第1話 メアリーの残像 3ー⑷


「一つ目の謎はなぜ、フォンダイス氏の部屋に送り主不明の模型が飾ってあったか、です」


 天馬は腰の後ろで手を組むと、窓の外に目をやった。


「フォンダイス氏には模型をおいそれと捨てられない何らかの理由があった。それは模型を送るという行為自体がある種の「警告」だったからです」


「警告?」


「はい。あの模型は、フォンダイス氏がかつて乗りこんでいた船の模型なのです。そのことを知っている誰かが、記憶を元に作り上げて「お前の過去を知っているぞ」という意味で送りつけたのです。フォンダイス氏は模型の意味するところまでは理解したものの送り主の見当がつかず、捨てるに捨てられなかったというわけです」


「……で、その送り主ってのはいったい、誰なんだい」


「待ってください、ちゃんと順を追って説明します。次にフォンダイス氏が発した謎の言葉ですが「メアリー」という人物は今までの話の中には一度も出てきていません。なぜなら、「メアリー」は人ではないからです」


「なんだって?人じゃなかったら何なんだい」


「船の名前です」


「船の名前?」


「そうです。飛田さんは「メアリー・セレスト号事件」という外国の出来事を知っていますか?」


「いや、初耳だ。それが何か関係あるのかい?」


「おそらく。「メアリー・セレスト号」はアメリカの貨物船で、1872年に漂流し、乗務員が残らず消えてしまった一種の幽霊船なのです」


「幽霊船……」


「フォンダイス氏はその客か乗組員だったのです。しかしそのことをここ匣館では明らかにしていなかった。フォンダイス氏はメアリー・セレスト号が漂流するきっかけとなったある恐ろしい出来事に関わっていたからです」


「恐ろしい出来事というと?」


「それにはまず「メアリー・セレスト号事件」の全容から話さねばなりません。1872年、メアリー・セレスト号は工業用のアルコールを積んでニューヨークからイタリアのジェノバに向けて出港しました。ところが船は予定の時期を過ぎても目的地に着かず、約一月後、大西洋の真ん中で別の船によって発見されたのです。その時、船内には誰もおらず、船長とその家族、そして七名の乗務員が煙のごとく消え失せていたのです」


「船だけが発見されたっていうのかい。なるほど幽霊船だな」


「船は航行可能な状態で発見されたのですが、羅針盤は壊されていて、救命ボートも失われていたそうです。なのに積み荷はほぼ無事で、数本の樽が空になっていただけだそうです。はたして船長一家と乗組員はいったいどこへ消えたのか?この出来事は船に謎の血痕やひっかき傷があったことから、ある種の「海の怪談」として有名になったのです」


「確かに不思議な話ではあるな……しかしなぜ君はフォンダイス氏の部屋にあった模型をメアリー・セレスト号だと思ったんだい?」


「デッキですよ。あの船には貨物船には不似合いな高いデッキがあった。メアリーセレスト号には、船長が妻と幼い娘のために、海が見えるデッキを据え付けていたのです」


「フォンダイス氏はなぜ、その船に乗っていたことを黙っていたんだい?」


「これは憶測ですが彼は密航者で、積み荷を奪って別の港で待っている商人か、海賊に横流しするつもりだったのではないでしょうか。それにはまず、邪魔な船員たちを排除しなければなりません。そこで彼は船長の妻と子どもを利用することにしたのです。あらかじめデッキの支柱に傷をつけておいて、妻と子どもが海を見に上がったのを見計らって倒したのです。デッキが倒れたことを知らされた船長は半狂乱になって海に飛び込みます。なぜなら、船が漂流していたあたりの海域には獰猛な鮫がたくさんいたからです」


「なんてことを……」

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