第4話 刃先はすぐそこに
並んだ三人の名前。まず最初に二人がやってきたのは、容疑者である水無月がいる図書室であった。
水無月は最初にやってきた時と変わらず、受付の椅子に座って古いSFモノを読み込んでいる。あれは……いじめられっ子と宇宙人が戦う、みたいな内容の本だったはずだ。確か中学生の時に読んで、そこそこ面白かった記憶がある。
二人が図書室に入ると水無月は訝しげに目を細めた。
「……なに。さっき話はしたと思うけど」
「話は話でも世間話をしたくなったんだよねぇ。その本って面白い?」
「……まぁまぁかな」
小春はカウンターに身を乗り出して本の表紙を覗き込んだ。水無月は見やすいように本を立てる。
「あ、この表紙見たことある。なんだったっけな……男の子がボーリング玉ぶん投げるやつ!」
「そうそう。そのシーンの宇宙人が可愛くて俺は好きだな」
「私も好き! 中学校とかによく置いてるやつだよね?」
「そうだね。高校の図書室じゃあ置いてるところはあんまりないかな」
最初は警戒していた水無月であったが、みるみるうちに心の壁が溶けていく。
「ねぇ、よく本とか読むの?」
「うん。結構読むよ」
「例えばどんなの? 私はミステリー小説とか大好きだよ!」
「俺はミステリーとか苦手で……頭が良くないからトリックとか分からないんだよね。コメディとかSFとかの頭を使わなくてもいいやつが好き」
「私だって頭はよくないよ。今日もここでずっと本を読んでたの?」
「そうだね。図書委員の仕事だし」
「図書委員かぁ、いいね。ここなら集中して本を読めそう。今日はずっとここに?」
「うん。今日は誰も来なかったから本を読むのにちょうど良かったよ」
「なるほどねぇ……」
水無月に見えないように小さく口角を上げる小春。その笑みはどこか得意げであった。
「ありがとう。また今度、私がおすすめする本を見せてあげる」
「うん。ま、待ってる」
大きく手を振る小春に対し、水無月は小さく手を振り返しながら、二人は外へと出た。
* * *
次にやってきたのは情報室。パソコンのファンが獣のように低く唸り、パソコンのカタカタというタイピング音が重なる。
ここでは国際情報科の生徒が日々、パソコンに引っ付いて世界情勢を観察している。普通科の生徒はあまり来ない場所だ。
今日も今日とて人はいるようで。手元にある紙を見てみるに、課題をやっているようだ。
『情報室ではお静かに』という貼り紙が剥がれかけていたので直しているうちに、小春は西条の前の席に座った。
「やぁ西条くん。さっきぶりだね」
「え? 垣花さん、だっけ? まだ何か聞きたいことでもあるの?」
ふくよかな体を起こして話を聞く体勢に。貼り紙を直した詩紋がやってきたのを確認し、小春は話を再開──する前に、情報室をグルりと見回した。
「いつもここに?」
「今日は課題があったからね。いつもじゃないよ」
「課題。国際情報科とは交流がないから気になる! ちょっと課題見せてよ」
「いいよ、ほら」
渡された資料のような紙に二人は目を通す。
『アメリカのなんちゃらかんちゃらを答えよ』とか『イギリスとイタリアのあれやこれやを繋げろ』など。聞いたことの無い単語で、聞いたことの無い単語を答えさせられる問題ばかりだ。
しかも片面刷りのくせに問題数が絶妙に多い。詩紋がこれをしようとすると一夜漬けになる自信がある。
「どっひゃぁ……これ時間かかるんじゃない?」
「まぁねぇ。皆ヒィヒィ言ってるよ」
「これ何時くらいからやってたの?」
「さっきの授業からだね。殺人事件が起きても、この学校は課題の提出期限を遅らせなさそうだし」
「この学校、提出期限だけは無駄に厳しいもんねぇ。そういえば一昨日くらい先生に怒られてなかったっけ神代?」
「怒られたよ。提出期限に間に合わなさそうだったから、空欄だらけで出したら『舐めてんの?』って言われた」
「ばっかでぃ。あの量を前日にしようとするからダメなんだよ」
「ははは。普通科もそこは変わらないんだな」
ただでさえ細い目をさらに細くして笑う西条。だが二人と話しながらもパソコンを打つ手を止めてないのを詩紋は見ていた。
「ずっとパソコン打ってるね。話している間も打ってる」
「小さい頃から趣味で弄ってたからな。今じゃドラマのハッカーばりに素早くタイピングできるぜ」
「へぇ。そういえばさ、この課題の提出期限はいつ? なんか人が多い気がするけど」
「今日だよ。あと四時間後には全部埋めておかないと」
「ふぅん」と言葉を帰し、小春は立ち上がった。
「それじゃあ私はもう行くね。課題頑張って」
「おう、ありがとう」
メモに言葉を書きながら情報室から出る。部屋の中にいる多数の生徒を見て、詩紋は心の中で『頑張れ』と応援していた。
* * *
最後の容疑者──平野快彦は一年二組の教室で静かに項垂れていた。周りも同じようにしている人が多い。
そもそも普通にしている人間が多すぎたのだ。知っている人間、人気者ならもっとダメージがでかいはず。
現に人気者を失った一年二組の教室はとてつもなく暗い雰囲気に包まれていた。虚ろな表情で机に突っ伏していたり、窓の外をボーッと眺めていたり。
こんなどんよりムードの教室に詩紋は入るのを躊躇ったが、まぁ小春はそんなことも気にせずズケズケと入っていく。
誰も小春が入ってきたことに不満を出していないのは幸いか。ともかく小春は平野の場所まで歩いていき、目線を合わせるように少しだけしゃがんだ。
「ごめんね。また来ちゃった」
短く、鋭い息を吐いて平野は小春を睨む。
椅子に座っていても分かる体格差。平野の大きな手なら小春の小さな顔くらいなら握り潰せそうだ。
そんな相手にも小春は億さず話しかける。
「……まだ何か用なの」
「三時間目から四時間目の間は何をしてたの?」
「何も知らないって言ったんだけど」
「うん、知ってる。でも知ってること全部が、まだ言葉になってないだけかもしれないかなって思って」
「何も無いって……言ってるだろ……!」
獲物を睨むような視線が小春に突き刺さる。机を削るように揺れ動く爪。
これ以上は喧嘩になりそうだ。前へ出て仲裁しようとする──直前。小春が先手で動いた。
「──そう。気を悪くさせちゃってごめんね」
驚くほど素直に。そう言葉を吐いて、教室を出ていった。
あまりにも意外な反応で詩紋は唖然。しかし周りの視線に気づき、すぐに小春の後を追いかけていった。
* * *
「西条君はシロ。他二人が怪しいね」
湧き上がる夕日の中、二人は静かになってきた廊下を歩いていた。
「西条君には『ずっと情報室にいた』ってアリバイがあったでしょ? 周りには人も居たし、あんな場所で嘘をつけば怪しまれちゃう。だから西条君はシロ」
「あぁ、そういえば……凄い尋問技術だったね。どこで身につけたの?」
「ふふーん。ミステリー小説は大抵網羅してるからね。人の心を開く技術にゃ自信があるよん」
無い胸を張る小春。さっきまでのプロ感のあった尋問時とは打って変わり、またいつもの可愛い小春に戻っている。
個人的にはプロフェッショナルのかっこいい小春も好きだが、通常時の明るくてあざとさも入っている小春の方が好きだ。
「アリバイがないのは水無月と平野……俺的に怪しいのは水無月だなぁ」
「なんで?」
「大人しい奴って変に思い切りがよかったりするじゃん。例えば、イジメにあってて、耐えきれずに殺そうとする……とか」
小春と仲良さそうに話をしていたから、っていう理由もあるが、ロジカルでは無いので言わない。
「今のところはどっちが怪しいとは言えないね。証拠も揃ってないし」
「平野は……まぁ友達が殺されて気が落ちてる時に変なのが来たら怒るよなぁ」
「だから早めに引いたんだよ。平野君やけに当たり強いし、喧嘩とかになったら怖いからね。私は見ての通り華奢で可憐でひ弱で可愛いし」
「多い多い。自画自賛が多いよ」
まぁ事実ではある。口には出さないが。
「でも争いごとになったり、危ない目にあっても、神代がいるし。期待してるよ、ワトソン君」
「ぅ……」
真っ直ぐな目で、こんなことを言われてしまっては、期待に応えるしかあるまい。
それはそれとして照れ隠しのように詩紋は言葉を捻り出した。
「……次は証拠探し? それとも容疑者についての聞きこみ?」
「両方を同時にこなしてこその『名探偵』だよ」
指を鳴らして決めゼリフ。盛大にカッコつけているのがよく分かる。
「それじゃあ早速──」
「あ、行くのはいいけどさ。その前にトイレ行ってきていい?」
昼からは怒涛の展開だった。死体を発見して、小春に連れられて現場捜索。聞き込みをして、刑事の言葉を盗み聞きして、アリバイ探しをして。
ずっと気を張っていたからか、知らず知らずのうちに詩紋の膀胱は震えはじめていたのだ。
「えぇ……まぁずっと歩きっぱなしだったからねぇ」
「すぐ戻ってくるからさ」
「すぐだよー」
詩紋はそう言い残し、近くにあったトイレへと駆け込んだ。
「もう……」
小春は壁にもたれかかり、まとめたメモを読み返していた。
情報量は多いものの、一目見ればスっと頭に入ってくる見やすさ。我ながら完璧なメモだ、と小春は自画自賛する。
水無月と平野。彼らの共通点は紫のフード。そしてどちらも楠木と関わりがある。
小春の推理では、犯人の目的は『楠木を殺すこと』ではなく、『他の誰かを殺すこと』であった。楠木を殺したのは偶然だったはずだ。だから楠木関連をこれ以上調べるのは時間の無駄と言えるだろう。
調べるべきなのは、さっき詩紋が言っていた『証拠』と『容疑者について』だ。夜になれば警察もいなくなり、留まっている生徒も帰宅してしまう。
「急がないとね……」
小春はそう呟き──近くの床に目を流した。
「──」
無意識だった。自然と目が流れた。何か考えて動かしたのではなかった。
「これ──あ」
床に落ちた粉。それを見た瞬間、小春の瞳孔は引き締まった。
「神代……!」
今までの多少おちゃらけた表情と雰囲気は一瞬でなくなり、小春は焦りと恐怖が入り交じった表情でメモに『なにか』を書きなぐるのであった。
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