第24話 這い出る新事実

 ──小春がトリックを解く少し前。

 詩紋らは容疑者四人の中の一人である羽川のところまでやってきていた。


「そういえば先生に言わずに来てるけど……絶対怒られるよな」


「怒られるな。すっごい怒られるな」


「四人で怒られたら分散されたりしない?」


「しないな。普通に一人一人怒られたな」


 後のことを考えても仕方ない。もう怒られることは確定しているのだから。

 そんなわけで二人は八百屋へと入っていった。


 中に居たのは──羽川康太。前回は最初に話を聞いた男だ。


「いらっしゃ──あ、君たちさっきの」


「こんにちは。神代です」


「速吸です」


 前回のループを詩紋は思い出していた。

 矢橋が死んだことを聞いた時のあの冷たい目──あれはどうしても見間違いだったとは思えない。

 恨みでもあるのか。それとも犯人はこいつなのか。少し詩紋も警戒しながら言葉を紡ぐ。


「悪かったな。さっきはあんな醜態を見せて……お詫びと言ってはなんだが、そこら辺の野菜を一個自由に持っていってくれ」


「本当ですか? ありがとうございま──って違う違う。俺たちは話を聞きたくて」


 小春の真似をできたことを嬉しく思いながらも、詩紋は羽川の動きに注目する。


「話? なんの?」


「──矢橋雄大さんが殺されたことについてはご存知で?」


 ──場は静まり返った。生ぬるい空気のみが静寂の空間だけに残る。

 明るく振舞っていた羽川の目が冷たく淀む──。そしてすぐに豪傑に鋭く尖った。


 見間違いなんかじゃない。この男は明らかに何かを隠している。詩紋は確信した。


「あぁ……知ってるよ。一応は友達だったからな」


「話を聞かせてくれますか?」


「話ねぇ……」


 端にあった椅子を取り出して二つ並べる。


「迷惑かけたお詫びだ。聞きたいことがなんでも聞いてくれ。なんか摘めるもんでも持ってくるよ。……野菜スティックじゃないからな?」


 なんて冗談を言いながら、羽川は店の奥へと消えていった。


 小春は羽川のことを怪しいと言っていた。そしてあの冷たい目──怪しい。何かを隠している。

 一番怪しいのは羽川だ。小春が別行動をしている以上、自分で何とか情報を纏めなければならない。気合を入れなければ。



* * *



 しばらくして戻ってきた羽川。その隣には妻の光莉もいる。

 変わらぬ格好。変わらぬ茶菓子。当たり前だが、前の時と何も変わらない。つまり──出された物に毒が仕込まれている可能性がある。


「妻の光莉だ。聞き込みは多くの人にした方がいいだろ?」


「こんにちは」


「どうも。ありがとうございます」


 差し出されたお茶とお菓子には手をつけず、詩紋は口を開いた。


「では早速。事件発生時には何をしてましたか?」


「俺はタバコ屋に酒とタバコを買いに行ってたよ」


「レシートとかは?」


「んなもん貰わねぇよ」


「ですよねぇ。レシートって意外とかさばるから財布がすぐにパンパンになりますもん」


 レシートがなければアリバイの証明はできない。羽川の言うタバコ屋は現場から徒歩でも三分ほど。走ればもっと短縮できる。


「奥さんの方は?」


「私はずっとここに。証明できるものは……ありませんが」


「確か島風の婆ちゃんが買いに来たとか言ってなかったか?」


「あ、そうです。島風さんがキャベツを買いに来てました」


「……分かりました」


 確かにキャベツを買っていたと島風は言っていた。羽川と島風が共犯だったりしない限り、嘘ということはないだろう。


「じゃあ矢橋さんを恨んでたりとかはしてましたか?」


「……そんな奴、この街にはいくらでもいる。俺も恨みならあるさ。殺す動機になるくらいのな」


「聞かせてもらえます?」


「金だよ、金。アイツに五百万くらい貸してたんだ。しかも結構前に。なのにアイツは一円たりとも返さねぇ。何度も催促したのに無視しやがるんだ。俺がアイツを殺しても文句は言われねぇだろ?」


「え、五百万ですか?」


 前回は聞けなかった新事実。これなら十分な動機だが……それよりも、なぜ五百万という大金を、という部分が気になった。


「五百万……なぁんで貸しちゃったんですか?」


「結婚式の費用だとさ」


「──結婚式!?」


 これまた新事実。矢橋は結婚しようとしていたそうだ。


「あの……お相手は?」


「……さぁな。俺も言われるまで知らなかったよ」


「奥さんも何も?」


「へ、あ、はい……」


 光莉が肩を揺らした。


 新事実に次ぐ新事実。前の時は聞けなかった重要な情報が盛りだくさん。かなりの大収穫と言っていいだろう。

 多額のお金を借りて結婚式。その結婚式費用を羽川に貸してもらったが、結局結婚式はしなかった……かなり奇妙な話だ。


 もし本当だったら、矢橋の嫁と思われる人物にも話を聞く必要がある。この街に居るのだろうか。



* * *



「え!? 矢橋君、結婚しようとしてたの!?」


 島風の驚嘆の声が住宅街に響き渡る。


「確定はしていませんが」


「え、嘘……あの人に相手……あぁ、まぁモテるからねぇ……」


 かなり島風は驚いている様子だ。これは演技には思えないが……まだ決めつけるのはよくない。


「……あの、島風さん。噂によると昔、矢橋さんとトラブルがあったと聞いたんですが」


「トラブル……ね。それほどの事じゃないわよ。若気の至りで年下に告白して玉砕した。ただそれだけよ」


「……今でも矢橋さんのことは好きだったりしますか?」


「そんなことない……って言ったら嘘になるわね。でも今は私も家族を持ってる。昼ドラじゃないんだし、浮気なんてしないわ」


 島風は苦笑しながらそう言った。


「じゃあ話を変えましょうか。八百屋で野菜を買った後は何をしてましたか?」


「家でテレビを見てたわ。夫は出張で居ないから一人ね。……あ、困ったわ。アリバイが証明できないわね」


「なんの番組を見てたんですか?」


「今期のドラマ『弥生月』よ」


「あの坂松李桃が出てる恋愛ドラマですよね? 俺も見てますよ。でもヒロインの子が誰に対しても股を開きすぎな気がして……」


「それ私も思った。後半とか不倫する時の暗号とか出してきたりしたわよね。もはやミステリー作品よあれ」


「ですよねぇ。おかげでヒロインの女優さんのことまで悪い目で見ちゃいそうで……むしろ教師役の人の方が可愛く見えて──」


 武蔵と島風の話がヒートアップしそうだったので、咳払いで間に割って入る。


「ゴホン。……武蔵、そのドラマは犯行時刻に流れてるやつか?」


「そうだな。ちょうど後半くらいになるな」


「なんなら、話の流れを全部教えてあげてもいいわよ?」


「それなら俺は耳塞いでます。ネタバレしないでくださいね?」


「お前なにしにきたんだよ」


 番組は録画してれば後からどうとでも言える。これもアリバイとは言いづらい。そして証拠とも言いづらいものだ。


「うぅん……」


「ね、神代君だっけ? 怪しいんだったらさ、あの人。杏山って分かる?」


「……はい」


「実は私ね。あの人が雄大君を家に入れてる、ってのを何回か聞いてるの。……これは怪しいんじゃない?」


「それは……」


 前回のループでそれは聞いている。本人は『保険のことを教えていた』と言っていた。

 これが嘘なら話は別だが……あまり悪いことを言うもんじゃない。詩紋は苦言を呈するように言った。


「既に話を聞いています。『保険について教えて欲しい』と言われたから教えていたそうですよ」


「──」


 島風は目を丸くした後──驚くほど冷たい声でこう言った。


「──そう。保険のこと、ね」

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