第34話 天災の原因
ここ数日続く雨は一向に止む気配がない。
すっかり耳に馴染んでしまった雨音をそれとはなしに聞きながら、リアは小ぶりの円卓でお茶を飲んでいた。
両手で包み込むようにカップを持ち、立ち上る湯気に鼻先を近づける。
鼻に通るような薬草の香りを吸い込むと、少しだけ心が軽くなる。
ずずっと一口すすり、緑茶に似た苦みを味わってから、皿に並んだ焼き菓子に手を伸ばす。
本来なら、太陽が燦燦とあたりを照らす時間帯なのに、どんよりとした鼠色の空は、ずっと光源を隠してしまっている。
小雨かと思えば、突然地面に叩きつけるような大粒の大雨が降り、雷鳴が轟いたと思えば、急に霧雨になる。
あまりに目まぐるしい天候の変化に、この地域はいつもこうなのかと訊ねると、コリンナは不安げに頭を振った。
生まれてこのかたモルゲーンに住むコリンナ自身も経験のない、極めて珍しい状況だという。
村や町を繋ぐ道はぬかるみ、低い土地では浸水しているところもあるらしい。
「まるで天の怒りのようだと、みんなで話しているんです」
疲れた顔をしてコリンナはそう言った。
彼女の家族の住む村も、川が増水して急いで堤防を築いているという話が漏れ聞こえてきたそうだ。
雨が続けば、田畑の植物も無事では済まない。
そうなれば、食料は底をつき、飢饉だって現実味を帯びてくるのだ。
蒼きリントヴルムが大地で死の眠りについたのは千年もの昔だ。それ以降、この地で飢饉や天災が訪れたことはないと聞く。
(神殿で何か問題が起こっているの? 生命の水は大丈夫なの?)
リアが水清めの神殿で、ヴェルタの聖女として生命の水を清めていたのは少し前だ。
神殿を出たから二か月程しか経っていない。
だから、今現在聖女を務めているアンナのことが気にかかった。
彼女はちゃんと聖女の役目を果たしているのだろうか、と。
クラウスの隣に立ち、妖艶な笑みを浮かべていたワインレッドの髪と同じ色の瞳を持つアンナを思い出し、リアは思わず眉を寄せた。
正直に言えば、アンナは聖女らしくない。
異性を意識した濃い化粧に、世俗的な欲望を隠すことのない衣装。
彼女には、男性たちにもてはやされるような華やかな社交の場がふさわしいだろう。
美しく着飾ることも、異性に魅力的に見える仕草も、ヴェルタの聖女には不要なものだ。
今更ながら、アンナを後任として置いて出てしまったことを悔やむ気持ちが湧き上がる。
本来すべき、引継ぎすらもしてこなかった。無理に追い立てられる身だったので、する気力はなかったが、そもそもそんな時間すら与えてもらえなかった。神官長や神官たちもそれを黙認したのだ。だから、アンナがすんなり聖女の役割を引き継いでいなくとも、リアのせいではない。責任を感じることも、気に病むべきでもないのだが——リアはカップを卓にことりと置いてから、すっくと立ち上がった。
クラウスに頼めば、水清めの神殿に行く許可が下りるかもしれない。
悪天候が続くのは、クラウスにとっても、この屋敷にとっても看過できない問題だろう。
だとすれば、それを盾に取れば、リアが神殿に様子を見に行くことくらい、認めるだろう。
千年もの間起こらなかった天災がこの地を襲っているのだから、ヴェルタの聖女の交代が何かしらの要因だと考えうるはずである。
そうと決まれば、リアは迷わなかった。
焼き菓子の皿に白い布を掛けてから、急いでクラウスの執務室へと向かった。
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