第7話 大和黎明高校
私立大和黎明高等学校、男女共学となって十年は経過している高校であるが前身が女子校故に女子率が未だに若干高い。
高校のレベルは中の上で優秀な生徒が割りと多く、文武に輝かしい記録を残す猛者もいる。同レベルの高校と比較すると入学難度は非常に高く最低でもひとつ上のランクの実力がなければまず受かることはないと言われている。
大和黎明高校は新入生の大半を推薦枠で占めておりその影響で一般受験枠がかなり少ないことも起因している。
大和黎明高校が承認した中学校にはもちろん推薦枠がある。しかし進学担当の先生や最終的な判断をする校長はむやみやたらに推薦枠を消費するようなことは絶対にしない。寧ろ推薦枠があるにも関わらず今年は見送る判断もする年も稀にあるらしい。
その背景には入学生あるいは卒業生が多いに関わっており、変な生徒を推薦し入学させてしまうと次の年から推薦枠が減少または取り消しとなるのだ。
では大和黎明高校の魅力は何なのか。
生徒の質が高いという一言に尽きる。
そのひとつに教師陣の豊富さがある。大和黎明高校のバックには名の知れた企業が複数存在し、その伝手を頼りに著名な方に教師を依頼していると噂されている。
これはあながち嘘ではなく大和黎明高校は各中学校へ多額の寄付をしている。在校生の人数によって寄付金が決まるらしく中学校側は推薦枠の確保に余念がない。
この寄付金は誰が捻出しているのか? もちろん表向きは大和黎明高校である。
しかしがなら学校という教育機関が多額の寄付金を用意出来ないのは自明の理、すなわち後ろ盾になっている企業が用意していると関係者なら誰でも想像がつくのだ。
しかし後ろ盾となっている企業は公にされてはいない。
そんなご立派な高校が位置するのは俺が拠点としているマンションから二駅先にある。最寄りの駅名はまさかの大和黎明高校前。
改札を抜け少し歩いた先に正門があり奥にはきれいな石畳が敷き詰めた道が見える。
田舎育ちの俺は同じ日本にいながら軽いカルチャーショックを受ける。
「ほら、立ち止まらない。こんなところで尻込みしていては話にならないわ」
俺の姿に見かねた扇木さんが手を強引に引っ張って歩きだす。
「……こんなところにお、私が通うんですか? 場違い感がすごいんですけど」
「なに言ってるの? 全然問題ないわよ。見た目は大和黎明高校のまさにそれだわ」
そりゃ制服着てるから見た目は生徒だろうに。俺が言っているのはいかにも綺羅びやかな都会の私立高校に俺程度の人間が入学していいのかを問うてるのですけど。
「それに数日前にした学力やらなにやらの最終試験にも合格しているんだから授業に遅れをとったりはしないわよ」
手に少し力を加えて自分の言葉を肯定させようとする扇木さん。
今日の扇木さんはキャリアウーマンもとい胸もとがすごいことになっているビジネススーツに身を包んだ夜のお姉様スタイルだ。
「まぁ……そうですけど……」
「大丈夫だって。もしトラブルが起きたらここの理事長がもみ消してくれるから。……ん? 言ってなかったっけ? ここの理事長は私の上司」
ニヤリ顔をする扇木さん。
きたこれ、扇木さん十八番の後出し情報。さらっと理事長が上司って言いやがった。
俺を驚かせようと思って言わなかったパターンだよこれ、絶対わざとだ。
「あーそうですか、じゃ失敗しても問題ないですねー」
無感情で言ってやったぜ。
「問題ないわよ~。ただし理事長は怖いからねぇ。後がどうなるものか……」
ニヤニヤしてんじゃねぇよ! わかってるよ。扇木さんの会社がヤバい会社なことぐらい。真面目に失敗できないって思うわ!
でねぇ、理事長こと私の上司はねぇ、いっつも私を見ると小言を言ってくるんだよ、それにウンタラカンタラと扇木さんの愚痴がはじまり相槌を打ちながら繋いだ手を外すタイミンを逃し、仲良し姉妹のような俺達は朝霧が残る中、理事長へ向かうのであった。
程なくして目的地である理事長室へ辿り着いた俺達はふっかふっかのソファに座って理事長を待っている。
周りを見渡すといかにも理事長室といった感じで重厚感あふれる机だったり本棚が鎮座している。
壁には絵画が掛けられているが、絵心がない俺には子供が書いた絵に見えるのだが、おそらく名だたる絵で高価なのだろう。額縁のほうが高そうに見えるけどね。
扇木さんはこの場所が初めてじゃないようで机の脇にある小洒落た冷蔵庫からワインを取り出し、棚からグラスを勝手にとってきて隣で一杯やっつけてる。
おいちょっと、まだ起きて数時間しか経っていない朝だよ? 何で飲んでんだよ、え? 君も飲む? みたいなジェスチャーすんなよ! こんなところでコントするなぁ!
いつも通り空気を読まない扇木さんに侮蔑の目をくれてやる。
肩をすくめて、はぁやれやれ今どきの若い子は冗談が通じないんだから。とかなんとか言いやがる。俺が言いたいのはTPOをわきまえた行動をしてほしいんだよ。わかる?
言った俺も一緒になって場違いに騒いでいると扉からコンコンコンとノックの音がして続いて男性が理事長室に入ってきた。
「やぁ。少し待たせてしまったようだね。時間通りに来るとは君も成長したようだ」
少し白髪がある黒髪をオールバックにして眼鏡をかけた紳士がこちらに向かって話かける。
「開口一番失礼な方ですね。颯紀くんはちゃんと時間を守る方ですよ、ちゃんと見てから発言してください!」
「……はぁ、まったく君というやつは。なぜ少年の話になるのかね。君だよ、君のことを言ってるんだ」
ですよねぇ、わかってた。初対面である紳士さんが俺に言っていないこと。
「あら、私に言っていたの? 心外だわ、私はちゃんと時間を守るわよ」
「君にとって必要なことはな。それ以外は話にならないくらいルーズだろうに」
そう言いながら着ていた背広をハンガーラックに掛ける姿が様になって男のかっこよさを感じる。
「まぁ、失礼しちゃうわね。もう手伝ってあげないから」
「ははは、それは困るな」
扇木さんの怒りを軽くいなし俺達の対面にあるソファに腰をおろす。
「さて、君が例の颯紀くんか。私はこの高校の理事長を任されている橘花だ。ずいぶん苦労したと聞いているよ」
橘花さんが腰を浮かして握手を求めてきたので俺はソファから立ち上がって握手に応える。
「わかっていましたけど異性に擬態するのがこんなにも難しいとは思いませんでした。けど、扇木さん達の熱い指導によってなんとかここまでたどり着きました」
「擬態とは中々面白い表現のしかただね。……ふむ。たしかに君は素晴らしい擬態をしている。体格や容姿、声音どれをとっても女性のそれにしか見えない」
「でしょ~? 私達頑張ったのよ」
隣でワイングラス片手の扇木さんのドヤ顔が視界に映る。
「一番は本人の努力だけど、たしかに扇木くん達の成果でもある。が、朝っぱらから無断で飲んでる姿を見ると疑問が生じてしまうな。まぁ君らチームの異常性はちゃんと理解しているからこそ、そこは事実だろう。あとワインはちゃんと給料から天引きしておくから」
はぁ? ふざけんな。とか暴言を吐く扇木さんを無視して橘花さんはソファに再び腰掛け話を続ける。
「ではあらためて。ようこそ大和黎明高校へ。これから君にはこの高校で様々な事にチャレンジしてもらう。とは言っても基本的には普通に高校生活を送っていれば大概は問題ないがね。君の内情を知っているのは私を含めてごく少数だから見つからないように気をつけて行動してくれたまえ」
「はい、わかりました。弟妹のためにここまでしたんです。絶対にバレないように擬態します」
「ふむ、結果的に弱い部分につけ込んだ形になってしまったが我が社もそれなりの覚悟をもってこのプロジェクトを遂行している。すでに君と私達は一蓮托生なのだよ、全力でのバックアップを約束しよう」
よろしくお願いします。と俺は頭を下げる。
ギャーギャー隣で騒ぐ扇木さんがうるさい。朝から飲むなよ。まったくもう。
「私が言うと贔屓になるがこの大和黎明高校は君にとって魅力あふれるところだ。折角の機会だからこの高校を楽しんでくれ」
笑顔で言う橘花さんの表情にすごく優しさを感じてしまった。
……俺もまだまだ子どもだなぁ。
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お読みいただきありがとうございます。
都会の私立はこわいですねぇ。(圧倒的偏見!)
次回はプロローグ話での沙月視点です。
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