第32話 真夜中の聖騎士

 梟の鳴く声がした。

 夜の帳が下りてから数刻は経つ。

 闇の中と言っても差し支えないほどの暗い室内の中、ある一部の壁際だけがぼおっと浮かび上がっている。寝台から程遠くない場所に置かれた書き物机だった。


 机上の燭台には三本の蝋燭の炎が揺らめき、そこで読書に没頭する者にささやかな灯りを提供していた。


 自室の書き物机で、リアは本を読んでいた。

 

 就寝前に少しだけと読み始めたのだが、すっかり夢中になってしまい、もうすっかり屋敷は寝静まっている。

 

 ある地方の伝承をまとめた書物で、ずいぶん古いものだった。

 革装丁の重厚な造りで、分厚さもさることながら、文字もぎっしり詰まっており、読み応えがある。


 一見、難解な内容かと思いきや、ほっこりするおとぎ話めいたものが多く、止まらなくなってしまった。


「暇つぶしくらいにはなるだろう」と仏頂面のクラウスがリアに持ってきてくれたものだ。


 あの日——クラウスの母親である亡きディアナの肖像画を見て以来、彼の態度が目に見えて変わった。今までの居丈高だった態度が嘘のように、歩み寄りを見せている。


 不器用で、不慣れな感じではあるが、親切に接しようという様子が見受けられる。

 その姿が、女の子の扱いに慣れていない初々しい少年のように感じられ、リアは微笑ましく思った。リアを脅したという事実は変わらないし、ゲルトにした酷い仕打ちも忘れていない。けれど、クラウスの態度が軟化するにつれ、リアも次第に彼を尊重しようという気になってきた。


 だから、食事は食堂で共にしたし、廊下で擦れ違うことがあれば一言二言挨拶を交わすようになった。

 午後のお茶に誘われ、付き合ったこともある。

 

 そして、昨日のお茶の時間に渡されたのが、今読んでいる本だった。

 クラウスが蒐集したもののひとつで、かなり希少な本らしい。

 

 わざとらしくそっけない態度で渡してきたので、最初は何事かと思ったが、どうやら贈り物らしかった。だが、もらうには高価すぎるので、読了したら返却するつもりでいる。


(この本、クラウスは読んだのかしら?)


 執務室で書類に目を通している姿は見たが、彼が読書している姿など想像もできない。

 もし読むことがあったとしても、机に肘を突いて目を落とし、やがて頭を掻きむしり始めたと思ったら、ぽいっと投げ出すに違いない。そんな想像をして、思わずくすりと笑ってしまったとき、唐突にノックの音がした。


 リアはびくりと肩を揺らしてから、ゆっくりと扉の方を振り返る。

 既に真夜中で、誰かが訪問してくる時間ではない。

 しばらくじっとして耳を澄ませていると、再び扉を叩く音が響いた。控えめでありながら、どこか不安を呼び起こすような音だ。

 

 リアは反射的に燭台を手に取り、腰を浮かせた。


(ゲルト……?)


 聞き慣れたノック音ではあるが、いつもと違うような気もする。

 扉の向こうの相手が自分の聖騎士か確証が持てず、立ち上がりかけたまま、しばし逡巡していたが、


「リア、起きてるか?」


 その声にほっと息を吐く。

 そして、そろそろと扉の前に行くと、「ええ」と返事をして、扉を開く。


 そこには幼馴染で、専属聖騎士でもあるゲルトが立っていた。

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