「じ、神代?」


 自分に悪態を付いていたのを心配してか、小春が声をかけた。


「どうしたの?」


「な、なんでもない」


「……それじゃあこの後どうするの? 他に聞き込みとかする?」


「それは……ええっと……」


 犯人は羽川夫妻。それが確定しているのに聞き込みなんて無駄なこと。隠れてDVしている奴なんて、『おしどり夫婦』くらいしか言われないはずだ。

 だが他三人はどう思う。まだ羽川しか話を聞いていないのに証拠探しに移るなんて絶対不審に思われる。


 死に戻りのことは話しても信じないだろう。仮に信じるとしたら、もっと厄介だ。

 気を使われるかもしれない。一歩引いた姿勢になるかもしれない。それは嫌だ。今の関係のままがいい。

 でも、しかし──そう考えていた時だった。


「……詩紋。ちょっと来い。話がある」


「え、ちょ──」


 武蔵だ。小春と瑠花の間を通り抜け、詩紋の首根っこを掴んで路地裏へと入った。

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