開裂裂界
イズラ
1.紅白裂開
第1話「紅ノ」
「いや、ちょっと、何言ってるか分かんないっす……」
冷たい床にうつ伏せ状態の少女──
なぜ、その場から起き上がれないのか。
「えー、まだそれ言う? そろそろ白状しといた方がいいんじゃない? お嬢さーん」
それは、女が地面に押し付けてくるからだった。それも、後ろから首を掴んで。そのため、完全に身動きが取れない状態なのだ。そのため、ただ修学旅行で行くようなバンガローを見る。そして思う。
──いったいなぜ、自分はこんなところにいるのだろうか。
「なんにも分かってないね」
女はやれやれと言うように体をゆすり、そして口角を上げるような声で言った。
「それなら話したげる。この状況のルーツ」
*
──そこは、荒廃したビルディングの中心。
軍服を着た一人の兵士と向かい合うのは、白い髪白い肌全身瞳だらけの少女。
「つぅーまぁーりぃ、私たちのぉ目的はぁー、ここぉぉ! 『現界』のぉ支配なぁわけぇ! だからぁ、邪魔なぁ人間さんたちにはぁぁ、さっさとぉ怪異にでもぉ潰されてぇぇぇほしいのぉ! 分かったぁー?」
不協和音の重なるような声が辺りに大きく響き渡った。
「へっ、全く分かんねぇなぁ?」
兵士は頭をかきながら、既に機関銃の標準を少女に向けていた。
灰色の雲が空に覆いかぶさり、無数の水滴が降り注ぐ中、兵士は一切の気を散らさずに、少女――――侵略者の
「あぁははぁーー、人間さん速いぃ速いぃ~。そんなにぃ避けられたらぁ 楽しくなっちゃうじゃぁないぃ!」
裂界人は長い髪を触手に変形させ、兵士を叩き潰そうと触手で追いかけた。
兵士は裂界人の周りをぐるぐると回って 触手をかわし、合間に銃弾を打ち込む。
しかし、敵は銃弾を避けるどころか
「ムダぁだってばぁ、私たちにぃ 人間さんたちのぉ攻撃なんかぁ効かないのぉぉ! ほらぁ銃弾なくなっちゃうよぉぉ?」
裂界人が言った直後、兵士の機関銃の弾が切れ、辺りに響き渡っていた銃弾の音が止んだ。
「チッ……! らち明かん!」
「まぁまぁぁ、お互いぃ女の子同士ぃなんだしぃ、仲良くお茶でもぉしぃよぉうぅよぉぉ?」
「キッパリごめんだっ。なんせ私はガキん頃から、生粋の戦闘機なんでねぇ!」
兵士は 機関銃を少女に向かって投げつけた。
機関銃は一瞬 宙を舞い、すぐに触手に破壊された。
「あぁあぁ、
そこに、兵士の姿はなかった。
よく見ると、風化したビルの陰に逃げ込む兵士の姿が。そう、敵前逃亡である。
「”戦闘機”じゃなぁかったのぉ? あらぁあらぁ」
裂界人は 触手を伸ばし、ビルを一撃で破壊した。
ボロボロと崩れていくビルの後ろには、2つの人影があった。
「──お、裂界人みっけ」
先ほどの兵士の 隣に立っていたのは、赤いジャケットを着た長身の女だった。
直後、裂界人の態度が急変する。
「く、る、な」
脳をフル稼働させ、必死に必死に記憶を手繰り寄せる。
――女の名は、
「寂しかったんだよねー。最近 見かけなかったから。裂界人」
紅ノは兵士の周りをグルグルと歩きながら 呑気に喋り始めた。
「……」
その時点で、裂界人の緊張は頂点に達していた。
「最後に見たの どんな奴だったけ? あ、あれだ。炎の渦で半径200m焼き尽くすみたいなやつだ! あれは一見強そうに見えても隙が多かったから楽勝だったんだよね――――」
紅ノはニコニコしながら自慢話を始め、マシンガンのごとく ベラベラベラベラと
一向に 戦闘態勢に入らない紅ノに、兵士も裂界人も戸惑っていた。
「(こちらに向かってこない。あの口はいつまで喋り続けるのだ……?)」
「……ちょ、
兵士の必死の訴えに、紅ノは ようやくトークを止めたかと思うと、手を伸ばして 兵士の頭を撫でた。
「ん。ごめんねっ」
「しっかりしてくれよぉ……」
「でも、無断で基地から”脱獄”したアンタは、あとでお仕置き」
兵士はギョッとした顔で紅ノを見たが、その後諦めるように肩をすくめた。
「ほらそんな顔しない。
紅ノは兵士『式凪』に向かって笑いかけた後、裂界人に向き直り一歩前に出た。
裂界人は 冷や汗を
「……やぁっとぉ会えたぁ! 紅ノぉ、殺してぇやぁるぅよぉぉ!」
狂気を全面に押し出す形相が現れるとともに、全身の目玉がカッと見開いた。
全ての赤い瞳が紅ノをギロリと
式凪が「あっ」と声を上げた頃には、裂界人の触手は既に空を切って、後ろの建造物を崩していた。
「(避けられた! マズい。早いところ逃げなければ、──殺される……!)」
もはや『戦う』という選択はなかった。
「(逃げろ……! 逃げろ……! 早く、逃げ――)」
裂界人はゆっくり後ずさり、体の向きを変えて逃げ出そうとした。
だが──
「お、逃げる逃げる」
直後、膝から下が吹っ飛んだ。
まるで風の刃に斬られたような、視覚で捕らえられない 一瞬の出来事だった。
「ウグゥ!?!?!?」
次の瞬間、裂界人は地面にドサリと落下し、体は横向きに倒れた。
遠くで見ている式凪は何が起こったか分からず、呆然と立ち尽くしていた。
「あー、やっぱお前、あれだね。”ヘタレ”だね。おまけに弱い」
紅ノは裂界人を呆れたように見下ろし、手を伸ばした。
「さてさて、お前が ここ最近の”不気味な視線”の正体って訳ねー。隊員が怖がってたのよー。かと言って、すぐ気配消すし。やっと出て来たと思ったら 普通に弱いし—――」
「ウべぎ……!!!」
裂界人は、えづきながらも、まだ抵抗の意思を残していた。
――”死ぬ”か、”殺される”か。
生まれて初めての”最悪の局面”に遭遇した裂界人『
「──あーそれで、お前、何千人くらい殺したの? ……まぁ、聞くまでもないか」
彼女の原動力であった人間の”絶望”が、今、彼女自身に降りかかっている。
「時間もかけたくないし、ひと思いにころ——てあ──よ──」
分厚い
「ヴべぎ、ダづデデ……!!!」
視界の全てが 真っ暗になる前に。
殺される前に。
殺される前に……。
……っ!
……”あれ”だ──!!!
その裂界人が撃退されたのは、11月の良く晴れた日のことだった。そう、完全に死滅するはずだった。
彼女の諦めが、あと少しでも良ければ──。
*
「──早く覚めないかな、この夢」
うんざりしてきたルナは、なにも考えずにそんなことをつぶやく。長い長い話を不自由な体制で聞かされ、かなり疲弊していた。
すると、背中の女──紅ノがわくわくした口調で言う。
「夢じゃないよ。もし夢なら、早く覚めてほしいくらいだわ」
そのテンポの良い喋り方からして、かなり若い女のようだった。下手をすれば20代前半、いや、下手をすれば10代かもしれない。そんなことを考えていたルナは、ふと首をかしげた。
「なんで、こんなにはっきりと目ェ覚めてるんだろう」
たまに見る
「まぁ、考えてもしょうがないか。早く起きよ」
そう思って、指を自分の瞼に持っていこうと、右腕を地面から上げる。目をこじ開けてしまえば、それで終わりだ。
だが、”状況”はそれを許さなかった。突然、上げていた腕の手首に鈍痛が走る。それは、そう空手チョップだった。紅ノが、ルナの行動を制止したのだ。
「おっと、怪しい行動しないの。……殺すよー」
その時、ルナはぶるっと身震いをした。
なにかがおかしい。いつもとちがう。これは、いつもみているゆめじゃない。
気が付けば冷や汗をかいている。震えるその腕を、女はゆっくりと持ち上げる。
「あー、折っちゃうか。抵抗されても困るし」
ルナはようやく現実を飲み込んだ。そう、これは”現実”だ。
が、肝心の言葉が出てこない。声が出ないその感覚は、まるで夢の中のよう。
「あ、やっと慌てたね。」
その時、辺りのプレッシャーがフッと消え失せた。まるで、紅ノに収束するように、だ。さらに、後から「プークスクス」という謎の棒読みセリフを吐きかけられる。
「なにも……されない……?」
予感は的中し、女はようやく背中から退いた。直後、ルナは地面の上をゴロリと転がり、仰向けになった。体は信じられないほどに疲弊しており、肺も少し苦しかった。
「夢じゃない……!」
かすれた声でルナが叫ぶと、赤いジャケットを着た紅ノがにこりと笑った。
「夢じゃない」
その表情は、清々しかった。それは、少し気味が悪いほどに。脱力し切っていたルナは、再び身震いし、体を固めた。
そういえばと思い出す。先ほどの紅ノの”状況のルーツ”という名の、何も関係のない自慢話。それが本当ならば、目の前の女は人間兵器そのものだ。そう思うと、途端に恐怖が沸き上がる。
「やっぱり、私のこと──」
「──殺さないし、危害も加えないよ。その人は」
その時、空を見るルナの視界に、金髪の少女が顔を覗かせた。あまりに突然の登場に驚き、「だれっ!?」と叫ぶ。
それに対し、少女は頭をかきながら言う。
「まぁ、なんというべきか。さっきこの人──紅ノさんの話で出てきた、”脱獄犯”だよ。今、例のお仕置きを食らってきたところだ。名前は、式凪」
そういえば、そんな名前も出てきたような。ルナは記憶を探るも、やがて諦め、またもや脱力した。この人たちなら大丈夫だろうという、謎の信頼を心に置いて。
──ルナが眠りについた後、兵器と兵士は顔を見合わせた。
「……それじゃぁ運ぶよ。この”バケモノ”」
紅ノが険しい表情で言うと、式凪もまたうなづいた。
「あぁ、放っておいたら、また暴れ出すからね。……とっとと殺そ。紅ノ姉」
そうして、何も知らずに眠るルナは、紅ノに担がれ、バンガローの中に運び込まれていくのだった。
「さーて、拘束完了」
手術台に手、足、首を固定されたルナは、構わずぐっすりと眠っていた。
ただ、眠りが深くなるにつれ、その肉体がみるみる変容していく。
「あーあ、紅ノ姉の予想、大当たり」
できあがったのは、白い髪白い肌全身瞳だらけの少女だった。
裂界人”六百”は間もなく目を覚ますと、紅ノを見た瞬間に叫んだ。
「──ザマァみろ!!!」
昼間の余裕は、もう残っていない。
開裂裂界 イズラ @izura
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