第4話 キュンストレイキの立像 2-⑷


 布由の部屋は畳のない板張りの六畳間で、本棚には背表紙に外国語が描かれた分厚い本がぎっしりと並んでいた。


「あの……私、医学を勉強したいと思っているんです。それで、私なりに痛みを取る方法を研究しているんですが、試させていただいていいですか?」


「あ、はい。構いませんよ」


 薬を届けるついでに二、三世間話をして行こうと思っていた流介は、手当をしたいから上がって行ってほしいという布由からの申し出をさして迷うこともなく承諾した。


「……では、この椅子に座ってください」


 布由は背もたれのない小ぶりの椅子を二つ持ってくると、部屋の真ん中に置いた。


 流介が片方の椅子に腰を据えると、布由ももう一つの椅子に向き合う格好で腰を下ろした。


「……ひざをくっつけてもいいですか?」


「ええ、構いません」


「これは私が今、研究中の治療法です。具合が悪くなったらすぐに言ってください」


「はい……ちなみにどういった種類の治療法なんです?」


「磁気治療という十八世紀に流行った治療法です。磁気治療自体は既に古びてしまっているので、私なりあれこれ手を加え変えた物です」


 布由は流介に「気持ちを楽にしたまま 、私の目を見続けて下さい」と言った。


 流介が言われるまま布由の目を見ると、伸ばされた両手が肩や腕、腹と胸の間あたりにそっとあてがわれるのがわかった。


「……あのう、確かに「手当て」とは言いますが、これで本当に痛みが取れるのですか?」


 流介が尋ねると、布由ははっとしたように顔を流介から逸らし「まだ……わかりません。研究中なので」と言った。


「ただ、人の手から出ている何かを当てること、呼吸を楽にすることで痛みから解き放たれるというのは確かだと思います」


「ううん……そう言われてみると、確かに少し楽になったような気はしますが」


「すみません、あなたの身体で新しい治療法の実験をするような事になってしまって……」


「いえ、それは別に構いません。……申し遅れましたが、実は僕は『匣館新聞』の記者で飛田と言います。今日、薬を届けに来たのには訳がありまして、宝来町にある薬屋の若旦那に頼まれたのです」


「ああ、あの薬屋さん……でもなぜ?」


「若旦那の石水宗吉君という男があなたのことが気になって仕方ないらしく、少しでもいいから身の上を知りたいというのです」


「まあ……それはそれは。でも私、お話するようなことは何もないんですの」


「ご結婚はされているのですか?」


 流介が尋ねると、布由は小さく頭を振った。


「私、幼い頃英国にいたせいか、日本の男性にうまく気持ちを伝えることができないんです。それと医師だった父の手伝いをしていたこともあって、医学を学びたい気持ちが沸いてきて……。ですから、今は勉強に精一杯で結婚を考える余裕はないんです」


「なるほど、そうだったんですか」


 流介は布由の答えを聞き、宗吉が気を落とさずに済んだことにほっとした。


「あの……おかしな治療に突き合わせてしまったので、音楽でも聞いて行きませんか」


「音楽?」


「はい。外国から持ってきた少しばかり変わった楽器があるのです」


 布由はそう言うと、立ちあがって続きの間へと姿を消した。しばらくして戻ってきた布由が床に置いた物体を見て流介は「これが楽器……?」と目を瞠った。


「はい。アルモニカと言います」


 布由の持ちこんだ「楽器」は硝製の輪が連なった長い物体が、木の箱に収まった何とも奇妙な代物だった。

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