第13話 扇木さんと私

何事もなくマンションに帰った私は扇木さんに今日のことを報告するためソファに腰を掛けた。


「初出勤、じゃなくて初登校は無事に終えたかしら?」


 両手にカップを持ってこちらに歩きながら話しかけてくる扇木さん。


「朝の理事長室での扇木さんの行動が一番の問題でしたね」


 部外者が朝から学校で呑んだくれやがって、まったく。


 あら、そんな行動したかしら? なんて言いながら対面のソファに座り、私の近くには熊がデフォルメされたマグカップを置き、自分にはお洒落なティーカップをテーブルに置く。


 何故私のほうに可愛いクマちゃんのマグカップを置いたのかを突っ込んではいけない。


 ……うそです。突っ込みます。


「扇木さん、カップ逆ですよ」


「これでいいのよ。キレイな沙月ちゃんには可愛いモノが似合うから」


 はぁぁ。っとこれ見よがしに溜息を吐く。


「……俺、男ですから」


「きゃあ、こわーい。沙月ちゃんの姿で俺なんて言わないでー」


 ニタニタ笑顔の扇木さん。


 くそっ。腹立つ〜!


 扇木さんは事あるごとに私に可愛い物を与えたがる。


 知ってる? 筆記用具は日曜日の朝にテレビでやってるあの番組のキャラよ? 戦隊モノでもなくグラスホッパーでもなく、あのキラキラ可愛く変身するあの番組だよ?


 幼稚園児かよ! って言って突き返したら、次の日に小学生が使いそうなカラフルな文房具を持ってきやがった。


 なんでコレなの? って聞いたら沙月ちゃんに似合うから。って。


 もっとマシなの欲しいって言ったけど、聞き入れてくれなかった。


 ちなみに今着用している下着はいちご柄。人目に触れないから諦めて着用している。


 扇木さんのセンスは小学生で止まってるんだ、きっと。そう思う事にしてる……のだが、受け入れるかは別問題だ!


 言わずにいると、どんどんエスカレートしそうだから、都度拒否&嫌味を言っている。まぁ、結果はこの通りだが。


 マグカップからコーヒーの香りが漂う。扇木さんは甘いコーヒーが好きだ。私はどちらかというとコーヒー自体が苦手なのだけれど、付き合いで飲むくらいはできる。


 でも扇木さんの砂糖を入れる量のコーヒーは流石に無理です。ちなみに私のコーヒーには砂糖をひとつ入れてある。


 すでに砂糖が大量投入されているティーカップに口をつける扇木さん。


「で、スーツの方はどう?」


「特に問題はありませんでしたよ。汗をかいても蒸れるような事もなかったし、ズレるような事もありませんでした」


 私専用なだけあって女装スーツの性能は非常に高い。


「なら良かったわ。もし不具合があったらプランBよ」


 私は、はい。って答える。プランBなんて格好良く言ってるが、内容を要約すればその場からいち早く逃げるってだけだ。


 大人は頻繁に横文字を使いたがるのは何故なんだろうね。


「クラスの反応はどう? 沙月ちゃんがクラスメイトってみんな知らなかったでしょ?」


「なんで学校側に事前に言ってくれなかったんですか。はぁ……告知するタイミングはいくらでもあったのに」


 私は自己紹介での異様な雰囲気を伝えた。


「あはは、転校生、じゃなくて復学した沙月ちゃんが美人だからよ」


 そういうのいりませんから! ジト目で見てやる!


「他には?」


「女装がバレなくてホッとしました。クラスの女子に囲まれた時は冷や汗がとまりませんでしたよ」


 ほんとに焦った。四面楚歌とはこの時に使う言葉だと思ったね。


「でも大丈夫だったのでしょう?」


 ……まぁ、そうなんだけどね。


 ただ、ニヤニヤ顔の扇木さんの目が、どう? すごいでしょ、私達が育てた沙月ちゃんは! みたいな事を伝えてくる。


 本当の事だから否定できない自分が悔しい。


「はい、扇木さん達のおかげで無事乗り切りました」


 うんうん、そうだろうそうだろうと、脳内で自画自賛してるのが腹立つ!


「あと、映画の出演オファーがきました」


 私は学級委員長の美里さんの校内案内から順を追って説明し、新湖先輩からの映画出演まで一気に話した。


「ぷっ、あははは〜、ヒッ、ヒー、さ、沙月ちゃんが、ひ、ひろ、ヒロインだなんて、やるぅ〜!」


 ちょ、パンツ見えてんぞ! 


 ツボに入ったらしく、引き笑い&涙目になって足をバタバタさせながら悶絶してる。


 そりゃあ私も当事者じゃなかったら爆笑してるわ!


 どうすればいいですか? って聞いたら、もちろん出演でしょ。って。


 な、な、な、なんですとぉー!!


 絶対に嫌だ! なぜノーマルな俺が大衆に女装姿を晒さなければならんのか! 断固拒否だ!


「ぜっっっっっったいに! 嫌です!!!」


「キレイな沙月ちゃんはそんな事言わないわ」


「普通に言いますから! 沙月に何を求めてるんですか!!」


「えっ、面白さ?」


 何言っちゃってんの? ねぇ、まじで何言ってんの?


 どんどん怒りのバロメーターが上昇する。


「うそうそ! 冗談よ。冗談だから沙月ちゃんの姿でそんな顔しないで」


「あのね、扇木さん。言っていい事と悪い事があるってわからないの? あなた大人でしょ、こっちだって一緒懸命頑張って女装してるのにそれに水を差すようなこと言って。何度も言ってるけど俺はノーマルなんですからね。ノーマルな俺がどうして映――――」


 ……数十分後。


 溜まってた鬱憤を吐き出した私は落ち着きを取り戻し、冷たくなったコーヒーを一口飲む。


「沙月ちゃん言い過ぎ」


「……すみませんでした」


 雇い主の扇木さんに素直に謝罪する。


「まぁ、からかい過ぎた事は反省するわ。でも、映画には出演してもらうわ。……ちょ、違うわよ。ふざけてないから。そんな目しないで! これは契約条件に含まれる事案よ」


 また怒りのバロメーターが上がりかけてた私。ん? 契約条件?


 扇木さんが言うには契約の中身に"支給された品の動作または性能の確認範囲は高校生活に支障をきたさない事を条件に積極的に実施しなければならない"とあるらしい。


 すなわち出来るだけイベントには参加して性能テストしなさいって。


 がーん。これでは映画出演断れないじゃないか。


 一縷の望みをかけて新湖先輩が思いとどまってくれる事を願う私だった。



--------------


最後までお読みいただきありがとうございます!

扇木さんは沙月ちゃんにメロメロなんです。かまって欲しいだけなんですよ。きっと。

次話もお読みいただけたら嬉しいです^ ^

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