第1話 メアリーの残像 2ー⑷


「じゃあ、私はちょっと違うお話をさせていただくわ」


 そう口を開いたのは、ウメだった。


「目の見えない男が亡くなった後、飛田さんは商家の店先で外国人の女性を見かけたとおっしゃってましたね。実は私、その女性を存じ上げているんです」


「えっ、本当ですか」


「ええ、たぶんね。その女性はソフィアさんと言って、ふた月ほど前から弥生町のあたりにお住まいの旅行家です。うちの店にもいらしたことがあって、匣館のことを色々と聞いていかれました。フォンダイス氏との関係はわかりませんが、もしかしたら目の見えない男の知り合いなのかもしれません。もし彼女が男に「自分はフォンダイスに殺されるかもしれない」と聞かされていたとしたら、どうでしょう。店の中で待っていた彼女は、男が倒れたのを見て思わず階段を上りかけたかもしれません。そしてその足音を聞いたフォンダイス氏は男の仲間がやってきたと思い、窓の方に逃げた……後は皆さんの話と同じです」


 女将が語り終えると、両側の二人が同時に拍手を送った。なんだ、僕の出番など始めからないじゃないか、流介がそう安堵しかけた時だった。


「まだ三つほど、疑問が残っていますわ」


 拍手に交じってふいに声が響いた。声の主は、安奈だった。


「フォンダイスさんの部屋には、送り主不明の船の模型があったそうですね。そんな得体の知れない物を彼はなぜ、捨てずに飾っておいたのでしょう。二つ目は懐中時計の音を聞いて氏が漏らした、「メアリーが追ってくる」という言葉です。メアリーとは女性の名だと思いますが、店を訪れた外国人女性の名前は、ソフィアです。メアリーとはいったい、何者でしょう?さらにフォンダイスさんが窓から転落する直前、口にした「その歌をやめてくれ」という叫びも意味不明です。この三つの疑問が解けない限り、謎が解けたとは言えません」


 まるで奇譚倶楽部の一員でもあるかのように、すらすらと疑問点を並べたてた安奈を見て流介は「この娘、ただの店番ではないな」と直感した。


「ではこうしましょう。安奈君の出した謎かけを、今日から三日以内に飛田君が解決する。首尾よく素晴らしい解答が得られれば、飛田君は晴れて我々の仲間となる……どうです?」


 日笠が言い放つと、期せずして拍手が起こった。流介は内心「えらいことになった」と思った。三日だろうが一月だろうが、こんな化け物たちに対抗できる答えなど思いつくはずがない。どうやって辞退したものか考えあぐねていると、ふいに安奈が囁いた。


「良かったですね、飛田さん。これからは不思議な話の材料には一切、不自由しませんよ」

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